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23 帰らずの森

 王都からの旅立ちは昼食を取ってからとなった。

 リムジン車中で、マーゴさんに侍女を紹介される。

 若くないベテランと聞いていた侍女さんは、35歳でした。

 同級生キターッ。成り立てアラフォー同士、色々とお話ができます!と思ったら

「旦那は、護衛の一人で、今この馬車の御者をしています。二人の娘は嫁いで行ったから、家に帰っても寂しいんですよ」

 凹。歩んできた人生がまるっきり違いました。

 娘が嫁に行ったとか、仕事はベテランで筆頭侍女とか、独身無職アラフォーとは会話が成立しませんね。

「途中、娘が嫁いだ街に宿泊するから、娘と仲良くしてくださいね」

 とか、言われても、娘さん、おいくつですか?!

 同級生侍女さんの名前はレジージョで、双子の妹がセバウマ領に残って筆頭侍女代理をしているらしい。姉妹そろって優秀なんだ。

 見た目は、とても35歳とは思えず、若く見て40。正直なところ40代後半に見える。

 この世界はメイクをするための化粧品はあるけれど、肌の手入れをするための化粧品はまったくない。もちろん、食べ物やマッサージなどで肌を整えるなんて発想もない。日に焼くだけ焼いて、乾燥するだけさせてるから、大きなシミや深い皺が刻まれているのだ。もしかすると、メイク用具の質が悪いために起こるトラブルもあるかもしれない。現代日本だって外国産の口紅で唇に色素沈殿した子とか、アイシャドーでアレルギーが出て目が腫れた子とかいたし。

 お茶休憩を挟んで、馬車を乗り換える。

「では、文字を教えさせていただきます」

 そう言って、シャルトが取り出したのは額縁みたいな枠のついた木の板だった。そこに、皮の袋から砂を入れ、トントンと板を裏から叩いて、砂を均一に広げる。

 どうやら、紙が発達していないこの世界では、文字の練習はこの黒板ならぬ砂版を使って行うらしい。

「まずは、数字からでよろしいですか?」

 4人乗りの馬車で、席は向かい合わせに設置されている。私の斜め前に座ったシャルトが、砂に数字を書いた。砂板を私の方に向ける。案の定、砂がざざぁと移動して、文字の形は微妙になった。それを、3度繰り返す。

「隣に座っていただけると、書いているところも見ることができて助かるのですが」

 一向に進まないので、提案してみる。人の目を真っ直ぐ見るシャルトにとっては、顔が見えない位置に座るということに躊躇があるのかもしれないなぁとは思ったけれど、そうも言ってられない。

「そうですね、その方が良さそうですね。失礼します」

 シャルトが隣に座る。うん、これで見やすくなった。

「数字の一は、こう書きます。二、三、四、五」

 古今東西、数字は分かりやすいよね。特に一は漢数字は横棒一つの一。英数字は縦棒一つ1、ローマ数字も縦棒一つⅠだもの。

 この世界も、数字は似たようなものだった。一は棒1本、棒というよりも、点と棒の間くらいの短さ。二は2本、三は3本、四は4本、五は……ああ、これ見たことあるわ。麻雀の牌のあれだ。竹のだ。サイコロの丸が線になったような感じ。6からは、下に横棒を一本引いてから上に1~4を書く。ちなみに、ゼロは丸でした。さらに二桁の場合は十の位と一の位にそれぞれの数字を書くという、英数字と同じ方法。十進法が使われているので助かった。

「数字は簡単ですね」

 その言葉にシャルトの手が揺れ、砂に書いた文字がにじむ。

「では、書いてみてください」

 トントンと砂をならして砂板を渡される。1から順に、板に書けるだけ書いた。18くらいでいっぱいになり、トントンとしてから、今度は3桁、4桁の数字を書く。

「百や、千はこのように書けばいいんですよね?」

 シャルトの顔を下から見上げると、ちょっと驚いた顔をしていた。

「そうです、よくご存知ですね。リエスさんはとても賢いですね」

 二桁以上でルールが変わらなければ、三桁も四桁も変わらないから誰でもわかるよね?なのに褒められた。小学生か、私は!

