194 やめられない
トゥロンと別れて、そのまま熊屋亭でルイスに戻って白山亭に戻った。
まだ、皆は帰っていない。
えーっと、どうしよう。ウルさんに、今日の貴族めぐりは中止にしてと言ってしまったし、やることなくなっちゃったな。
いやいや、今後の準備をしなくちゃ。
王子殺人事件の犯人探しも大事だけど、今日は重要な情報を手にした。
ギレンが、この国の宰相だということ。そのギレンが、増税で手にした莫大な金の動きを牛耳っているということ。
ギレン……。
鞄から、硬貨よりも少し大きなコインを取り出す。ギレンからもらった守護されし者の印。
色々と貢物をしたらくれた。物欲と自己顕示欲の強い男のようだ。
さらに、色々と差し出せば、情報を得られるかもしれない。
一体、大量の金を何に使っているのか。
それが分かれば、革命で流れる血を防ぐことができるかもしれない。
この間は、メープルシロップと紙と石鹸と香水を差し出した。随分喜んでいたから、また持っていこう。だが、同じものばかりでは芸が無いかもしれない。
あと、差し出せるものといえば……。
鞄の中に顔を突っ込み、部屋の中を見回す。
もちろん、オーパーツの類を渡すわけにはいかない。
となると……。
目に付いたのは、ピッチェやグランラで手にした品々だった。
その一つを手に取る。
「どれくらい効果があるか分からないけど……試してみるか……」
皆が帰ってくるまで、まだ数時間ある。作業を見られることは無いだろうと、試作品作りをすることにした。
頭と片手を鞄に突っ込みながらの作業はちょっと大変だけど、1時間もあれば試作品が完成。
早速できたてほやほやを口にほお張る。
お、おいしぃ~!
何、これ!普通に作るよりもおいしいよ!
むしゃむしゃ。もぐもぐ。
「うはーっ、やめられない!」
って、ダメだ!食べ過ぎちゃ、あっというまに子豚ちゃんになっちゃう!
とはいえ、日本人の舌とこっちの世界の人の味覚に差があるかもしれないので、皆が帰ってきたら試食してもらうことにして、残そう。
「最後に、あと、1枚……、いや、3枚」
残りは、皿に乗せてテーブルの上に置いておく。目の前にあると毒だわ!
しかし、味を気に入ってもらえたからといって、情報を収集できるほどの魅力があるのか……。いまいち不安だ。
エロキモ陛下のように、食べ物で簡単に釣れる人間ならばいいのだけれど……。
材料となるものは、紙やメープルシロップと比較すれば、多少は入手困難なだけで、価格的にも供給量的にも決して入手し難いわけではない。
もう少し、商品価値をあげられないものだろうか?
コレを作るに必要な物……。
ああ、そうだ。
急いで、ルイスメイクを落とし、街娘風の簡素なワンピースに着替える。赤いウィッグを引っかぶり、垂れ目が特徴的なメイクに、そばかすを書き込む。
街娘になりきれない田舎娘といった風貌になる。
部屋のドアを開け、廊下に人が居ないのを確認すると急いで出る。
聖女の行進で、街のあちこちを歩き回っているから、何処に何の店があるのかは結構詳しくなった。今から向かうのは、鍛冶屋だ。
鍛冶屋で、目的の物の製作をお願いする。形状的には簡単なのだが、順番があるから出来上がりは2日後だというのを、金にものを言わせ、超特急で作ってもらうようお願いした。
いや、金にものを言わせっていうのは、いやな感じだね。でも、仕方が無いのだ。急ぎなのだから。
何故そんなに急いでいるのかと聞かれたけど、答えられるわけもなく。革命のことなんて言えるわけない。宰相の口を割らすためなんて言えるわけない。
ああ、お金があって良かった。
次に向かったのは、家具屋。家具屋といっても、日本のファーニチャーショップとは違って、販売だけでなく、製作も行う店だ。
ちょっと家具とは違うけれども、木材を加工して形にしてもらうという意味では、ここが良いだろう。
こちらでも、金にものを言わせ、夕方までに加工してもらうことにした。
単純な形なので「そこの道具貸してやるから、自分で作るか?」とまで言われた。いや、いや、無理ですよっ!
DIY講座も受講したことあるけど、現代日本の便利な道具や機械を使ってやっとなんだもん。すべて手作業とか無理!
出来上がりまでに、今度は器を探しに行く。ちょっと豪華に見える皿と、華美な壷を探す。
それから、軽く食事を取り、鍛冶屋へ。
頼んだものはすでに出来上がっていた。
「これ、何に使うんだい?」という質問に、曖昧に答えてお金を渡す。受け取った物を持って、家具屋へ。
家具屋でも、頼んでいたものはすでに出来ていた。それに、鍛冶屋で作ってもらった物をはめ込み、不具合を微調整してもらう。
よし。完成。早速宿に帰って試しに使ってみなければ。
急いで白山亭へ戻り、完成したばかりのものを使ってみる。
「おお、いいんじゃない?思ったよりも若干厚めだけど、でも十分!」
コンコン。
「ルイス様、お戻りですか?」
「ああ、ウルさん、お帰りなさい」
ドアを開けて、ウルさんを部屋に通す。ウルさんは、私の顔を見て意外そうな顔をした。
「ルイス様、王妹君の件は……」
ああそうか。私が王妹君のことで落ち込んでいるかもと思ったのに、案外さっぱりした顔をしていたから意外だったのかな。
「えーっと、引き続き行方は捜して欲しいんだけど、あまりストーカーチックに常に行動を把握していないと不安というのも違うかなと、思い直しました」
「は?ストーカーとは?」
「ああ、故郷の言葉です。えっと、つまりですね、普段のランちゃんは自分の意思で自由に生きていけばいいと思うんです。ただ、トルニープ王家関連のごたごたに巻き込まれることだけが問題なんですよね?」
私の言葉に、ウルさんが少し考える様子を見せた。
「だから、トルニープの城の動向を見張って、ランちゃんが捕まったり、危害が加えられそうだったりしたら、助ければいいのかなと思うんだけど……」
「そうですね。危険があるとすれば、城が絡むことくらいでしょう。今は奴隷制度もなく、人攫いの心配もありませんし。キュベリア国内の治安であれば、明るい時間に行動する分には問題ないでしょう」
ウルさんの言葉を聞きながら、私が来た異世界の状態は運がよかったんだなぁと改めて思った。
ユータさんが来たころは、もっと物騒だったのかな。吾妻さんが来たころはどうだったんだろう?アウナルスは治安はどうなのかなぁ?
「分かりました。城の見張りを増やし、ラン様に関して何か動きがあれば連絡が入るようにしましょう」
「はい。お願いします」
皆様、よいお年を!




