242 祭の後のこと
ここ王都では、並ぶのが当たり前。並ばないのは悪!あいつが並ばないなら、俺らも並ばないぜって人間はいない。
いや、いたんだよ。そういうやからがガイルさんたちだったわけで。
今では立派な、聖女護衛隊に……って、待て、待て、まてぇーーーーっ!
何だ、その聖女護衛隊って!いつの間にそんな名前で呼んでるんだ?っていうか、それ、浸透させないで!
なんか、ただの炊き出しボランティアの言いだしっぺなのに、すんごい組織みたいになってきてる!
怖いから!新手の新興宗教とか、そういうの、怖いから!って、新手の新興宗教って、「頭痛が痛い」みたいなこと言っちゃったよ、思わず。
「エボンさん、あの、聖女護衛隊って名前ですけど……」
「ああ、勝手に誰かがそう呼び出しただけで、他の呼び名がよろしいのでしたら伝えますよ?親衛隊がよろしいですか?」
ぶっ。
親衛隊だとぉ!やめてくれ。
それくらいなら、まだ今のままの方が……。
「ああ、そうそう、私たちは、聖女子近衛隊と呼ばれています」
こ、近衛っ!ぎゃふんっ。
「あー、その、大丈夫なの?護衛隊とか近衛隊とか……」
まるで、聖女が君主みたいな扱いだ。それって、陛下から地位を脅かす勢力として排除の対象になりはしないか?
もちろん、近々トゥロンやカーベルさんが上に立てば、事情を知っているからそれはないだろうけど。
私が狙われるならまだいい。だけど、護衛隊から排除するとガイルさんたちが狙われでもしたら……。
って、今更か。革命を祭までは待って欲しいと頼んだくらいだから。祭が終わったら革命って流れなんだろうなぁ……。
まぁいいや。革命が終わったら、トゥロンが国民のための施策をするだろう。聖女の炊き出しも必要なくなる。
聖女は役目を終えて姿を消すのだから、護衛隊もあとわずかの存在だ。
ガイルさんたちは、聖女護衛隊の役割を終えたあとはどうするんだろう?無法者に戻りはしないだろうけど……。
まだ、すぐに仕事が見つかるほど復興が早いとは思えない。
「余計なお世話かな……」
自分の考えに、苦笑する。きっと皆自分で色々と考えて生きていけるだろう。私が何とかしてあげなくちゃなんて思う必要もない。というか、自分が動けば何とかなるとか思い上がりもいいとこだ。
だけど、それでも……。
「王都の、街の自警団として、国が雇ってくれないかな?」
「聖女護衛隊をですか?」
エボンさんが驚いた顔をする。そりゃそうか。私は自分の頭の中で革命後の想像をしていたけど、今の国に雇ってもらえるかといえば、完全にノーだ。
「トルニープが落ち着いて、炊き出しが必要なくなってから……」
「ああ、そうですね。兵とは別に自警団があってもいいでしょう。ボスも、"軍"と"警察"は分けた方が良いと言っていました」
「そう、それそれ!何かあったときに駆けつけてくれる兵や、交代で詰め所にいる兵じゃなくって"交番"にいつもいる"お巡りさん"ね!」
兵はどうしても、訓練や、担当場所の変更などがありいつも同じ人が街を見回るわけではない。自警団は、いつも街に同じ人がいてくれる。その違いは大きいと思う。現に、ガイルさんたちは、街のことを良く知っている。独り暮らしのお年寄りがどこに住んでいるということまで。
江戸時代とかも、街の警備観察を任されてた役人「回り方同心」は人数が足りなくて、元犯罪者とかを「岡っ引き」として使ってたんだよね。岡っ引きって衣食住とお小遣いを同心が面倒見てたけど、給金はなくて兼業してたわけでしょ?
そんなんでいいんじゃないかなとも思う。いずれちゃんと仕事が見つかるまで、国が安定するまでは……。
自警団として、少しのお金としっかりとした食事で国が面倒みてくれないかな。
エボンさんが去ってからも、革命後の想像は続いてた。
炊き出しを手伝ってくれてた人たちも「トルニープの福祉課臨時職員」みたいな感じで聖女の手伝いをしていたときと同じ程度の待遇してもらえないかなぁ。
祭が終わったら、ちょこっとだけこうしてほしいなぁっていうことをメモしよう。
直接話すと、女神のおっしゃることならとかトゥロンは言い出しそうだし。聖女様の仰せの通りにとかカーベルさんは言い出しそうだし。
いや、流石に国を動かすようになればそんなことないよね?
……やだ、私って、傾国の美女?
ふふふっ。ありえない。
断りやすいように、一覧表にして渡すだけにするというのもあるけど、祭が終わったら……。
革命も見届けたい気もするけれど、そうしてずるずるとあれもしたい、これもしたいと先延ばしにするわけにもいかない。
サパーシュ領の咆哮の森の洞窟に一度行かなければ。
ユータさんに、誰も謝って迷い込まないように封鎖してくれと頼まれている。祭の準備でユータさんには本当にお世話になった。
世話になっておいて、自分が頼まれたことをしないわけにはいかない。
つまり……、トゥロンの元を、このトルニープを離れるのだ。
その後は、日本へ帰るための場所を探して旅に出るつもりだ。
……。旅に慣れるまでは、ウルさんに同行を頼んでもいいだろうか?流石に吾妻さんに甘えすぎかな。
ああ、そうだ。吾妻さんに会いに行く道すがら、日本への帰り道を探すというのであれば、大丈夫なんじゃないかな?
うん。そうしよう。
祭が終わったら、トゥロンに宛てた手紙を書く。文字を書くのは遅いので、ウルさんに代筆をお願いしよう。
手紙を渡して、トゥロンにさようならして……。
トゥロンに、さようなら……を……。
「は、はは……」
乾いた笑いが口から漏れる。
やだなぁ。目に涙溜めるとか。30歳を超えたくらいから、妙に涙もろくなっちゃったな、私。
トゥロンは生きてるんだよ。
死んでもう会えないとかじゃな……ああ、もう、会えないか。日本に帰ったら、会えないんだ。
だから、永遠の別れ、永遠の……。
「女神よ」
トゥロンの笑顔が、まるで走馬灯のように浮かんできた。だから、私も死なないし、トゥロンも死んでないんだってば!
もう、ラトともミリアの街の人たちとも二度と会えない別れを経験したよね。
平気。
平気だって。
泣くな!泣くな私!
……。ラト……。ウルさんに代筆してもらった手紙には、故郷に帰るって書いたよね。
もう、ラトは私が日本についたと思っているかな?
それとも、ユータさんみたいに何年も旅をすると思っているかな?
手紙の最後に一言だけ日本語で書いた言葉……。それが、私の気持ちのすべてだよ。
それは、ごめんねでも、さようならでもないの。
ラト……。
「え?嘘?」
人並みに、一瞬ラトの姿が見えた。