25 不機嫌なシャルト
2日目は、朝食の後にリムジン馬車で出発した。
午前中に休憩を一つ。次に昼食のための休憩。その後、シャルトと次の休憩まで勉強と雑談。その後普通馬車で文字の練習という名の息抜き。ずっと誰かと一緒だと疲れるものね。そろそろ休憩が欲しいというころに、次の宿泊地に着いた。
昨日泊まった街と同じような規模の街だった。やはり、馬車の歩む速度を考えて一定距離ごとに宿場町があるようだ。
道中、何事も無く4日目の夜を迎えた。
この間ネットオークションに出品した「胸当て」の終了日だ。売れたかな?とチェックすると、売れてませんでした。世の中そんなに甘くはありません。自動再出品で2周目に突入です。さぁ、次は何を出品しようか。
セバウマ領までの道程の半分ほどを終えたことになる。ユータさんの地図でも、王都とセバウマ領の真ん中くらいの位置に今いる街の名があった。まだ、黒丸地域である。
8日目、ユータさんの地図で白丸や無印や未記入地域に入った。
ここから、帰り道探しが始まる。しかし、どうやって調べてみたものか。
「シャルトさん、この辺りにも帰らずの森のような場所はあるのですか?」
文字の勉強の後、いつものようにシャルトとの雑談タイムに思い切って聞いてみた。
「帰らずの森のように有名な場所は無かったと思いますが」
「有名でない場所もあるんですか?」
「ええ、それはもちろん地元だけに伝わる場所もあると思いますよ。何故、そんなことを聞くのですか?」
おっと、理由を軽くスルーしてくれると嬉しかったんだけど。帰らずの森の話のとき、私の態度は明らかにおかしかったもんね。なんでわざわざ怖い話を聞くのか気になるよね。
「知らずに近づいてしまったらと、少し怖くなったのです。知っていれば、近づかずに済みますから」
怯えた様子を見せてみた。これで、つじつまが合うだろうか?
「そうですね。リエスさんがもし帰らなかったら……」
シャルトも必要以上に深刻な顔つきになる。そこまで顔色悪くするほどのことでもないんだけど。私が怯えてるのは演技だからね。大丈夫だから、ごめん。
「分かりました。トゥロンに聞いてみましょう」
トゥロンは、護衛の一人だ。休憩の時などに少し話した感じでは、チャラ男だった。いや、チャラ男というよりも、ちょい悪親父か?40くらいに見える男だ。
「トゥロンに?」
「彼は昔このあたりで警邏をしていましたから、そういうことに詳しいのです」
警邏って、街を見回る警察の人って意味だよね。ミリア村でも時々馬に乗った制服を着た人が来ていたけれど、あんな人のことかな?
「人がいなくなれば、まず警邏の耳に入りますから」
ああ、なるほど。遭難にしろ誘拐にしろ、人がいなくなれば警察が動くもんね。どこでいつ誰が居なくなったとかの情報は警察が一番詳しいわけだ。良いことを聞いた。
「では、後でトゥロンに聞いてみますね」
「ダメです!僕がトゥロンに聞いておきますから!」
シャルトにしては珍しく語気を強めたものの言い方をする。
「いえ、シャルトさんの手を煩わせるまでもありません」
「ですが、トゥロンは、」
馬車が停止する。
「ちょうど、休憩の時間になったようですね、早速トゥロンに聞いてみます」
まだ何かシャルトは言いたそうだったが、又聞きするよりも直接聞いたほうが情報の漏れがない。疑問に思ったことをすぐに尋ねることもできるし。
「トゥロンさん」
馬に水や飼い葉を与えているトゥロンさんに声をかけた。
こげ茶の短髪に、茶色の瞳。ひょろりと手足が長く、もみ上げを伸ばしているので少しルパンみたいだなぁと思っている。
「おや?リエスの嬢ちゃん、何の用かな?」
「教えて欲しいことがあって」
「恋の手ほどきなら、お任せあれ、」
と、私の手を取り軽くお辞儀をする。
「ですが、残念ながらこのトゥロン、今は馬に仕える身でありまして、」
空になった取っ手の付いた桶を高く持ち上げ、くるりと回転する。
「くすくすっ」
飼い葉の追加を持ってくると、トゥロンはウインクする。
「で、嬢ちゃん何が聞きたいんだい?何でも、と言いたいところだが、まだ命が惜しいので男女のいろはは教えられないな。それ以外のことなら教えるぜ」
男女のいろはと、命は何の関係が?鬼嫁でもいるのかな?
「シャルト様に、トゥロンさんは昔警邏だったと聞いて。このあたりで人が行方不明になるような場所があるのか知りたいんです。その、知り合いの知り合いが……」
語尾を濁して、勝手に理由は推測してもらう。知り合いの知り合いが居なくなったとか。
「人が行方不明か、行方不明になることは何度かあったが、そのほとんどが夜逃げと人攫いだったな。特に特定の場所で人が消えるようなことは無かったと思うが……何せ10年も前のことだから、最近のことはわからないなぁ」
手がかりなしか。
「街に着いたら、色々聞いといてやるよ。昔のつてもあるしよ」
「本当ですか?ありがとうございます!助かります!」
嬉しくて、自然に顔が笑う。
「おいおい、あんまそんな表情してくれるなよ」
トゥロンさんは、私の額を人差し指で軽くつんっと押した。
「え?私、変な顔してましたか?」
「お茶が入ったみたいだぜ、ほら、行った行った!」
トゥロンさんに背中を押される。振り返ると、シャルトが不機嫌そうな顔をして立っていた。
何か怒ってる。
お茶の時間に遅れたからかな?それともトゥロンさんに聞いてくれるという厚意を無にしたからかな?
「ご、ごめんなさい」
とりあえず謝っておいた。
「いえ、リエスさんには怒ってませんよ」
私には怒ってないってことは、怒ってることは間違いないんだ。
顔は笑顔なんだけど、空気がぴりぴりするのが伝わってくるんですけど。
シャルト、怒ると怖い!怒らせないように気をつけよう。
宿で夕食を取り、部屋でいつものリエスに戻る。
「はぁー、この時間が一番幸せだぁ。もうウィッグ+カラコン+フルメイクはやだな」
若い頃はそれで徹夜とかも全然オッケーだんたんだけどなぁ。
いっそ、正体ばらしちゃおうか?
部屋に用意されたお湯で体を清める。お風呂に入りたい。せめて、シャワー。
こんなところでシャワーを浴びたら、部屋が水浸しになっちゃう。どこかシャワーの浴びられる場所はないだろうか?
部屋を抜け出し、宿の主人にどこかに風呂はないかと聞いてみた。
「風呂?なんだいそれは?ああ、汗を流すところか。警邏の詰め所の近くにあるよ」
「誰でも使えるんですか?」
「ああ、そりゃそうさ。でも、もう水が冷たくてとても使えないぞ?」
ふふーん。私はお湯出せるから、大丈夫なんでーす。それに、今なら誰も居ないってことでしょ?好都合、好都合!
詰め所の隣にあったのは、湯船のない銭湯?
石造りの屋根のない建物の中に入ると、床は水はけのよさそうな石畳。中央に、井戸と水をためておく瓶がいくつか置かれている。その周囲に桶と、体をこするために使う柄のついたブラシがあった。
「男湯?女湯?」
別々になってなくて一つだけ。まぁいいや。どうせ誰も居ないし。
シャワー!シャワー!シャワー!
うはーっ。気持ちいい。何日ぶりのシャワーかな!




