209 シャルト様
「……土砂崩れの起きた村で、私には何もできませんでした。無理を言ってついていったのに……。傷を負った人の手当ても、土砂から人を救うことも、本当に何もできなかったんです」
目の前に怪我人が居ても、どうしていいのか分からないのは普通だよ。私は応急処置を習ったことがあったから、ラトを助けることができただけで。
……ラトを助けたあの日は、もうずっと昔のことのような気がする。まだ、1年もたっていないというのに……。
きっと、二度とあの山小屋に行くことはないだろう。ラトは……山小屋にいるだろうか?
前に、山小屋で飲まず食わずで私の帰りを待っていてくれたことがあったな……。あのときの傷痕を見て、ラトは私を思い出すことがあるだろうか……。
「王族なのに、何もしなかったんじゃなくて、私には何もできなかったんだと、例え国に留まっても結局何もできなかったんだと……自分があまりにも情けなくて……」
ランちゃん……。
「ただ、ただ、被災を受けた村を前に、立ち尽くしていたんです。そんな私に、シャルト様が声を掛けてくださいました」
シャルト、救援作業を行いながら、ランちゃんの様子にも気を配ってくれたなんて。すごいよ。
「怖い思いをさせてしまったと……。今まで見たことのない村の惨状を目にして、私がショックを受けたと思って気を遣って声をかけてくださったのです。でも、私、怖いとかそんな気持ちじゃなかった。だから、村の人たちも、救助している人たちも皆大変なのに、私は泣いてしまったんです。ごめんなさいシャルト様。無理を言って付いてきたのに、何もできなくてごめんなさいって……」
「ランちゃん……」
「シャルト様はおっしゃってくださったんです」
ランちゃんの沈んでいた瞳に、光が映る。
「私にできることがあるって。私にだからこそできることがあるって……」
「ランちゃんだからできること?」
ランちゃんは、頷いた。
「歌って欲しいと、シャルト様はおっしゃいました。土砂崩れの恐怖で震えている子供たちに。不安で心が押しつぶされそうな大人たちに……」
シャルト……。グランラへの旅を思い出す。
「こんな状況で歌を?と、疑問を口にしたシャルト様は、こんな時だからこそですと。歌には人の心を動かす力があると」
そうだ。グランラへの旅、あの旅は歌と共に合った。サニーネさんの歌だけじゃないよ。シャルト、シャルトが皆で歌ってくれたお礼の歌……。
懐かしい。
「そうだね。歌には力がある」
震災では、ラジオから流れる歌が、人々のどれほど慰めになったのかと、報道されていた。
精神的に不安定になっている子供も、大好きな歌が流れると落ち着いたそうだ。
そんな特殊な状況じゃなくても、悲しいとき、辛いときに、歌を口ずさむと元気がでることもある。ほら、ゴールが遠い持久走とか、歌で辛さをごまかしたりとか?
私の言葉に、ランちゃんは首を縦に振った。
「歌を、歌ったんです……そうしたら……、身を寄せ合って震えていた子供に明るい表情が戻り、おねーちゃん、もっと歌ってって楽しそうに笑ったんです。それから、」
ランちゃんは、その時の感動を思い出したのか声が震え、涙を浮かべている。
「ありがとうって、歌うことしかできない私に、お礼を言うんです……。ごめんなさい、歌うことしかできなくてって思わず謝った私に、医者でも治せない心の傷を、あなたはその歌で癒してくれたのよって……。辛い状況にあるはずなのに、微笑んでくれるんです。私……、私……」
「ランちゃん……」
感極まって言葉を詰まらすランちゃんの背中をそっとなでる。
「歌うことならできる……。だから、歌おうと、それが誰かの救いになるのであれば、声が嗄れ果てるまで、歌い続けようと思ったのです。前王の娘として何もできなかった私だけど、歌姫の娘として、人々のために出来ることがある……そう分かったのが嬉しくて」
「そう、トルニープの人々のために戻ってきたのね。ランちゃん……おかえりなさい」
あのね、やっぱりちゃんとランちゃんはちゃんと立派な王族だと思うよ。人々のために何もできないと落ち込んだり、何かできないかと考えたり……。庶民は、家族や友達や、周りの人たちのことを考えることはあってもさ、顔も見たこともない人たちのことでそんなに落ち込んだりしないよ?
トルニープの人々のことを考えて苦しんでいるランちゃんはやっぱりさ、歌姫の娘でもあるけど、王の娘でもあるんだと思う。
ランちゃんが少し落ち着いたころ、隠し扉が開いて、トゥロンが顔を出した。
「ラン、おまえ……!」
「兄さん!」
ランちゃんの行方が分からず心配していたトゥロンは、ランちゃんの顔を見て驚き喜びの表情を浮かべた。
ランちゃんは、私がなぜここに連れて来たのか説明してなかったので、突然トゥロンが、壁から現れたものだから二重の意味で驚いていた。
いや、それにしても、ぱっと見てランちゃんだと分からないほどメイクを施しているにも関わらず、瞬時に妹だと分かったトゥロンは流石ですな。
まぁ、感動の兄妹の対面はあとでゆっくりしてもらうとして、とりあえず隠し通路を通って、カーベルさんの屋敷に移動。
まだ、色々と未確定要素があるけれど……。
まさかのランちゃんとの再会で、役者は揃った!……なんつって。
我ながら行き当たりばったりだけど、おぼろげながらこの先がイメージできた。あとは、実現可能なのかどうか、いくつか確かめなくちゃいけない。
「おお、ラン様!ご無事で!」
カーベルさんが、部屋に現れる。
「聖女様、ありがとうございます!」
ランちゃんを連れて来たことにお礼を言われる。
「えーっと、実は、ランちゃんを連れて来たついでみたいになっちゃってあれなんですけど……ちょっとご相談が」
カーベルさんもトゥロンも、まだランちゃんとの再会の感動を味わっているところ恐縮なんだけど、あまり時間をかけるわけにもいかない。
革命の足音は近づいているのだから。準備をすすめないと。3日後に、ウォルフのことをトゥロンたちに伝えると決めたのだから。
「相談ですか?我々に協力できることならどんなことででも」
「まずは、一つ確認したいことがあるのですが……」
「何ですか?女神よ」
ほぼ、確定だろう事実の確認。
「行方不明となった、ミュイロン王子の特徴を教えて欲しいのです」
万が一、別人であれば後々問題になる。
「王子の特徴ですか?」
カーベルさんが、唐突な質問に少し驚いた顔をする。そういやぁ、私が王子の事件を調べているって知らなかったんだ。
突然王子のことを聞くのも変だったよね。
「えーっと、ほら、聖女として色々な人と接するから、もしかしてどこかで出会う可能性がないわけでもないかなって……」
我ながら、少々苦しいいい訳だと思いながら口にすると、若干「聖女である私」に対して盲目的なカーベルさんが納得したように頷いた。
「ありがとうございます。色々と気を配っていただいて……。確かに、革命を成した後に王子が見つかると厄介といえなくもないでしょう」
え?
革命の言葉に、ランちゃんが目を見開いた。
いや、説明とか、そんなことは後からトゥロンに聞いてちょうだい。
今、私の頭の中では、全く考えて居なかったカーベルさんの言葉でいっぱいいっぱいだ。
王子が見つかるってことは、つまり、正当な王の後継者が現れるってこと?つまり、革命を起こしてトゥロンが王になった後、王子を担ぎ上げる誰かが現れでもしたら、再び国は混乱するってことだよね?
もしかしても、もしかしなくても、王子はいない方がいいってこと?
久しぶりだね、シャルトくん。頑張ってるようですな。




