218 聖女を差し出す
ウルさんが、私の耳元で通訳するふりをして声をかける。
「どうしますか?交換条件に何を提供しますか?」
石鹸や紙やメイプルシロップでもいいだろうか?あまりにも目新しさが無いのではないだろうか?
せっかくギレンをその気にさせたのだ。このまま何とか懐に飛び込んだままの状態をキープするには……。
ゴクンと小さく唾を飲み込む。
無謀だろうか……。いや、言い方に気をつければ……。
大丈夫、ウルさんは頼りになる「通訳」だ。ギレンを説得する上手い言い回しをしてくれるはずだ。
「聖女を」
ウルさんの耳元で小さく呟く。ウルさんの顔が小さく揺れた。驚いたようだが、それをギレンには分からないように抑えるのは流石だ。
ウルさんは、特に私に尋ねることなく、ギレンに通訳を始める。
「聖女と呼ばれる者をご存知でしょうか?」
その言葉に、ギレンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ふんっ。どこの誰だか知らぬが、民の心を操ろうとでもしているのか、聖女を語って何をたくらんでいるのやら」
忌々しそうに破棄捨てた。
うわー、やっぱり、宰相に良く思われてないのね。元宰相のカーベルさんなんて、崇拝するくらい「民を救ってくれてありがとう」と感謝してるっていうのに。
でも仕方がないか。民を救うのは王家もしくはそれに連なるものでなければ、王の威厳は保てないもんねぇ。逆に、王に虐げられてる民を別の人が救ってしまえば、人々は次第に王家へ反発するようになるだろう。聖女を持ち上げて、王家を転覆させようというやからも出てこないとは言い切れない。
今、まだ聖女が放置されているのは、戦争に向けての準備に勢力を傾けているからだろうか……。
「聖女を、祭りの見世物にすると言うのはどうですか?」
ウルさんの言葉に、ギレンの耳がピクピクっと動いた。
「見世物?」
「聖女というからには、奇跡の一つや二つ見せて欲しいと思いませんか?」
通訳するだけのウルさんだか、言葉の中身に合わせて、表情も動かす。そう、今は「悪い顔」をしている。
「奇跡?まさか、奇跡を起こせると言うのか?」
ギレン君よ、君は確か先ほど「聖女を語っている」と言っていなかったかい?偽物だと思ってるんだろ?もしかして、ちょっとは本物かもと思ってたりするわけか?……。自分の考えに信念が無くてぶれるあたり、操りやすそうな人物だ。
よくまぁ、この操りやすそうな、悪く言えば小物っぽいギレンが、陛下に取り入ってウォルフとの間に立てるもんだ。
陛下が思いのほか切れ者で、このギレンを利用してるのかな?いや、だけど、トゥロンもカーベルさんも陛下は良くも悪くも凡庸だと言っていた。まさかと思うけど、能ある鷹は爪を隠すってやつか?
もっと警戒したほうがいい?
「奇跡を、起こせると思いますか?」
ウルさんの悪人顔はさらに増す。聖女を完全に馬鹿にした顔だ。っていうか、ウルさんを敵に回すのだけはやめよう。怖いです。まじでその顔。
「起こせるわけはないな、偽者風情に」
ギレンさんも、ウルさんにあおられて聖女偽物説に自信を取り戻したようだ。
「奇跡を起こせなかった聖女を見て、国民はどう感じるでしょうね?」
ウルさんが、また、ニタリと嫌な顔をする。
「あはは。それは面白い。信用を失うだろうな。しかし、どうやって聖女を祭りに駆り出すのだ?」
ギレンがこの話に食いついた。単純でありがたい。
「そうですね、聖女は歌が上手だという噂です。祭りの際に、皆に歌を聞かせて欲しいと頼むのはどうでしょうか?」
「ふむ。なるほど。しかし、それでは、聖女は逆にもてはやされてしまうのではないか?」
「聖女に参加の約束を取り付けた後、噂を流しましょう。聖女が祭りで奇跡を起こすと。一度参加を公言したのに、参加を取りやめたら聖女の名に傷が付く。参加しても歌うだけで奇跡が起きなければ、やはり汚名となりましょう」
ギレンはこの話に嬉々として乗ってきた。
「それはいい」
と、そこまで来て、ギレンは眉を下げた。
「しかしだ、そんなことは無いと思うが……もし、もしだ、本当に奇跡が起きたら……」
おいおい。聖女が本物かもってまた不安になったのかい。意外と小心者なのか、それとも信心深いのか。
こちらの世界では、神殿など神職が粛清されて機能していない。宗教的なものは表面上は無い。だからといって、人ならざるもの、神のような存在をまったく信じていないのかというとそうでもないらしい。聖女なんて言葉があっさり受け入れられているのもそのせいだろう。
「奇跡を起こす聖女に、祭りの出演を依頼したのはギレン様ですよ。ギレン様は聖女を動かす力があると……」
「ふっ、なるほどな。どちらに転んでも、私に損はないということだな」
ギレンも悪い顔になった。ウルさんには負けるけど。
「ギレン様がお望みならば、聖女を祭りへの参加を取り付けますが、いかがいたしましょう?」
これで、ギレンが頷けば、祭りの開催はほぼ確約されるはず。
そればかりではない、聖女が奇跡を起こすという触れ込みで参加することが不自然ではなくなる。まさに、一石二鳥。
我ながら、咄嗟によく思いついたと思う。
「うむ……」
あ、あれ?
ギレンは即答してくれると思いきや、顎に手を置いて何やら考えている。
何が駄目?
どこに不満が?もしかして、まだこの条件以外に何か貢物が必要だった?
「正攻法で聖女が参加を拒否した場合は、炊き出しのために食料を手に入れるルートを盾に、首を縦にふらせましょう」
ルイスに任せてくれれば、必ずや聖女を祭りに出させて見せることを主張してみる。
「私の株が上がり、求心力を得ることができるのは、願っても無いチャンスだが……」
そうそう、だから、さくっと祭りやっちゃいましょう。聖女も出しましょう。
ここにきて、以外にもギレンの煮え切らない言葉に、内心焦りが募る。
「こういうのはどうだ?」
え?ギレンの方から提案?
「祭りには、陛下も顔を出す」
知ってる。っていうか、出してもらわないと困る!
「聖女には、是非、陛下の目の前で奇跡を起こしてもらおう」
願っても無いギレンの提案!
でも、待って、ギレンは何をたくらんでそんな提案をしたの?
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