158 ニンニン
しばらくすると、カーベルさんが板をいくつか持ってきた。
紹介状がいくつかと、特別許可証だ。簡単に説明をされ、手渡される。
「陛下の益、あなた方の益ははっきりと分かりました。して、国民の益とは?」
ああ、そうか。私たちの話し合いの中で、カーベルさんには国民の益というものが分からなかったのだ。
水入れを手渡してもらうときに、国民の益にもなると言った言葉、そこに嘘があったのではと疑っているんだ。だから、目が冷たい。
ウルさんの耳元でつぶやく。
「サツマイモの蔓から紙を作ります。葉は使いません」
ウルさんを通してそれだけ伝え、カーベルさんに背を向ける。
今の言葉で分かってもらえただろうか?カーベルさんも今は執事の身とはいえ、上流階級の人間だ。
サツマイモの葉を食用として用いるということは知っているだろうか?
振り返りたい気持ちを抑えて、城を後にした。
まだ、日は高い。っていうか、高くなる途中だ。
朝一の謁見だったし、順調に進んだからそりゃそうだろう。
馬車の中で、ウルさんにお礼を言う。
「ウルさん、ありがとうございます。ウルさんのおかげで、大成功です!」
「いいえ、ルイス様の計画がすばらしかったんですよ。どういたしましょう?早速、モヅ村へ使者を飛ばしましょうか?他の村への伝達はどうしましょう?もう一方に目処が付いてからにいたしますか?」
そうだ。これで終りではない。
サツマイモの件は、当初の計画には無かった出来事だ。
途中、偶然モヅさんの村での言い争いを目にしなければ、無かったことだ。
しかし、そのおかげで特別許可証が手に入った。紙の件でたぶん陛下の信頼も多少は得ることができたはずだ。そして、貴族たちへの紹介状も手に入った。
国境の町で手に入れた小麦を怪しまれずに運び込むこともできた。
運がいい。
……。大丈夫かな?
こんなに順調で大丈夫かな?不安。
そう。順調なときほど不安になる。何か悪いこと起きる前兆じゃないの?幸せなんて続かないよね。
まって、順調だけど、今の私は幸せ?
馬車が酒屋のある角まで来る。馬車の外に目をやれば、熊屋亭の前にあの後姿。
ギクッと心臓が一瞬止まる。
横顔を見れば、昨日の別人。そう、別人だと分かっていても、やっぱり似た後ろ姿に心臓が凍りつく。
トゥロン……。
今、私は幸せ?
幸せなわけはない。ただ、不幸でもないんだと思う。
吾妻さんに、ウルさんに、エボンさんにオーシェちゃんオージェくん……。優しい人たちに囲まれて、不幸なわけは無い。
幸せになっちゃいけないとは思わない。
いつか、いつか罪を償えたら……。許されてもいいのかなって思える日が来たら……。
だって、トゥロンは、私を不幸にするために傷ついたわけじゃないよね?私が幸せにならなくちゃ、きっと報われない。
勝手な考えかもしれない。
だけど、幸せにならなくちゃいけないんだと思う。思うけれど……。どうしても、まだ心から笑えないよ。
トゥロンのことを考えると、心のどこかが凍り付いて、手足が冷える。
でも、頑張るから。頑張って、トゥロンに恥じない人生送れるように、頑張るから……。
うん、でもそれにしても、偽物トゥロンは昨日に続いて今日も妖艶な女性の肩を抱いて熊屋・ラ・亭ですか。お盛んですね。
馬車が白山亭の前に止まる。エボンさんは馬車をどこかへ移動させに行く。その間に、私とウルさんは一足先に宿の中。
「ねぇ、ウルさん、ルイスとは別人として行動したいんだけど、ばれないようにするにはどうすればいいかな?もちろん変装はするけど、宿から頻繁に出入りしてたら関係が疑われるよね?」
もう、次の行動に入らなければ。
すでに、ウルさんがモヅ村への連絡をエボンさんに頼んでくれている。
エボンさんは、モヅ村に隠した小麦の一部を帰りに運んでくれることになっている。
他の村への紙作りの方法の伝達は、王都でのもう一方の活動に目処が付いてからということにした。
王都の現状はひどいものだ。
まだ、村の方が何とかなっている。それは、周りに自然があるからで、飢えれば雑草だろうが根っこだろうが、何だって食べてしのげるのだから。
タンポポの根っこだって、立派な食料だよ?食べることもできるし、コーヒーにもなるんだよ?
ああ、コーヒー飲みたい。カフェイン欲しい。
濃い目のコーヒーに、砂糖なしでミルクたっぷり。あの一服は至福なんだよね。
「ルイス様、では熊屋亭を利用してみては?」
「え?」
ウルさんの提案はいつも関心する。そうか、その手があったか。
そうだよね。プライバシーには踏み込まないのが、ラ・ホテルの鉄則だ。出入りする客をじろじろ見るのもタブーだ。
こうなってくると、ウルさんがエロキモ陛下に対して言ったあの言葉が何気に役に立っちゃうわけだ。
ルイスはご婦人に取り入るのが上手いという、あれが……。
早速、オーシェちゃんの男装を解除して、娼婦風の化粧を施す。
「うわーっ、私じゃないみたい! どう、オージェ?」
「そんな喋り方じゃぁ、せっかく大人っぽくしてもらっても台無しだね」
「な、何よー、喋らなければいいんでしょ!」
「そうやって、頬を膨らますのもやめたほうがいいね」
あははっ。相変わらずの二人の掛け合いに頬が緩む。
「顔を隠して宿を出て欲しいんだけど、できる? どこかでこの衣装に着替えて、南の方にあった雑貨屋周辺で落ち合いたいんだけど」
私の言葉に、オーシェちゃんは白薔薇宮で使った娼婦風の衣装を受け取ると、にっかり笑った。
「任せて!」
そういうと、路地に面した窓を開けると、下の様子を伺い、おもむろに飛び降りた。
「オ、オーシェちゃん!」
ここ2階だよ?
焦って窓に駆け寄り見下ろすと、オーシェちゃんが元気に手を振って走っていった。
「大丈夫ですよ。我々は鍛えてますから。2階から飛び降りるなんてへでもありません」
振り返れば、エボンさんが余裕の表情。
確かに、ウルさんの身体能力はすごかったけど、オーシェちゃんたちもそうなの?
なんだか、忍者みたいだ。
「ニンニン」
「ルイス様、ニンニンとは何のことですか?」
え? やだっ、また口に出してた? 気をつけないといけないでござる。忍者文化が根付いてしまうでござる。
「えーっと、」
とりあえず笑ってごまかして、次の行動に移る。




