191 邪魔者
何かが倒れるような音に、ハッとして音のした方を見る。
「す、すいませ、あの、お茶を、お持ち……」
部屋の入り口で、お盆を手にした兵が倒したカップを直しながらワタワタしている。
何も、カップを倒したくらいでそんなに動揺しなくてもいいのにね。中身は空で、お茶をこぼしたわけじゃないんだし。その動揺っぷりがあまりにも酷いので、慌てて立ち上がって兵の下へと歩み寄る。
「ありがとうございます。あとは、私がやりますので」
声をかけると、びくッと肩を震わす。やだ、怯えられてる?ちょっと、ちょっと、一体、私のことをトゥロンもカーベルさんもなんて説明したんだよぉぉぉ!
私の手にお盆を渡すと、兵は後ずさりながら、頭を下げた。
「邪魔をするつもりはなかったのです、申し訳ありませんでした、トゥロン様!」
言い切ると、きびすを返して逃げるように部屋を出て行った。
「え?邪魔?」
きょとんとしてトゥロンの顔を見る。
「確かに、我が女神との感動の再会を邪魔されましたね」
トゥロンがウインク一つ。私の手からお盆を取り、サッとテーブルの上に置く。
あ!
そういえば、手を握り合って再会を喜び合っていたんだ。まさか、何か勘違いされたかな?
トゥロンはティーポットからカップにお茶を注いで、テーブルに置くとソファに腰掛けた。
「冷めないうちに、どうぞ」
せっかくなので、トゥロンの向かい側に腰掛けてカップを手にとる。
熱いお茶をふーっと覚ましながら口に含む。
はぁ。おいしい。
コクンと飲み込むと、喉が潤う。ああ、喉が渇いてたんだなぁと、そのとき初めて自覚した。
ランちゃんのことを、どう話せばいいのか。
ストレートに、行方不明になったと言うべきか、遠まわしにランちゃんが行きそうなところを聞き出すことから話すべきか……。
カップに落とした視線を上げ、チラリとトゥロンの顔を見る。
ドッキンッ。
トゥロンは、お茶も飲まずに真っ直ぐ私を見ていた。
その目の光が強くて、胸を射られた。
前とは違う。覚悟を決めた男の目だ。立つ覚悟をした男の目。革命を起こし、国を背負う覚悟をした男の目。
やはり、言わなければ。もし、ランちゃんが敵の手に渡って、いざ革命をというときに足かせにならないように。
ちゃんと伝えなければ……。ゴクンと、お茶と一緒に唾を飲み込む。
「トゥロン」
覚悟を決めて口を開こうとしたとき、ノックの音が言葉をさえぎった。
「トゥロン様、よろしいですか?」
カーベルさんの声だ。
「どうした、カーベル」
トゥロンの返事を待ち、カーベルさんがドアを開けて真っ直ぐトゥロンの方へ歩いていく。
「実は、少し相談したいことがあるのですが……おやっ」
ソファセットまで足を進めたカーベルさんが、私の姿に気がついた。
「聖女様がいらっしゃっていたのですね。お邪魔でしたね……では、また後で」
いやだ、カーベルさんまで邪魔とか、何を言うの。
「全然、邪魔じゃないですから、どうぞ!」
急いで立ち上がり、カーベルさんの体を押し、私が座っていたソファに強引に座らせた。
「聖女様、私の話は後でも構いませんから……」
カーベルさんが立ち上がり、席を私に戻そうとするので、私はさっさとトゥロンの横に移動。
トゥロンはソファの中央寄りに座っていたので、ちょっと狭いけど隣に強引に腰を下ろした。
ぴったりと体がくっつく。
それを、カーベルさんが生暖かい顔で見ている。
え?何でそんな目?
えーっと……。
トゥロンの顔を見れば、優しい笑顔を向けてくれる。何ていうか「お兄ちゃんの顔」?しょうがないなぁ~っていう感じの。
何、私、おかしなことしてる?えーっと、強引に隣に腰掛けたこと?いや、そんなの大したことじゃないよね?
気を使って退出しようとしたカーベルさんを座らせたこと?
だって、別に本当にカーベルさんが邪魔だなんてことないんだよ?ランちゃんの話をするのだって、別にカーベルさんなら聞かれたって問題ないし。
そこで、はたと気がついた。
「あっ、もしかして、私の方が邪魔者でしたか?ご、ごめんなさい!私が居てはできない話もありますよね?」
そうだ、仮にも革命を起こそうとしているのだ。秘密にすべき話もたくさんあるだろう。
だからカーベルさんは、後で改めてトゥロンと話をしようとしたんだよね?邪魔になるから退出しますというのは単なる建前で、本当は私が居る場では話せないから部屋を出ようとしたんだよね?
立ち上がった私の手を、トゥロンが掴んだ。
「我が女神よ、貴方を邪魔に思うことなど、このトゥロン、未来永劫ありえません」
言っている言葉の調子は、昔のトゥロンと変わらない。
だけれど、私を真っ直ぐに見る瞳の強さだけは……昔と違って、心に深く突き刺さる強さがある。その目で見られると、心がざわめく。落ち着かない。
「そうですとも、聖女様を邪険に思うなど、このカーベル、するはずがございません」
うーん。カーベルさん、その言い方、ちょっとトゥロンに影響されてません?
「で、カーベル、相談とは?」
私がいても、問題が無いということを証明するためか、いつまでも立ち続ける私に着席を促すためか、トゥロンは唐突に話を進めた。
「はい、相談というのは、商人を名乗るルイスという者についてです」
え?
ルイスって言った?
「彼を捕らえ、尋問すべきかと」
ええ~!
私を、捕らえるぅ?尋問するぅ?
な、何で、何でぇ~!




