251話
長いことお待たせいたしました。連載再開いたします。
ただし、更新ペースは不明です。
夜が明けた。
いつ眠ったのだろうか?
目の周りが熱い。昨日、泣いたせいだろう。
鞄の中に手を入れ、洗面所の水道でタオルを濡らして顔に当てる。
鞄の中から、ジャーッというトイレを流す音が聞こえてきた。
うわっ、そうだ。ユータさんとミュイロン君がいたんだった。ぼんやりしすぎだ。
突然手がにょきっと出たら、驚かせちゃうよ。
戦争を辞めさせるための方法なんて、一晩で思いつくはずもない。
だから、まずはやらないといけないことから片づけなければ。
一つは、ミュイロン君のこと。ユータさんと話合わなければ。
トイレのドアが閉まる音を確認すると、声を掛けた。
「ユータさん」
「うわっ、あ、おはよう、ボゥリイ」
廊下の壁に掛けた服に合わせて顔を出す。
「おはようございます。驚かせてしまってごめんなさい」
そうか、あまり気にしたことがなかったけれど、日本も今、朝なんだね。こうして、日本にいる人と話をして初めて気が付いた。
そうだ。私一人では気が付かないことは、たくさんあるはず。戦争を辞めさせる……その気持ちを離して、ユータさんにも何か考えがないか相談してみよう。
トゥロンやウルさんには、相談しにくい。だって、今必死に、迎え撃つための準備をしているんだから。
ギレンの言葉が本当なら、6日しかない。いや、もう日付が変わったから5日だろうか。
トルニープにウォルフの軍勢が攻め込んで切るまでに5日しかないのだ。その間に、迎え撃つ準備をしなければならないのだ。
しかも、トルニープは王が代わったばかり。さらに、近衛兵にすらギレンの手の者……ウォルフの人間が紛れ込んでいたのだ。信用できる人物を確保し、軍を新たにまとめ上げなければならない。そのうえ、今までには無い「海軍」に対抗する手立てを考えなければならないのだ。
せめて1か月あれば……。
たった5日で何ができるのだろう?
「ちょっと待ってて」
ユータさんは、そういうとキッチンに向かいカチャカチャと音を立ててから両手にカップを持って戻ってきた。
あ、コーヒーの香り……。
「甘いの大丈夫?」
大丈夫という言葉の代わりに、ユータさんからカップを受け取った。
「ありがとうございます」
手渡されたカップを見ると、色が薄い。ミルクたっぷりのカフェオレだ。
カップに口をつけると、コーヒーの香ばしい匂いが鼻をつく。甘いカフェオレ。
久しぶりのカフェイン。
「はぁー、おいしい」
そういえば、砂糖の味も久しぶりだ。
疲れた時には甘いミルクがいいんだよね。カフェオレになってるところは大人用ってところだろうか。
……。
ユータさんには詳細はまだ話していない。だが、私の泣きはらした目を見て気を使ってくれたんだろう。
「ユータさん、ミュイロン君の……いえ、メイロン君のことなんですが……」
ユータさんが黙って話を聞いてくれている。。
「やはり、メイロン君の父親は亡くなりました」
小さく「そうか」とユータさんの口から洩れる。
そして、沈黙が流れた。
「あの」「えっと」
そして、二人同時に声をあげた。
どちらから話す?という目での確認のあと、ユータさんが言葉を続ける。
「昨日、君の言葉を聞いてから、ずっと考えていたんだ。……僕は、メイロンはこちらの世界の人間じゃないから、バグみたいなものだから、そちらの世界に返すべきだと、そう思っていた」
確かに、そういっていた。
「だが、家族のいない場所に返して、メイロンは幸せになれるのか……。こちらには、メイロンを本当の息子のようにかわいがっている人がいる。メイロンも本当の両親のように彼らを慕っている」
メイロンくんが地球に迷い込んじゃったのは、まだ幼いときだった。新しい環境に慣れるのは早かったかもしれない。
きっと、寂しくて泣いて泣いて大変だった時に、支えてあげた人がいるのだろう。愛情を注いでくれた人が。
「僕は、日本に帰りたかったんだ。だから、帰ってきた……。だけど、メイロンは帰りたくはないんじゃないかと思う」
そうだね。確かに、両親のように慕っている人たちと別れさせるのは……酷だ。あっちにいったりこっちにいったり……。何度も家族と引き離されるなんて……。
「もし、僕も離れたくない人がそちらの世界でできたら……帰ってきただろうかと考えたんだ」
私は、ユータさんの言葉を黙って聞いていた。
「そうして、思い出したんだ。良くしてくれた人たちのことを……。ラト、そしてラトの家族。それだけじゃない。たくさんの人たちに助けられ、支えられ、僕はそちらの世界で生きていた。彼らにとっては、僕は言葉も分からず困っている子供だった」
メイロン君ほど幼くはなかったけれど、ユータさんも確かに子供だったんだ。高校1年。日本では、まだ社会に出たことも無い子供だ。大人にあこがれ、大人に反発する子供。
こちらの世界の人たちには10歳くらいに見えていたかもしれない。10歳の言葉も分からず、働いたこともない子供……。
マーサさんのことを思い出した。
ミリアの街の人たちのことを思い出した。
私もいっぱい助けてもらった。いい人達ばかりだ。
ユータさんの周りにも、いい人がいたんだ。ラトもそうだろう。
ラトは、当時は王子だったんだろうか。王子にいきなり出会うわけはないから、ラトと出会う前にも誰かに助けてもらっていたんだよね?
「そう、ただの子供だった。異世界から来たバグだとか、排除すべき人間だなんて僕のことを考える人などいなかったんだ。一人の人間として、自分たちと同じ人間として扱ってくれた」
ユータさんは、カップに残ったカフェオレを一気に飲み干した。
「同じ人間。何も違わない……。そうだろう?何もメイロンをこの世界からはじき出す必要なんて、ないんだ……」
メイロン君を地球に残すとユータさんは決めたらしい。
「メイロン君は、この後どうなるんですか?」
「メイロンを育ててくれていた夫妻が、ずっと養子にしたがっていたんだ。きっと喜んでメイロンを家族に迎えてくれるよ。メイロンも、ずっとパパママと呼ぶのを我慢していたんだ」
「そっか。よかった。メイロンくんは幸せになれますよね?」
私の言葉に、ユータさんが大きく首を縦に振った。
そして、小さく微笑んだ。




