271 テイク
ウルさんに、風向きは確認してもらっていた。
狼煙をあげれば、煙で風向きが分かる。地元の人にも普段のこの時間帯の風の動きを聞いて調査してくれたようだ。
海岸沿いには、ぽつぽつと焚かれた火が見える。投石機を設置した場所で兵が火を焚いているのだ。
投石機の設置していない場所。そして、岩場の影となる場所。海には、2艘の小舟が隠してある。すでに、ウルさんとセボンさんが準備を進めていてくれる。
その二人からも見えない場所で、ラトと二人準備に取り掛かる。
火をつける。
一つ、火の光が増えたからと、誰も不信には思わないだろう。
近くにいれば、その音に驚いただろうが。
たき火とは違う。
どれくらいの時間が経過しただろうか。
お願い、成功して!
という私の願いが通じたのか、ふわりと火の光を包み込んだ和紙が浮かび上がる。
「すごい……。説明は聞いていたが、実際に目にすると……」
「うん。私も、実際にこうして見ると……分かってはいても、すごいね……」
和紙をつなぎ合わせ、大きな球体を作った。それを投網で多い強度を上げ作り上げた、巨大な天灯。
いいえ、これは……。
「テイクオフ」
恐怖を抑えるために陽気な声を出して、重りを外す。
「あ、ユータに聞いたことがあるよ、テイクオフって、確か、持って帰るって意味だよね?」
え?
ラトの言葉に、目が点になる。
それは、テイクオフじゃなくて……、テイクアウトだ!っていうか、どういうタイミングでユータさんはラトにテイクアウトなんて言葉を教えたの?
「勝利を持って帰ろう、テイクオフ、テイクオフ」
「ぷっ」
間違ってるけど、ラトがあまりにも嬉しそうにそう言うものだから……。
「そうだね。勝利を持って帰ろう、テイクアウト」
「え?テイクアウト?あ?え?」
くすっ。
最後の重りを外すと、ふわりと気球が浮かび上がる。
風向きを計算して、ウォルフが停泊している船に向かって進める場所からテイクオフしたが、操縦技術もないため目的の場所へ向かえるわけもない。
いくら、アラフォーなめんなぁ!気球乗車体験くらいしたことあるさ!って言っても、しょせんは乗っただけ。30分の遊覧体験だ。
気球の操作なんて見たことがある、ちょっと教えてもらったことがある程度だ。
ウルさんとセボンさんの乗った船にロープをつないでけん引してもらうのだ。
ロープの長さはおよそ150m。
高く上がりすぎないための意味もある。
150mと言えば、東京タワーの半分ほどの高さしかない。それでも、足元には海が広がり、いつ落下するか分からない恐怖でもっと高く感じる。
大丈夫。
オーパーツが身を守ってくれる。
このために用意した……いいえ、違う。
もし、どうしても帰りたくなったら、竜咆の洞窟から海へ身を投げようとそろえていた物だ。
海に放り出されてもおぼれないように、救命胴衣。それから、高い位置から落ちても平気なようにと、パラシュートを用意しようと思った。
だけど、パラシュートは、かなり高い位置からでないと開かないらしい。ユータさんやメイロンくんは助かったような高さであれば、パラシュートが開くような高さではなかったのだろう。そこで、見つけたのだ。高層ビル避難用パラシュート。高層ビルから飛び降りて開くというものだ。
……これなら、ちょうど150mほどの高さから落下するときにも開くはず……。
そして、無事に着水しさいすれば、きっとウルさんやセボンさんが何とかしてくれる。
信じる。
「あれだ」
ラトの声に、一旦ガスバーナーの火を止めて、下を見下ろす。
ゴオオオッというガスバーナーの音がやむと、はっきりとした声は聞こえないが人々のざわめきが伝わってきた。
空に浮かぶ光、私とラトが乗っている気球を指さして騒いでいる様子が見える。
2列目の中央、ひと際明かりがたかれた船をラトが指さしている。
「あそこにギレンの姿が見える。司令官らしき服装の男もいる」
「ラト……お願い……」
作戦結構だ。
再び、小さくガスバーナーの火をともす。和紙と投網の気球に燃え移らないように慎重に、ラトは油を浸した布を巻いた矢じりに火をつけた。
ひゅんっ。
矢は一直線に司令官が乗っているとラトが言った船の帆に突き刺さった。
「敵襲だ!」
「火を消せ!」
というような叫び声がとぎれとぎれに聞こえる。
ラトは、立て続けに3本の火やを打ち込み、そして、火をつけていないオーパーツ付きの矢も飛ばした。
混乱している船上では、火のついていない矢など、誰も見向きもしない。
木製の船は火に弱い。燃えてしまっても、逃げ場は海しかない。
しかも、夜の海に投げ出されたとして、近くの陸地は攻め込もうとしていた敵国だ。
船員たちは火を消すことを第一に動くのは当然のことだろう。
次に、ラトは油壷をぶら下げた火矢を周りの船に放った。
油壷は船上で割れ、矢じりの火が燃え広がる。次々に、ラトは矢を放つ。
混乱していた司令官の乗る船から声があがった。
「放て!」
と。
ゆらゆらと明かりが揺れる船上に、矢を番えた人影が見える。
次々と、こちらに向けて矢を放っているのだろう。
その矢は、船から離れると夜の闇に吸い込まれて見えなくなる。
いつ、その矢がここまで届くのかと、体が固くなる。怖い。




