20 日本へのヒントと旅立ちの予感
まるで、それは樹木の絵だった。
枝のように伸びる線。
線の先に、生い茂る葉のように書き込まれた文字。
わざと、樹木のようにかかれたということは、容易に推測できた。
そうでなければ、文字は真っ直ぐに書けば良い。波打つように書く必要はないのだから。
枝は、道だった。
葉っぱは都市の名前と備考。
その樹木は、地図であり、私にとっては日本への帰り道を探すヒントだった。
わざわざこんな風に描いたのは、人に見られても地図だと分からないようにするためだろう。
文明が未発達の世界では、時として詳細な地図は戦況を左右するという。地図一つで、戦争の勝ち負けに関わるってこだと。つまり、地図を作っている時点で、スパイ行為などを疑われても仕方がないのだ。
小さな文字を指でなぞりながら読む。
栗間画領、砂補村、陸奥可街……なんだか、地名が、やんちゃなチーム名みたいだ。
ユータさんはよほど慎重な性格をしていたのだろう。カタカナ表記をすれば、共通点から文字が解読される恐れがある。
確か、生涯学習1日講座『ピラミッドの謎~古代エジプト文字ヒエログリフを読み解く』の言語学者の話になんかあったような気がする。
漢字で書くことで、辞書でもない限り解読される恐れはほぼなくなるはずだ。
だけど、読むのは苦労するよ!「鱒苦芽論領」って何?マスクメロン領?「鯖旨領」って何?
鱒とか鯖とか、ユータさんお寿司好き?
樹木の最も枝が集中する場所にひときわ大きな葉が描かれ、「王都」と書かれていた。
今のところ、私の知るのは王都と、その少し下にある「実梨亜村」だった。ミリアは、マーサさんの店のある街の名前だ。
私は街と呼んでいたが、ユータさんの地図では村になっている。ということは、ミリアは比較的小さな集落ということになる。
そして、実梨亜村のすぐ隣に我家と書かれていた。この小屋のことだね。
地図では、小屋とミリアの位置関係からすると、王都はすごく近いことになる。とても馬車で半日もかかるようには見えない。もしかして、この地図は距離関係はあまり当てにならないのだろうか?それとも、国がとても広いのだろうか?
王都の葉には、商業地区壱、商業地区弐、商業地区参だの、上流住居地区壱だの、区分けされている。そして、その横にそれぞれ黒丸がつけてある。見ようによっては葉っぱの虫食いに見えないこともない。
王都に近い場所の地名には黒丸が多く、遠くなればなるほど丸印は白だったり、印が無かったりしている。
そして、王都から最も放れた場所は、「領」の名前しかなく、街や村などの地名は書かれていなかった。
「調べたところと、調べていないところってことかな?黒丸は調べたけれど帰り道に繋がるものが無かったところってことかな?王都を中心にして、次第に調査範囲を広げていったということになるよね?だから、遠くはまだ未調査?」
もし、そうならば……
黒丸の場所には日本への帰り道がないってことだ。
印のついていない地名の場所、白い丸のついている場所、地名の書き込まれていない場所を探せば良いことになる。
いずれも、王都からは離れていた。
帰り道を探すためには、旅に出なければならない。
慣れ親しんだミリアの街を離れ、知らない土地へと旅立たなければ。
皆と離れるのが寂しい。
それ以上に、怖い。
怖い。怖い。
お独り様ファミレスもなかなかできなかった私が、独りで旅なんてできるのだろうか?
異世界に来て、しばらくは独りだった。だけど、それは本当の意味で独りだ。周りに人間はいなかったのだ。
だけれど、旅をするということは、人との関わりがあるということだ。マーサさんたちみたいに良い人ばかりではないだろう。盗賊とか、悪者に遭遇するかもしれない。
日本に帰りたい。
でも、怖い。怖いよ。
怖い。怖いんだ。
帰りたい。
帰りたいよぉ。
だけど……
誰か、助けてよ……
「あっ、あああーっ」
アラフォーになって、初めて声を上げて泣いた。
泣き声は、次第に強くなった雨音がかき消してくれた。
まぁ、人間思い切り泣くとすっきりするもので。
雨がやむ頃には、復活です。眼の上に濡れタオルを乗せた状態ですが、復活しています。
きっと、何とかなる。
不安に押しつぶされて身動きできなかったらお終いだ。
例えば、いきなり遠い街まで旅をするのが怖いのなら、ミリアの街から少し離れた街まで行けばいい。いつでもミリアに帰れる場所に。それに慣れたら、次にもう少し遠くまで行ってみればいい。
やれることからコツコツと。それしかないよね?
よし!眼の熱が冷めたら、生地を延ばしてうどんを作ろう。
次の日、私を待ち受けていたのは衝撃だった。
これは、私の助けとなるのか?それとも?
店につくと、マーサさんが「リエス!大変だよ!大変!」と駆け寄ってきた。
マーサさんは、お店の仕込みをダーサに任せると、私を2階に引っ張っていった。
「コレを見てごらん」
マーサは、一枚の板、手紙を手にしていた。
「昨日、リエスは休みだっただろう?そのときに、来たんだよ!コレを持って」
よほど興奮しているのか、マーサさんの話はなかなか要点がつかめない。
「義兄さんの、セバスール伯爵の使者と名乗る男が、コレを持ってきたのさ。リエスあてだって言ってさ」
「何て書いてあるんですか?」
何だろう、背中が冷える。これは、嫌な予感?それとも、運命が動き出すことへの不安?
「要約すれば、セバウマ領へ来て欲しいってさ。何でも、ピッチェとの外交に一役買って欲しいそうだ」
「私が、セバウマ領に?」
セバウマ領とはどこにあるところだろう?確か、マーゴお姉さんの嫁いだ先は、随分遠くだと言っていた。
昨日見た地図の、黒丸のついていない場所ではないだろうか?
「今日、詳しい話をしに来ると言っていた。どうする?話を聞くかい?断ってもいいんだよ?」
ごくんとつばを飲み込む。
覚悟を決めなければ。
新しい一歩を踏み出す覚悟を。
「話を、聞きます。聞いてから、決めます」
それは、マーゴさんの店を辞めることになるかもしれないということだ。
マーゴさんは、少し寂しそうな顔をしたけれど、暖かい手で私の背中をぽんぽんと叩いた。
「そうだね。聞いてから、よく考えたて決めるのがいいね」
そうして、お昼の営業が終わる頃に、伯爵の使者がやってきた。
マーサさん、ダーサ、ダンケさんにも同席してもらって話を聞くことにした。
全員が席についてから発せられた、使者の第一声は
「リエス様は、いらっしゃらないのですか?」
だった。
あ、あれ?ウィッグとカラコンとメイクが必要でしたか?




