217 ギレンと対峙
ウルさんは、簡単な私の説明で事情を理解して、早急に馬車などの準備を進めてくれた。
私は、急いで侍女メイクを落とし、ルイスに変身。
えーっと、ルイスの設定はなんだったっけかな。そうそう、ウルさんを通訳としている異国の商人だった。喋らないように気をつけなくちゃ。
カバンの中からオリーブオイルを取り出し、以前用意してもらった無駄に豪奢な陶器のビンにオリーブオイルを入れる。流石に、今ある分だけでは足りないだろうから、樽単位で仕入れる必要がある。でも、日数がない。
どうしようか。オリーブオイルを一番早く手に入れられるのは……。
トルニープ王都では無理だ。キュベリアではどうだろうか?揚げ物文化がない地域では樽単位で大量に仕入れるのは可能だろうか?ピッチェまで行かなければならないのは日数的に難しいかな?そもそも、広場に会場を設営して祭りを行うまでにどれくらいの日数が必要なんだろう?
うー、仕方ない。翌日発送通販サイトを頼るか。オリーブオイル……。サラダじゃなくて揚げ物用なら、多少質の悪いものでも許容範囲だよね?夜、注文しなくちゃ。
あ、そうだ。吾妻さんにメールしてなかった。
カバンに手を突っ込んだついでに、急いで携帯メールを開く。
『今晩は満月だな』
っていうタイトルで吾妻さんからメールが届いてた。
え?満月?こっちでも月の満ち欠けがあるんだ。気にしたこともなかった。
『一緒に月見ができるといいな。共に白髪が生えるまで』
一緒に月見かぁ。こっちの世界で月見なんてする人いるのかなぁ?ああ、ラトならユータさんから聞いてるかもしれないな。
共に白髪って、私は日本に帰る予定なんだけどな。……帰ることができればだけど。
『月見団子と酒は用意するよ』
って、すっかり吾妻さんの中では私は酒飲みキャラになってる!いやいや、まてまて、酒の席は好きだけど、酒が好きってわけじゃないんだよー。この違い分かる?
って、今は悠長にメールに構っている場合ではない。ごめんね、時間があるときに語らせてもらうから!
『浴衣とかあれば風流かもしれませんね』
とだけ、返信。カバンを服の中に隠し、オリーブオイルの入った陶器のビンを持ってウルさんの待つ馬車まで急ぐ。
「何処へ向かえばよろしいですか?」
ああ、まだ言って無かったっけ。
「ギレン子爵の、いえ、ギレン宰相の元へ」
ウルさんは、私が言い直したことに何かを感じたのか、御者をエボンさんに任せると馬車に私と一緒に乗り込んだ。
そう、打ち合わせが必要なのだ。ルイスは言葉が通じないことになっているから。言いたいことはウルさんに言ってもらうことになる。
ギレンの前では、私は日本語を適当に話す。
私の計画に、ウルさんが口元を緩めた。
「ジャガイモとオリーブオイルで……ルイス様は、商人としても才がおありのようですね」
ウルさんが感心したように呟くが、私の商才云々じゃないのよねぇ。現代日本じゃぁ、割とメジャーな商法なだけ。こっちの世界では見かけないけど。
ギレン子爵の屋敷について、門番に取次ぎを頼むと、またあっさりと面会が叶う。
えーっと、宰相はお城とかに行かなくていいの?それとも、こっちの世界にも重役出勤とかるのかな。午前中は会社に行かないよみたいな?
応接間に通されてからは、後はウルさんの出番。打ち合わせ通り話をすすめてくれる。
「ギレン様、今日は早速オリーブオイルとジャガイモを持って参りました」
ウルさんの言葉に、ギレン子爵はクエッションマークを顔に浮かべた。
「早速とはどういうことだ?」
「近々、王都で祭りを催すという噂を耳にしました」
「耳ざといな。どこから聞き及んだのか知らぬが、祭りを催したいという声があるのは確かだ。しかし、」
ギレンが子爵が祭りに反対の意を口にする前に日本語で言葉をさえぎる。
立場が上の人間が話しているのを中断するような振る舞いは無礼極まりないが、ルイスは言葉が分からない設定なので、通訳のウルさんのちょっとした言葉の切れ目で声を発しても仕方がないという目で見てもらえる。いやぁ、便利だな、意外とこの設定。
「多くの貴族や街の富豪が集まる場で、ポテトチップを振舞えばスライサーのよい宣伝になるでしょう。一度ポテトチップを食べた者の多くは、その魅力に抗えない。我先にスライサーを手に入れようとするのではないでしょうか。またとない売り込みのチャンスですね」
「ポテトチップを振舞う?」
「幸いにして、スライサー以外の材料はこのオリーブオイルとジャガイモと塩です。大して元手はかかりません。これを、祭りで広場に集まった者達に配るのです」
「配る?無料でか?そんな話は聞いたことがない」
そうだよね。宣伝のために配るっていうのは、現代日本では試飲とか試食とか結構メジャーな方法なんだけど、こっちでは見たこと無い。
まぁ、試飲や試食が必要な未知の食べ物や飲み物があまり存在しないっていうのも理由のひとつなんだろうけど。
「だからこそ、よい宣伝になりますよ。食べたものは、ポテトチップスのおいしさに驚くでしょう。そんなにおいしい食べ物を惜しげもなく振舞うギレン様に尊敬の眼差しを送るのではないでしょうか。もちろん、今でも十分ギレン様のすばらしさを皆ご存知だとは思いますが、今以上の崇敬を得られる。スライサーを売り込めるだけでなく、礼賛を集められるなど、なんとすばらしい機会なのでしょう」
「そ、そうだな、うん。いいかもしれないな」
金と名誉、この二つを得られるという話に、ギレンは乗ってきた。
ここで畳み掛ける。
「今回、振る舞いに使うオリーブオイルとジャガイモをギレン様に無料で提供したいとわが主ルイスが申しております」
そうそう。売りに行くと言ったけど、売ったってどうせ儲けなど二束三文なんだから、ギレンを乗せるために差し出した方がよいとウルさんと決めたのだ。
「ほほー、そうか。それで?」
ギレン子爵は、どうやら申し出を受け入れてくれそうだ。後は、怪しまれないように、こちらも要求を述べればいい。
そう、タダほど怖いものはないという世界にいるギレン子爵だ。ルイスが無料で何かを提供する裏を考える。
本当の目的は、聖女の奇跡を陛下を初め多くの人々に見せるってことだけど、それは見透かされてはならない。
だから、もっともらしい嘘の要求をする。
「ギレン様には、ウォルフの名のある方をご紹介していただけるとありがたいお話をいただきましたが、輸送手段が……」
ウォルフは陸送できない。船がいる。
「心配ない。立派な船をいくらでも用意してやる」
「ありがとうございます」
ウルさんが頭を下げるのを見て、私も頭をさげる。
本当はウォルフと貿易する気はないから、どーでもいいんだけどさ。今一番自然な要求だろう。
ギレンは確かに「立派な船をいくらでも用意してやる」って言った。
立派な船をいくつもすぐに用意できるものだろうか?いくら宰相といえども、一介の商人にパパッと船を用意できるとは思えない。
やはり……。ウルさんの想像通り、多額の金額をウォルフから船を手に入れるために流しているのではないだろうか?
「祭りをするのはいいが、ポテトチップだけでは寂しいな」
うっ。
船を用意してやるから、もっとよこせと要求が来た。
何も用意してないよ。どうしよう……。




