199 ガレオン
「ほほう、これが、私のために特別に作らせたという」
ギレンが、ウルさんからスライサーを受け取るとじっくりと見た。
そう、鍛冶屋と家具屋に頼んで作ってもらったのは、スライサーだ。
もちろん、百円均一で見るものとは形も材質も違う。スライサーというよりは、鰹節削り器に近い形だ。
かんなを逆さまにしたものを、木箱に乗っけて使う。
アラフォーなめんなぁ!
料理教室で和食のキモは、一にも二にも出汁だと学んださ!出汁が上手に取れれば、和食はこっちのもんだと先生が言っていた。
それで早速買ったさ。鰹節削り器を!
削りたての鰹節で取った出汁。そりゃぁもう、最高!一度、本物の出汁を口にしたら、インスタント出汁なんて……って言いたいところだけど。独身独り暮らしアラフォー女子の寂しい一人の夕餉に、本格的な出汁を取る料理は何故か涙を誘うのです。凹。てなわけで、インスタント出汁愛用ですよ!
ま、というわけで、鰹節削り器とスライサーのあいのこみたいなのが完成しましたよ。
「このように、使います」
ウルさんがジャガイモを一つ取り出すと、スライサーの上を滑らす。軽快に、シャッシャッと音が聞こえる。
ジャガイモが半分くらいの大きさになったところで、スライサーを外し、箱の中をギレンに見せる。
「おお、なんと、こんな短時間に、このように薄く切ることができるのか」
ギレンが感心している。感動冷めぬうちに、スライサーの独占販売どうぞと言い置いて、退出。もちろん、ウォリフの件はくれぐれもよろしくと手を擦り合わせることも忘れずに。
帰りの馬車は、心なしかいつもよりも速いようだった。
白山亭に着いてから、いつもならゆっくりとお茶を飲んでから反省会に入るのだが、今日は違った。
「リエスさん、金の流れですが、ほぼ間違いないでしょう」
唐突に話を始めるウルさん。
「え?ギレンとの会話で、金の流れが分かったの?」
失敗じゃなかったの?話をさっさと切り上げたのは、金の流れを掴んだからだったんだ。
「で、どこに流れているとウルさんは思ったの?」
「ウォリフです」
「ウォリフ……トルニープの南にある島国って言っていたわね?」
ウルさんの表情は、ギレンに見せた硬い表情のままだ。
硬いというよりも、よく見れば緊張感のある顔?いつもより、馬車のスピードも速かったように感じるし、焦っている?
何で?
ウォリフに金が流れているということは、そんなに大変なことなの?
「ウォリフから、ギレンは何を買っているの?」
もしかして、ウォリフはこちらよりも進んだ技術があり、すごい武器を持っているとか?
それとも、ウォリフの人間の身体能力はずば抜けていて、一騎当千のような兵がうじゃうじゃいるとか?
なんにしろ、ウルさんの焦った感じからすると、やばいことは間違いないんだろう。
「十中八九、船でしょう」
「船?」
私の問いに、ウルさんは小さく首を縦に動かした。
「港町で人を集め、船着場の工事をしているという話もありましたね」
「ああ、そういえば、確かに。港町自体の景気は今ひとつなのに、何故このタイミングで港を拡張するのか不思議は不思議だったのよね」
「ウォリフから買い付けた船を停泊させるためと考えれば……」
「でも、単にウォリフから買った荷を降ろすための船着場って可能性は無いの?」
ウルさんが首を横に振る。
「ウォリフは海洋王国です。大型のガレオン船造船技術を持っていると話に聞いています」
大型のガレオン船?
そういえば、私はこっちの世界に来て海を見たことが無いから船も見たことはない。
産業革命以前と思われる文明レベルの船って、どんなんだろう?このトルニープの船はどんな船なの?
「えーっと、それって、すごいの?」
基準が分からないので、何とも判断がつかない。
「トルニープでは、漁に使う手漕ぎの船が主流です。陸上運搬が主ですから、大型の船は作られていません」
漁に使う手漕ぎの船って、船というよりも舟ってことだよね。
ボートとか、それをちょいと大きくしたものを想像する。
「海洋運搬用の大型の舟は、手漕ぎじゃなくて、帆船?」
「そうです。よくご存知ですね。帆を張り、風を受けて進みます」
見てないから分からないけど、手漕ぎの舟と、大型帆船……。想像しただけでも大人と子供ほどの違いがあるよなぁ。
でも、どうもピンとこない。
「ウルさん、トルニープは、アウナルスに戦争を仕掛けようとしているのよね?そのために船を買うの?」
例えば島国である日本と戦争をするには、船は必要だろう。飛行機がない時代であれば、唯一攻め入ることができるのは船なのだから。
だけど、トルニープとアウナルスは陸続きだ。船は必要だろうか?
「ガレオン船は、帆船の中でもとてもスピードがあります。大型なので、多くの兵を一度に運ぶことができるでしょう」
兵を運ぶ?
首をかしげた私に、ウルさんはテーブルの上に皿を一枚置き、中央にスプーンを縦に置いた。
「こちら側が、西のアウナルス、もう一方が東の諸国としましょう」
ふむふむ。
ウルさんが、スプーンの上を指でなぞる。
「どの国も、国境沿いには、兵が進攻するであろう要所要所に、砦を築いたり、見張りを置いたりしています」
「要所?」
「そうです。険しい山や谷など自然が兵の進攻を阻んでいる場所も多く、人が行き来できる場所というのは限られていますから」
ああそうか。そうだよね。大きな川一つあっても、橋が無ければ渡るのは大変だ。
「もし、思いもよらない場所から進攻したとしても、時間ばかりが掛かるでしょうから、迎え撃つ準備をする時間は十分あります」
ふむ。そうだね。馬が少ないこの世界、徒歩での移動がメインだ。
徒歩で兵達が国境を越えようと行軍をしていたら時間かかるよね。
「ですが、もし海から攻められたら……」
ウルさんが、皿の外を指でなぞった。
「海岸沿いは、上陸しようと思えばどこからも上陸できます。それゆえ、何処を守れば万全という場所もありません」
ああそうだね。よほど崖に面しているとかじゃないかぎり、上陸できるだろうなぁ。
「何処から攻められるか分からないだけではありません。ガレオン船は速い。姿を見てから迎え撃つ準備をしても、間に合わないほどに」
そうか。徒歩よりも確かに船のほうが速い。しかも、海には道はない。どちらにもあっという間に進むことができるだろう。
ウルさんが国境を表すスプーンを指でなぞる。
「国境沿いに配置した兵をすべて海岸沿いに配置しても全く足りないだろう。むしろ、海岸沿いに兵を集中させることで、手薄になった国境を狙われる可能性がある」
ウルさんが皿の外から皿に向かって何度も手を動かす。敵が船で攻め入ってくる様子を表しているようだ。
「船で奇襲をかけられ、それを迎え撃つため兵を向かわせる。兵が到着するころには、街は壊滅状態になるだろう。そして、兵の到着を待たずして船に乗って逃げ、別の街を襲う……。それを繰り返されたら」
「少ない兵力で、じわじわとアウナルスを追い込むことが可能ということ?」
ウルさんが小さく頷く。