「数字は問題ないようなので、次に行きましょうか」

 そうして、アルファベットにあたる文字を一つづつ教えてもらう。さすがにこちらは、形を順に覚えていかなければいけないのですぐには覚えられない。

 英語よりも、ローマ字に近く、口に出した音をそのまま記す方式なので、単語の綴りを覚える苦労はなさそうなのがありがたい。ただ、ローマ字はアルファベットの組み合わせで、あかさたなには「a」が共通で使われるとかあるけど、ここにはない。

形はアルファベットに近いけれど、ひらがなのように一音に一文字なため、数が多い。しかも、「あ」だけでも3種類とか、とにかく数が多い!ひらがなは50音とかいうけれど、こっちは100音くらいあるんじゃないだろうか?旅は10日間ということだから、1日15文字くらいを目標に覚えることにした。

「では、今日はこのくらいにしましょうか」

 シャルトは、砂板を傾け、角に開けられた穴から砂を皮袋に戻した。

「では、私は馬に戻ります」

 今にも馬車を止めようとするので、慌てて引き止める。

「わざわざ馬車を止めるのは申し訳ないです。もし、シャルト様さえよろしければ、次の休憩まで話し相手をしていただけませんか?」

 マーゴ様に、シャルトの息抜きになるようにと言われている。私の集中力が続かず、息抜き時間が短くなったでは申し開きできません。年々、集中力が無くなったと感じる35歳でございます。カルチャー教室「集中力を上げる瞑想法」を受けておくべきだったか。

「リエスさんがよろしければ……それから、様はいりません。シャルトとお呼びください」

 えー、仮にも伯爵令嬢じゃない、伯爵令息でしょ!

「では、私のことはリエスと」

 シャルトは、席を移動して、また私の斜め前に陣取る。

「とても、リエスさんを呼び捨てにはできません」

 珍しく視線をそらして言う。

 おい、何故だ!理由が分からない。年上を呼び捨てにできないとか?私、知らない間に年上オーラ出してます?一応、薔薇のリエスは25歳ということになっていると思うのですが。

 薔薇のリエスって何だ、その呼び方!(と、自分突っ込み2回目)

「えーっと、じゃぁ、私もシャルトさんとお呼びするということでよろしいですか?」

 心の中ではとっくにシャルトと呼び捨てだけどね!

「リエスさん、」

「はい、なんでしょう、シャルトさん」

 視線を合わせる。

 あ、やばい。例のシャルト得意の沈黙だ。また、シャルトの時間が止まってる。

 話題、話題。

「今はどのあたりを進んでいるのですか?」

 問いに、シャルトの意識が戻ってくる。馬車にはガラス窓がはめられているが、透明度は悪い。外の景色を見るためではなく、もっぱら光を通すためのものだ。

 窓を少し開けて、シャルトは外の景色を見た。

「ちょうど、帰らずの森の辺りですね」

「帰らずの森?」

「ええ、そうです。たびたび、森に行った者が帰らないのでそう呼ばれています」

 思わず体が震える。

 シャルトが震える私の姿を見て、焦って手を振る。

「すいません、怖い話でしたね」

「帰らなかった人は、その……亡くなったんですか?」

 森の中で遭難することもあるだろう。

「いいえ、さほど深い森ではないにも関わらず、亡骸が見つかったことがないのです。それで、人々は恐れて、今では近づく人はいません」

 指先が冷える。震えが止まらない。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。あの、それで、このあたりの地名は何というんですか?」

 後で、ユーマさんの地図で確認しなければ。

 人が帰ってこない場所、人が消える場所、人がいなくなる場所、神隠しと呼ばれるような現象。

 こちらの世界の人が、地球へ行ってしまったということではないだろうか?

 私やユーマさんが、こちらに来てしまったように、こちらの世界の人もあちらへ行ってしまった、そういう場所なんじゃないだろうか。

 帰り道を探すには、神隠しのような人が忽然と姿を消したという話を追いかければいいんじゃないだろうか?

 突然頭に思い浮かんだ、日本への帰り道を探すヒントに、動揺して震える。

 程なくして、馬車は止まり、休憩の時間になった。

 シャルトが心配そうな顔をして見ているので「もう平気です」と笑って見せた。

 休憩が終わり、マーゴさんの馬車には戻らずに、一人で馬車に乗る。

「文字を忘れないうちに練習したいから」と説明したが「疲れたので一人になりたいのかな?」と思われたようだ。ちょうど顔色を悪くしてたので。

 どちらにしても、一人になれるのはありがたい。

 だって、今すぐにも、ユータさんの地図を確認したいんだから!

 馬車が動き出すと、カバンからユータさんの地図を取り出した。


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[気になる点] 神隠し、か……。 普通に死んでると思ってた。 やはり、当人とは思いが違うな……。
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