270 船影
ウルさんたちが舟の準備などで出かけ、部屋には私とラトだけが残された。
オーパーツを使うことをラトだけは知っている。
だから、一瞬ラトの前でかばんの中に手を入れそうになった。かばんの向こうにはユータさんがいる。ユータさんとラト……会わせてあげられると思って、そして……。
ダメだと気がついた。
ユータさんに聞いて、未来の人間だとラトは思っている。
だから、いろいろ知らないことを知っているとそう思っている。
だけど、もし、その未来の道具を取り出せるかばんが存在すると知ったら?
ラトが悪用するなんて思ってはいない。だけど、もし、もしよ、私が、いえ、私じゃなくても誰か親しい人が病に倒れて、かばんの向こうに薬があるとわかったら?
悪用じゃないよ。でも、誰かを助けるためならオーパーツに手を伸ばしてもいいのか?
いや、ラトならダメだと自制するかもしれない。でも、そうすると、助ける方法があるのに助けないと苦しむ。
そんな苦しみは私だけでいい。
「必要な物を、取って来るね」
ラトの前でかばんを使わない。部屋を出てからかばんから必要な物を取り出す。
ユータさんにいろいろ準備してもらったものだ。
小指の先ほどの機械。
完全に機械だ。こちらの技術じゃ作れない。オーパーツ。
それを、見た目は石ころのように加工してある。持ち込むのはどうかと思った。
思ったけど……。これだけでは役に立たないこと。小さくて発見されにくいこと。海に沈めてさらに発見されないようにすること。
……と、いろいろと言い訳並べて……。どんなに言い訳しても、結局はオーパーツを持ち込むのだ。
私は、自分に課した禁を破る。
火薬などの、この先より大きな悲劇を起こす可能性があるものではない。だから許した。自分に許した。
ううん。
紙だって、まさかの軍事利用にもなるわけだから……自己判断はやめた。ユータさんに相談した。
そして、使うことに二人で決めた。
「ラト、これを矢につけて思ったところに飛ばせる?」
石ころのようなそれをラトに見せる。
「失敗は許されないんだろう?」
小さく頷く。
「練習して来るよ」
ラトは弓矢を持って出て行った。
練習か……。
本当なら私も練習ができれば……。私がすることはぶっつけ本番だ。
だけど、仕方がない。やるしかないし、危険を回避するためにいくつもオーパーツを持ち込むのだから。
街に出て、完成したそれをチェックする。
和紙、投網、そして藤細工の籠。
強度は作っている最中に何度も確かめた。けれど、再度馬の力を借りて強度を確かめるようにお願いする。
引っ張って切れないか。
そして、昼食を食べた後に、王都から港町への移動を開始する。
できあがたものを運ぶのだ。
見た目は、投網だ。和紙も布にしか見えない。
沿岸部には、投網を設置してある場所など何カ所もある。投石機は大きな布を被せてある。目くらましだ。
ウォルフに投石機を隠すためだと思わせつつ、実は投石機の設置が間に合わないヶ所に柱を立てただけで布を被せてあるものもある。
本物の投石機が何台なのか混乱させるためでもある。
と、大きな布の出番も多いため、私が運んでいる物を不信がる者はいない。
ここで作戦がバレ、せっかく作ったものを焼き払われたのではどうにもならない。
港町が近づくにつれ、兵が行き交う姿も見かけるようになった。
日が沈み欠けた頃に、一隻目の船が見えた。
あれが、ガレオン船。
一隻目が見えたかと思うと、すぐに船の数は増えて行った。
投石機の届かない距離に留まり、それ以上は近づいては来ない。
10、20、30……どこまで数が増えるのか……。
ただ、日が落ちていく中、船の数が増えていくのを、トルニープの兵たちは戦々恐々として見ていた。
多い。
大きなガレオン船が数えきれないほど並んでいる。
「思った以上に多いですね」
ウルさんも次々と現れる船影に驚きを隠しきれないようだ。
「ただ、こちらの思ったような動きをしてくれるのはありがたい」
ウォルフの船が250ほども姿を現した。
一番警戒していたのは、船がばらつくことだ。あちらこちらから攻め込まれれば、対応しきれない。
もしかしたら、作戦としてはこれからいくつかに分かれて何カ所から同時に攻めこむつもりかもしれない。
だが、現状は一カ所に集まっている。
ウルさんが言うには「数の脅威を見せつけ交渉するつもりなのだろう」ということだ。
確かに、戦わずして、数に恐れをなして白旗を上げさせることができれば一番いいだろう。
そう。その一番よいことが起きればと願っている。
戦わずして白旗を上げてウォルフが帰っていく。
……トゥロンは、私のことを女神だと、そう呼ぶ。
私は女神ではない。だけれど、本当にこの世に神様がいるのならば……お願い。どうか、助けてください。
作戦決行は、日が沈んで暗くなってから2時間後と決めた。
深夜、敵が寝ていてはだめだ。起きて脅威を与えなければならないのだ。
ありがたいことに、およそ250艘の船は沖合にまとまって停泊して動かない。
沖合といえども、陸からほんの近くだ。投石機では届かないが、姿はしっかり見える位置を確保している。
まもなく、作戦決行の時間がやってくる。
ウルさんとセボンさんが舟で準備を整える。ラトは、弓矢の確認。火矢のための資材もチェックしている。
私は岩陰に隠れ、ユータさんに声をかけた。
「あと10分ほどで始めます」
「ああ。僕にできることは何もないのが悔しいよ。ただ、ここにいるから。必要なものをすぐに手渡せるように、ここにいるから」
カバンを覗けば、光が漏れる。暗闇で光があるだけで気持ちが少し落ち着く。
ユータさんはにこりと笑った。
「大丈夫だよ。ラトがいるんだろう」
ユータさんの言葉に小さくうなづいた。
そう、一人じゃない。
それに……。ダメで元々だ。これで戦争が回避できればラッキーで……。
だめならだめで、トルニープも、キュベリアもアウナルスも……それからグランラもピッチェも、大陸が一つになってウォルフに好き勝手させないように頑張るんだから……。
ユータさんから、身を守るための二つの装備を受け取り身に着けた。
そして、オーパーツを手に、ラトの元へと戻る。




