252 ユータさんと設計図
「君も、幸せになってほしい」
「私?」
「そうだ。帰りたいと思って帰るのはいい。だけど、帰らなければいけないと思わなくていい。僕が前に言った言葉は忘れてくれ」
……。
「無理して帰らなくてもいい……。同じ人間なんだから……。バグではない、少し進んだ知識のある同じ人間だ」
「帰らなくてもいい……?」
ユータさんは再び頷いた。
「ああ。帰ることが幸せなら、帰ればいい。だけど、残ることで幸せになれるならば、残ればいいと思う……現代知識を、君は無駄に広めたりはしないだろう?」
確かに、わざわざ知識を広めようとは思わない。
……でも……。
「ユータさん、戦争が起きようとしています。いえ、5日後には起こります。私……みんなが助かるなら、オーパーツにも手を伸ばしそうで……」
「何?戦争が起きる?それは本当か?」
そうだ。
ことの顛末は、まだユータさんには報告していない。
私は、トルニープの王が代わったこと、ギレンが語ったウォルフが攻めてくる話をユータさんに話した。
「……」
ユータさんの顔は次第に険しくなっていった。
「どうやら、本当に戦争が起きるようだね……。大切な人たちが傷つき、命を落とすかもしれないと思っているんだよね……」
ユータさんはふぅっと息を吐きだした。
「僕がそちらに行ったばかりのころは、絶えずどこかで戦争があった」
そうなんだ……。ラトや他の人からも少し聞いていたけれど、戦争もあったし、奴隷制度も残っていたんだよね。
「キュベリアが、大砲でも持てば他の国は恐れて襲ってこなくなるんじゃないかって思ったよ」
「え?」
「黒色火薬の材料だけは知っていたからね。炭と硫黄と硝石だ。だから、頑張れば作れるんじゃないかって思ったこともある」
「それで、どうしたんですか?」
「材料を知っていても、入手方法が分からなかったよ。硫黄は温泉でも見つかればあるかなとは思った。でも、硝石って言っても、何色かさえ僕は知らなかったんだ。人に尋ねようにも、どんな特徴があるものかさえ伝えられない。見つかるわけないよね。僕自身が知らないんだから。僕が知っているのは、材料の日本での名前だけだったんだよ。現物を知っていたわけじゃない」
そうだよね。
私だって、今聞いても、硝石なんて知らないもの。
だけど……。
「インターネットって便利だよね」
ドキン。
まるで、ユータさんに心を読まれたように、今考えていたことをユータさんが口にした。
「調べれば、硝石のことだって分かるんだから。鉱物だと思ったら、草や糞尿からも作れるんだって。だから、家畜小屋にあるかもしれないね」
作ることが、できちゃうんだ……。
「どうする?」
「え?」
「昔の僕なら、バカだったから、作れるとなれば、作ってたと思う。……その後、どうするか、どうなるかなんて考えもしないで。例え一時戦争が収まっても、火薬なんてその世界にもたらしたらさ、もっとたくさんの人が死ぬような戦争が、いつか起きる。……そうだろう?」
ユータさんの言葉に、私は頷くしかない。
私も、そんなことになるのが怖いから……だから……だけど、トルニープを、トゥロンを助けられるなら……って、考えそうで……。
「安心して。材料がそろっていても、たった5日で作れるような物じゃないから。それにね、作った火薬をどうするの?大砲も鉄砲もないんだよ?」
確かに……。
「でも、大砲なんてなくても、敵陣へ飛ばす方法はあるけどね。というか、すでにそっちの世界にもあったはずだから、佐藤さんがそちらの世界に持ち込んだことにはならない」
え?私がこの世界に持ち込んまない?
「投石器だよ。海岸沿いに投石器を準備すれば、多少は船をけん制できると思う。僕が知っている限り、そちらの世界の投石器はカタパルトって言われるもので、飛距離は100メートル程度しかなかった。だが、あれから数年たっているんだ。投石器が進歩していても不思議じゃない」
投石器……。
「本当かどうか分からないけどアルキメデスが発明したって言われるトレビュシェットの飛距離は400メートルはある。飛距離も調整できるらしいが、5日ではそこまで準備できるかどうかは分からないが……。400メートル先から、火炎瓶が飛んで来たら脅威に感じるんじゃないか?陸上を進む軍隊ではなく、相手が船なら……」
そうだ。船は木造船だ。
火が出て燃えれば沈む。
いや、沈まないために火消しに必死になるだろう。とても、トルニープに攻め込んでいる場合ではなくなるかもしれない。
「インターネットって便利だよね。簡単に図面や、模型の作り方の動画が見られるんだから……」
「ユータさん?」
「トルニープはキュベリアの隣の国だろう?僕は、日本に帰ってきたけれど……キュベリアが大好きなんだ。第二の故郷。僕は故郷を戦争で失いたくはないんだよ」
いたずらっ子のように、ユータさんが笑った。
火薬は駄目だけど投石器は良いとか、線引きなんて理屈一つでどうにでもなる……。
「パソコン借りてもいいかな?設計図を書きうつしたいんだけど、紙、あ、いや、そっちは紙じゃだめか、木の板……」
私は、急いで何枚かの紙をユータさんに渡した。
「こちらの世界の紙です」
「へぇ、紙がそっちでも作られるようになったんだ」
私が作り方を広めちゃったことは、言った方がいいんだろうか?……いや、今はそんなことどうだっていい。
「書きうつしてる間に、動画を見てある程度手順を覚えてもらえないかな?」
5日しかない。
私は、言われるままに、吾妻さんからもらったスマホを手に、動画を探した。
「ユータさん、この投石器でいいのかな?」
正直、カタパルトだとかトレビュシェットだとか言われても分からない。
「ん?ああ、そう。そうそう、カタパルトは移動しながら使うこともあるけど、トレビュシェットは基本的に設置型だから。威力を高めて飛距離を伸ばすには大きく作るほかない。だから、移動させながらの攻撃はまず無理だと思ってくれ」
っていうことは、攻めてくる場所を予想して設置場所も考えないといけないってことだ。船が接岸できそうな場所、小舟などで上陸しやすそうな場所をオーシェちゃんたちが調べていた。
いったい、何か所あるのか……。5日の間に、どれだけの数が設置できるのか……。
いや、すべての場所に設置できなかったとしても、上陸しにくい場所を増やすだけでも、ウォルフには効果があるはずだ。投石器のない場所を選んで上陸を試みるなら、その場所に兵を配置すればいいんだから。




