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208 独白

 熊屋亭では娼婦風の女性は受付をノーチェックで通過できる。そのまま、1階の奥にある部屋の扉をノックする。

「しばらくお待ちください」

 部屋からは、例のトゥロンの影武者が出てきた。

「えっ?」

 廊下を去っていく影武者の姿を見て、ランちゃんが小さく声を上げる。

「ふふっ」

 思わず笑い声を上げながら、ランちゃんと部屋に入り、鍵をかける。

「そっくりでしょう?」

 声をかけると、ランちゃんが大きく頷いた。

「背格好だけじゃなくて、歩き方まで兄さんにそっくりでびっくりしたわ」

 ここまでは、誰に何を聞かれるか分からないのでろくに話もせずに歩いてきた。その反動もあってか、私もランちゃんも話したい事が堰を切って出てきた。

「リーさんが聖女だったなんて本当にびっくりしました」

「ランちゃんがこの街にいたなんて、驚いたよ」

 同時に言葉を発して顔を見合す。今度は、お互いが、相手の言葉をまって黙る。うん、沈黙すること5秒。

「どうして聖女に?」

「なぜここに?」

 声を発すると、また同時になっちゃった。

「ふふふっ」

「あははっ」

 まるで、逆方向からやってきた人間が道を譲ろうと、何故か同じ方向に体をよけて通れない状態だよね。

「ランちゃんは、何故ここに?」

 改めて、疑問を口にするとランちゃんの顔から笑顔が消え、真剣な顔になった。

「シャルト様が……」

「シャルトが、何か言ったの?」

 ランちゃんは、首を横に振ると、ゆっくりとセバスール領に行ってからのことを話し出した。

「シャルト様は、私と母を客人として丁寧に対応してくださいました」

「よかった」

「私たちは、客というよりは居候なのに、本当に申し訳なくて……」

「何を言っているの。困ったときはお互い様でしょ?」

 っていうか、申し訳ないといえば、頼み込んだ私が思うことだよ。シャルトをトルニープのことに巻き込んじゃったんだもん。

「何か、お役に立ちたいと思うようになったのです。シャルト様の仕事を手伝えないかと……」

 ランちゃんは、シャルトのことを思い出しているのか少し懐かしそうな顔をする。

「シャルト様は、毎日遅くまでお仕事をしていました。いつ休んでいるのかと思うくらいに。少しは休んではいかがですかと、一度お声をおかけしたことがあったんです」

 シャルトってば、真面目に働きすぎ。息抜きだってしないと倒れちゃうよ。

「そうしたら、ある人と、2年で立派な跡継ぎに成長すると約束したからと……」

 えっ!

 もしかして、その約束って私とした約束だったりします?

 ああ、真っ直ぐなシャルト。

 よい領主になろうと懸命に努力しているんだ。グランラで見たガンツ王の姿によほど影響されたのか……。もし、シャルトの目指しているものがガンツ王のようなよい領主だとすれば……。2年じゃ無理だよ?だから、無理せずにもう少し休みながらでいいんだよ?

 領民のことを考えている、それだけでもとても大切なことなのだから。

 シャルトの姿を思い出して胸が熱くなる。

「そんなある日、領地の北部で土砂崩れが起きたと連絡が入り、シャルト様自ら駆けつけたのです。お役に立ちたいと思っていた私は、無理を言って同行させていただきました。……そこで……」

 ランちゃんの表情が一気に引き締まる。

 思い出したくない思い出なのか、胸の前で両手を組んで強く握り締めている。

「シャルト様は、自らの命の危険も顧みず、土砂に埋まる人々の救出をはじめました。地盤はゆるく、いつまた土砂が流れてくるかもしれないのに……」

 ああ、シャルト。分かるよ、分かるんだけど。だめだよ。人の上に立つ者がもし居なくなってしまったら、残された部下たちが困るんだから。それに、シャルトのように領民のことを考えてくれる領主を失ったら、領民達だって悲しむよ。

「その時、私は……」

 ランちゃんの声が震える。

「いったい、私は何をしていたのかと……」

 両目をきつく瞑り、握った両手を口元に当てて苦痛に耐えているようだ。

「領民たちのために、その身を削って働くシャルト様を見て、私は……」

 パッと見開いた目が、私の目を真っ直ぐに見る。

 涙のにじんだランちゃんは本格的に無くでもなく、笑うでもなく、泣き笑いのような表情を浮かべている。自嘲の笑みだ。

「私は、何をしていたんだろうと……。王族でありながら、国民のことを考えたことがあったのかと。王城に閉じ込められていることを幸いに、何も見ない知らない関わらないでいただけなんじゃないかと……。王族である私に、何か出来ることがあったんじゃないかって……」

「ランちゃん……」

 そうか、ランちゃんはシャルトの領主の跡継ぎとして責務を全うしようとする姿に心を打たれたんだね。

 ランちゃんは、取り乱したように、大きく頭を左右に振ると、両手で顔を覆った。

「あまつさえ、私は……国を捨てて逃げたんです!」

 ずんと、胸に大きな石がのしかかったように言葉がのしかかった。

 逃がしたのは私だ。

 私……。

 エロキモ陛下の下からランちゃんを逃がすことしか考えていなかった。それは……、トゥロンの足枷を外したいという思いからだった。

 つまり、ランちゃんを足枷としか見ていなかったことじゃないのかな?

 王族の一員であるランちゃんを、ちゃんと人として見ていたのかな?大人として扱っていたのかな?過保護すぎるといわれたこともある。ああ、もしかして私……、過保護どころか、ランちゃんも心があり、意思を持つ一人の人間だって考えてた?トゥロンのことや、私の都合で、振り回してただけじゃない?

「ご、ごめん……ごめんね、ランちゃん……」

「いいえ、リーさんがあやまることじゃないんです……。何も考えずに逃げ出したのは私です」

「逃げ出したことを後悔したから、戻ってきたの?」

 ランちゃんは首を横に振った。

「いいえ……シャルト様が、私の背中を押してくださいました」

 シャルトが?ランちゃんに、トルニープに帰るように言ったの?

 まさか……。どういうこと?


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