279 ラト
港町の少し豪華な宿の一室。
医者がラトの診察を終えて部屋から出てきた。
「足を骨折しているようですな。あとは、本人の意識が回復してから話をしてみないとなんとも……。他にも体を打ち付けてはいるようだが……。2,3日は熱が出るかもしれない」
と、色々と可能性の話も含めてしてくれた。
「あの、大丈夫なんですか?」
一番聞きたいことを聞く。
「呼吸も脈も安定しています」
医者はそれだけ言って去っていった。
大丈夫ということなの?
ぐっと、奥歯をかみしめる。
日本なら、レントゲンで骨折箇所が他にないか調べたり、CTスキャンで脳に損傷がないか調べたり……もっといろいろと検査してもらえるのに!
「ラト……、ラト……」
熱が出るかもしれないと言っていた。額に手を当てる。まだ、熱は出ていないようだ。
「リエスさん、夜も遅い。疲れているでしょう。休んでください。私達が交代で見ていますから」
ウルさんの言葉に首を横にふる。
「とても、寝られそうにないのです……。また、後でお願いします」
ウルさんは分かりましたと、小さな声でうなづいた。
「無理はなさらないでください。……足を骨折しているということは、海には足から落ちたのでしょう……」
それだけ言って、部屋を出て行った。
足から落ちた……。
つまり、頭はぶつけていないだろうと言うことだろうか。
大丈夫だと気安い言葉を医者もウルさんも口にしない。
それは、大丈夫じゃないということだろうか?分からない。
怖い。怖い……。
カバンから顔を出してパソコンの電源を入れる。
ユータさんの姿は部屋になかった。水浸しになってダメになった色々を片づけるために必要な物でも買いに行ったのだろうか。
心肺停止、人工呼吸、回復……。
ネットで調べる。
だめだ。一度回復したように思えても、だめだという情報が目に飛び込んでくる。
3分とか5分とか……心臓が動き出すまでのタイムリミットが書かれている。
ラトは、どれくらい心臓が止まっていたの?
その一方で、自発呼吸が戻れば大丈夫だとか、一度意識が戻れば大丈夫だとか……希望が見える情報もある。
見たって、結果が変わるわけじゃない……。
ただ、私の気持ちが、不安が少なくなるか多くなるか、それだけだ……。
ラト、ラト……。
ラト……。
スースーと落ち着いた寝息。
海水で少しコペコペになった髪が額に張り付いている。
カバンの中に手を入れて、お湯に浸したタオルを絞ってとりだす。
ラトの整った綺麗な顔をそっと拭き、コペコペになった髪もゆっくりと優しくふき取る。
……そういえば、落馬した私を医者に見せたときに、少年だと思っていた私が女だって気が付いたんだよね。
……土とかで汚れてなかったけど、ラトがこうして顔とか拭いてくれたのかな?
今度は逆だね。
ラトが寝込んで私がそばについてる。
……。やっと、意識を取り戻した私が……動けないはずの私は、ラトの元から逃げるようにして姿を消したんだ。
もし、今、この状態のラトが私の目の前から忽然と姿を消したら……。
どれだけ心配するだろう。
誰かにさらわれたって、そりゃ思うよね。
突然目を覚まして動けるようになって、どっかへ行ったとか、とても考えられない。
ラト……。
心配かけちゃったんだね。どれだけ苦しい気持ちでいたんだろう。
今なら痛いほど分かるよ。
心配は辛い。
心配しかできないのは辛いよ。
ラトの痛みや苦しみをこの身に受け止められるなら、受け止めるのに。
ラト……。
眠れたらいいのに。
寝て起きたら、ラトも目を覚ましてるとか、そんなことが起きればいいのに。
でも、眠れない。まったく眠くないの。
ラト……。
朝が来た。
ラトは明け方から少し熱が上がってきたので、水で濡らしたタオルを乗せている。
まだ、目は覚まさない。
「リエスさん、変わります。朝食を食べてください」
エボンさんが来た。
ラトのそばから離れたくない。
そう思ったけれど……。ウォルフがその後どうなったのか……、モズ村のこと気球のこと……いろいろと伝えないといけないこともある。
信じよう。
心配で胸が潰れそうだけど。
ラトは大丈夫だって。……それから、ラトが目を覚ましたら……。
ラトが、気球で何を言おうとしていたのか尋ねよう。
すぐにでも結婚したいって言おうとしてたんだったら……。
ラトに気持ちを伝えよう。
私、どうやら、ラトがいないと駄目みたいだと……。
だから、ラト。お願い、早く目を覚まして。




