14 シンデレラには程遠い
ダイエット開始から2週間が過ぎた頃から、ランチタイムで聞こえてくる声があった。
「マーサどうしたんだ、随分綺麗になったな!」
「若返ったね、うちのかーちゃんにも教えてやってくれ!」
そして、ダイエット開始から3週間が経ったころには、街のあちこちから「ぶぅーーーーっ」というロングブレスの声や、縄跳びをする人の姿が見られるようになった。
街の人たちが思わず真似するくらい、マーサのダイエットと美肌の努力は効果があったのだ。
美肌に関しては、今まで何も手入れをしていなかったから、肌の吸収力が高かったんじゃないかと勝手に推測している。
ダイエットは、まさにマーサさんの努力の賜物。おやつタイム以外にも、朝、夕とダイエットメニューを続けていた。さらに、私がぼそっと漏らしたフラフープまでいつの間にか実行していた。なんと、酒樽を止めている輪っかで。
「おふくろ、ルーカが、ドレスのサイズあわせをして欲しいと言ってるんだが」
シャルトの誕生日会まで1週間と迫った。ドレスの仕立て直しも大詰めである。
ルーカとマーサさんはドレスの寸法合わせなどで何度か顔をあわせているうちにとても仲良くなっていた。よかったね、ダーサ。嫁姑問題は心配なさそうだ。
「ああ、いらっしゃい、ルーカちゃん。わざわざ来てくれて、ありがとうね。ダーサ、ちょっと店を頼むよ」
マーサさんは、ルーカと一緒に2階へと上がっていった。
「リエスも来て~」
と、ルーカから声がかかったので、上がっていく。
ノックをしてドアを開けると、すでにドレスを身につけたマーサがいた。
「うわぁ!すてき、すてき、とても、マーサさん綺麗!ルーカの腕はたいしたものね!」
胸元を大きく空けたエンパイアラインのドレスは、たっぷりの布が胸の下からふんわり下りている。右肩から、左のウエスト位置には大きなドレープを聞かせた布に、大小の薔薇の花があしらわれている。
「リエスの考えたデザインが良かったのよ!特に、この布で作る薔薇の花はかわいくて素敵ね!」
カルチャー教室の「ハギレで作ろう薔薇のコサージュ」で学びました。平日昼間の教室は、60過ぎた方ばかりで浮いていました。派遣の仕事の切れ目で暇だったから行ってみたんだけど、まさかこんなところで役に立つとは。
「二人とも、本当にありがとうね、これで胸を張って誕生日会にいけるよ。じゃぁ、次は、リエスのドレスのサイズ合わせだね」
は?誰のドレスだと、言いました?
ルーカが、プリンセスタイプに、薔薇の花をあしらったドレスを取り出した。
「マーサ、私はドレスいらないよ。ルーカにあげて!」
今にも、服を剥ぎ取ろうとするマーサさんとルーカの手を必死に逃れる。
「ルーカには別にドレスをプレゼントするけど、リエスにも必要だろ?ドレスが無ければ、誕生日会に出られないんだから!」
「誕生日会?私が?私は行かない。お店の仕事がある!」
「大丈夫よ!その日は私が手伝うから!」
え、ルーカとマーサさん、グルですね?
「まさか、一人で行かせたりしないよね?これでも、心細くてたまらないんだよ!リエスがそばで勇気付けてくれないと!」
嘘だ~!なんだか、その笑った顔が、とても心細そうには見えない。
「でも、何の関係もない、平民の私が行けるような会じゃ、ないですよね?」
「紹介者さえいれば、独身女性なら誰でも参加できるのさ。シャルトも今年25歳だからね。誕生日会もかねた、大規模な嫁さん探しなんだよ」
いや、じゃぁ、よけいに参加しちゃだめでしょ!
25歳の貴族に、アラフォー庶民女を紹介するとか、だめでしょー!誰が許しても、私が許せません!
「少年、なんだか今日は疲れた顔をしているな」
人生初の舞踏会(誕生日会)に行くことになり、精神がガリガリ削られました。
「じゃぁ、今日の話はここまでにするか。また、2日後に来るぞ」
ラトは、あれから3日から4日に1度のペースでうどんを食べに来る。じゃなくて、ユータの話をしに来てくれる。
今日の話で、やっとラトが13歳4ヶ月と二日まで進んだ。
ここまで話を聞いて分かったことといえば、ラトはユータを兄や師のようだと言っているが、父親のような存在でもあったと思う。そして心から敬愛しているのが、話の端々から伝わってきた。
「そうだ、うどんの礼を持ってきた。受け取れ。命を救ってくれた礼はまた別にする」
放り投げられた物をキャッチすると、お金に使われているコインよりも、少し大きなコインだった。上部に穴が一つある。鎖や皮ひもを通して身に付けるものだろうか?アクセサリーの類か?お守りの類か?
