269 最後の会議
ラトと合流してすぐに、招集がかかった。
トゥロン、カーベルさんを中心としてトルニープの主要メンバー5人。そして、私とウルさんとラト。
ラトがいることに皆驚いていたが「キュベリアの強力感謝する」とすぐに気持ちを切り替えて、当初の話に戻った。
「狼煙が上がった」
カーベルさんが端的な言葉で現状を伝える。
「海上から狼煙が上がるのが見えたということは……」
その意図を組んで、話し合いが進む。
「ああ、夜には、船影が見える市場で接近するだろう」
「夜襲になるのか?」
「いや、地形が見えないと船での上陸は厳しいだろう。明るくなってから動きがあるんじゃないかと」
「その前に、何らかの交渉をしてくるかもしれないな」
「ギレンを乗せたと思われる小舟が確認されたが、捕まえて交渉材料にするべきか?」
「ウォルフにとって、ギレンがどれほどの価値があるのか分からないからな……」
「やはり当初の予定通り、投石機の威力などの情報をギレンに持って行ってもらう方がいいだろうな。いろいろと調べているだろうから、船の進路を操ることができたほうがいいだろう」
と、今後についてみなは忌憚のない意見を出し合っている。
ウォルフが、夜には来る……。
覚悟はしていたはずだ。
だけど、手の震えが止まらない。
武者震いなの、これが?
いや、違う。
単に恐怖心だ。
怖い。本当に、戦争が間近に迫っている。私……。
そっと、隣に座るラトが、私の震える手の上に手を重ねた。
逆隣りに座っているウルさんも、私の震えに気が付いたようだ。肩に手を置いてくれた。
「カーベル殿、私たちはまだやり残していることがある。話し合いの席を辞してもよろしいでしょうか?」
ウルさんの発言に、カーベルさんがすぐに返事を返した。
「そうか、狼煙が上がったという連絡をアウナルスに向けてする必要もあるだろう……」
ウルさんの言葉に、はっとする。
やり残したこと……。
そうだ、もうウォルフが迫っているのに、私はまだやらなければならないことがあった。
「あの、今夜、一つ試したいことがあります」
準備してきたけれど、それを実行することを伝えていない。
何をするのかは言えない。成功するかどうかも分からない。期待をかけさせるわけにはいかない。それに……。
「試すとは?一体何をするんだ?」
メンバーの一人が訝しむ表情を見せる。
「言えません……」
小さく首を振る。
「言えない?戦況にかかわってくることであれば、教えていただかないと」
焦ったような声が発せられる。
そうだろう。国の存亡がかかっている。敵は目の前まで迫っている。
勝機を得るために、何か一つでも情報、方法があれば、わらにもすがりたい気持ちだろう。
「隠し玉だと思ってください。知らないままの方が効果があります」
「何?我々にも隠すのか?スパイがいると、疑っているのか?」
先ほど訝しむ表情を見せた顎鬚の男がいら立った声を出す。確か、副将軍だったか。
このメンバーの中にスパイか……。確かにその可能性がないわけじゃない。でも、隠す本当の理由は、オーパーツを使うつもりだからだ。
どんな方法で何をするのか、細かく教えるわけにはいかない。
だから、言えない。
言わない。
何の情報も出さない。出せない。
「もしや、アウナルスやキュベリアは、この機に乗じてトルニープに攻め込む算段をしているのでは。それで、言えないのではないのか?」
「女神を疑うというのか?」
カーベルさんが冷ややかな声を出した。
「ラン様を救い出したのは誰だったか?トゥロン様のために尽力したのは誰だったか?それだけではない。王都の民のために、何の見返りも欲せず炊き出しを始めたのは誰だったか?自身の身の危険をも顧みずに……だ」
カーベルさんの言葉に、頭に血が上っていた副将軍が落ち着きを取り戻した。
「覚えておいてほしい。国は、民がいてこそだ。民が幸せに暮らせるのであれば、トルニープという国名など必要ない」
トゥロンの言葉に、ラトやウルさんが小さくうなづいた。
そうだ。二国とも同じ思いなのだ。
「アウナルスだろうがキュベリアだろうが、トルニープの民を幸せにしてくれるなら喜んで明け渡そう」
「そ、それはっ」
副将軍が驚きの声を出す。
「女神が、この国がほしいというのなら、私ごと貰ってもらおう」
トゥロンがニヤッと笑う。
この、緊迫した局面において、そんな顔ができるトゥロンはすごいと思う。まずは落ち着かなければ。冷静な判断が下せない。
「女神、トルニープを私めを欲しいと言ってくださいませんか」
立ち上がったトゥロンがすっと手を差し出す。
トゥロンを欲しいと?
「トゥロン殿」
ウルさんがトゥロンを睨みつけた。
ラトが、私の手に力が入る。
「落ち着いてから、何やら話し合う必要がありそうだ」
ラトが低い声を出す。それを制するようにカーベルさんが手をパンッと鳴らした。
「おほん、皆分かったであろう?女神が我が国を手にしようと策をめぐらせる必要などないということが。女神が一言いえば、トルニープは女神の元に下る」
えええ、いや、ちょっと、何それ。女神信仰が行き過ぎてるよっ。
って言うか、ダメでしょ、仮にも一国の王が簡単に国を人に明け渡しちゃ。トゥロンがまじめな顔に戻った。
「全ては、ウォルフから守り切った後の話だったな……。ウォルフはダメだ。あそこに国はやれない。ギレンのような男が国を動かしたら、民が苦しむ」
「そうですね。領土を広げるためだけに戦争を起こす国などこの大陸に必要ない」
ウルさんの表情も引き締まる。
そして、ラトが一同を見回した後に口を開いた。
「今は、力を合わせ、ウォルフを退けよう」
私も、しっかりと頷いた。
いつの間にか、手の震えは止まっている。
そうだ。力を合わせるんだ。
私一人じゃない。
「では、詳しくは離せませんがウォルフの船影が見えたら、暗闇に紛れて行動を起こします。何が起きようと、攻撃されない限りは手出しせずに見ていてください」
私の言葉に、副将軍が立ち上がった。
「疑うようなことを言ってすまなかった。我々が動くとしても、日が昇ってからになる。何か手伝えることがあれば言ってくれ」
ありがとうとお礼を言って退室する。
別室には、すでにオーシェちゃんとオージェルくんとエボンさんが待機していた。
それに、私とウルさんと……ラト。
このメンバーで今夜、作戦を開始するのだ。
「では、1の舟は私が。2の舟にはエボン。オージェルは地上での連絡役を。オーシェは」
「わかってる。モヅ村担当だね」
決行は、ウォルフの船を見てからだ。どれくらいの数が、どこに来るのか。
こちらの思惑通り、投石機や投網を避けて上陸しやすい場所に誘導されてくれていればいい。まとまってくれていればいい。
そうして、夕日が空を染め上げるころ、肉眼で船の姿が見え出した。