「それは人に見られないようにしろよ、見られたら大変なことになる」
えーっ!大変なことって何?
っていうか、そんなものいらない!そうだ、山に埋めちゃおう。そうすれば、人に見られない。
「手放したら、もぉーっと大変なことになるから、大事にしろよ!」
不吉な言葉を残してラトは帰って行った。
何だ、これ、アクセサリーの類でも、お守りの類でもなく、呪いの類ですか?
突っ返すのも、手放すことになりますか?
ダブルで疲れた。そんなわけで、いつものメールチェックをして寝ることにする。
メールは4件。迷惑メール2件、同窓会のお知らせ1件、そして、ネット銀行から支払いのお知らせが1件。
ハッとして、震えが走った。
忘れていた。
家賃、ガス水道電気、保険に電話料金。
毎月引き落とされるんだ。今の貯金だと、あとどれくらいもつんだろう?
もし、家賃を滞納したら、サンコーポ201号室はどうなる?
今までは、カバンの繋がりが切れた後も生活できるようにと、そればかり考えていた。
ずっとカバンが日本と繋がっていることは考えていなかった。
でも、もしずっと繋がっているのだとしたら、サンコーポ201号室を維持しなければならない。
ユータの話を聞く限り、日本に戻れるまで何年かという単位も覚悟しなければならない。とても、そんなに維持できるだけの貯金はない。
どうしたらいいんだろう?実家に家賃を払ってもらうとか?
無理だ。無理。事情を話せば?
もっと、無理。心配はかけたくない。
貯金が底を着く前に、日本円を手に入れる方法を考えなくては。
でも、異世界の空の下で、いったいどうやって?
まだ1年や2年は大丈夫。でも、その先のことを考えて不安で胸がぎゅっと締め付けられる。
どうしよう。お金。最悪、保険を解約して定期を崩して……もし、無事に帰ることが出来ても、老後は大丈夫なんだろうか?
ああ、不安で苦しい。
ハイジベッドの上で体を丸める。
いいや、もういざとなったら、帰らなくても……
半ば、自暴自棄な考えに及んだところで、睡魔がやってきた。
誕生日会までの残りの1週間を、リサーチに費やした。
店のお客に「街一番の美人は誰?」と聞きまくり、名前が挙がった人を見に行く。この世界での美人の基準は、目は大きいのか、切れ長か、釣り目か、垂れ目か。眉毛は目と離れているか、近いか、太さは、角度は、大きさは……と、あらゆるパーツについて研究する。
それから、こちらの世界の化粧品についての知識も得る。
ちなみに、ラトにもどんな女性に魅力を感じるか聞いてみた。
「目は大きすぎず小さすぎず、唇は薄すぎず厚すぎず、鼻は高すぎず低すぎず、髪は長すぎず短すぎず、」
アレだ、好きになったらそれがタイプというやつだな。と、思った。
「少年のタイプはどんな人だ?紹介するぞ」
田舎の市役所で、おじいちゃんやおばあちゃんに好かれている男性。優しい人がいい。やっぱり、公務員がいい。
そうして、あっという間に誕生日会前日になった。
会場となる王都までは、馬車で半日かかるということなので、日程は次の通り。
前日の昼ごろ迎えの馬車が到着し、王都には夕方着く予定。
その日は、マーサさんのお姉さんが用意してくれた宿に泊まる。
次の日誕生日会はお昼から始まり、夜まで続くそうだ。だから当然、その日も王都に宿泊する。
2泊3日のプチ旅行ということになる。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「おふくろを、頼んだよ」
ダンケさんと、ダーサに見送られて、馬車に乗り込んだ。
舞踏会行きの馬車というからには、シンデレラの馬車のようなものを想像していたが、2頭立ての、小さく質素な馬車だった。
「忘れ物はないかい?何を持ってきたんだい?」
マーサさんが、私がひざの上に載せた風呂敷包みを指差した。
本当は、カバンの中に入れてしまえば他に手荷物を持つ必要はないんだけど、流石に二泊三日の旅に、いつもの荷物じゃあやしいかと思ってわざと目立つように持ってきた。
「マーサさん、王都で私は、魔法を使おうと思います」
突然の宣言に、マーサさんは唖然とした表情をした。
 




