12 ラトに殺される!
んーっんー、
重たい、寝返りがうてない、息苦しい!
「ぶはっ!」
苦しくて、目が覚めた。
上体を起こすと、眠った時にはなかった何かが、上に乗っている。
「起きたか、少年!」
この声は、ラト?
「寝ている間に、枕元にプレゼントを置いて去ろうと思ったんだけどな、起こしてしまったか」
枕元じゃなくて、胸の上にも、足の上にも乗っていますけど。
しかも、顔の上って、窒息して死んじゃうから!
「これ、なに?」
空が白み始めたころのようで、馬小屋の中は暗くてラトの姿さえよく見えない。
「ドレスだ!欲しがっていただろう?」
「なんで、そう、おもう?」
「昨日、寝言で言っているのを聞いたぞ」
昨日の寝言?あ、そういえば眠りに入る頃に、ドレスをどうしようかぶつぶつ言っていたっけ。
そのときに、ラトがいたの?
来たら、起こしてくれればいいのに。アラフォーといえど、寝顔見られたとか、恥ずかしいんですけど。
「いらない、もってかえって」
貰ったドレスを、マーサは素直に受け取ってくれるだろうか?マーサの性格からすれば、きっと無理だろう。
「何だ?気に入らないのか?母上の衣装部屋から適当に持ってきただけだが、どれも最新のものだぞ?」
ちょっ!今、気になることを言いませんでしたか?
「おかあさんは、知ってるの か?」
「まだ寝ていたからな。黙って持ってきた」
はぁーーっ。額を押さえる。
「このドレスは、どうしたんですの?」
「ラトから貰ったんです」
「ラトとは誰です?今すぐ連れていらっしゃい」
「すぐにはむりです。連絡が取れないので……」
「本当はラトなんて人いないんでしょう?もらったなんて嘘をついて、盗んだのね!」
想像の中で、私は投獄され、絞首刑にされた。怖い!ブルブルっ。
「ラト、親のものでも かってに持ち出すのは だめ。あとで いうのもだめ。ちゃんと きいてからじゃなきゃ だめ。ラトも、自分のもの かってされたら、かなしいでしょ?」
親の財布からお札抜き取る子供か!見た目30歳の男に何が悲しくてこんなこと教えなくちゃならないんだろう。
しかし、アラフォーなめんなぁ!
新入社員の指導役もやったことがあるから、大人の指導も経験済みだぜ!
正直、ゆとり世代相手はちょい辛かった。それに、正社員の指導役が何で派遣社員の私?「いやぁ、君は優秀だから、頼むよ」だと。だったら、正社員にしてくれよ!「君、女でしょ?」って、男女雇用機会均等法無視か!
ぐあーっ!正社員になりたーい!
「そうか、確かに、そうだな。持って行くことが許される立場であったとしても、勝手に持っていかれたら、悲しいな。ゴミのようなものでも、本人にはとても大切なものだということもあるし。ありがとう少年。大切なことを教えてもらった」
素直なところは評価する。
「今日のところは、持って帰える。後日、少年のためのドレスは用意して必ず持ってくる」
ドレスはいらないって言ったよね?
ラトが馬小屋の扉を開けると、朝の薄い光が差し込み、ハイジのベッドの上におかれたドレスが見えた。
赤、白、黄色、青、群青、藤色、いったい何着持ってきたんだ。
「みるだけ、みせて」
最新のドレスだと言っていた。ラトの母親のものであれば、マーサさんと同じような世代だろう。ダイエットをしていると言っても、1ヶ月しかない。ウエストの締まったデザインだと苦しい。
ラトが、1枚ずつ持ち上げて見せてくれる。
エンパイアラインだ!プリンセスタイプもあるけれど、ほとんどエンパイアライン。胸の下で切り換えがある、ウエストが気にならないデザインだ。(私の黒歴史:28歳、予定もないのに結婚情報誌を読み込む。)
「どんなデザインのドレスが欲しいか決まったか?」
「みせてくれて ありがとう。でも、ほんとうにドレスいらない」
「そうなのか?」
ラトはドレスを両手に抱えて、しゅんっと肩を落とした。
「でも、ぼくのために、何かしてくれようとした、きもちは うれしい。ありがとう」
指導には、適度な飴と鞭が必要です。
「本当か?じゃぁ、また何か持ってくる!」
ラトは、ドレスを抱えて器用に馬にまたがり駆けていった。
お礼はいらないということは、どうすれば伝わるのでしょう?
ユータのことを聞く暇がありませんでした。次はいつ現れるのでしょう?
ラトと関わると、命の危険が訪れるような気がしてなりません。気のせいでしょうか?
そして、名前教えたのに、忘れたのでしょうか?少年じゃないんですけど。
この日も家を早く出る。なかなか小屋を整えるための時間が取れない。いつまで、馬小屋で寝ることになるのか……。
通いなれた、獣道を上機嫌で降りていく。思いついた計画に、ニマニマが止まりません。
「おはようございまーす!」
元気に声をかける。
「また今日は一段と早いね?」
階段の上からマーサさんが顔をのぞかせた。
「むかしの、ドレス、みせてほしい」
ここで断られたら、計画を練り直さないといけない。
マーサさんは、一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに階段の上に手招きしてくれた。
「着ることなんかないけどね、なかなか手放せなくてね」
そういって、マーサさんが出してくれたドレスは、結構な数があった。どれもプリンセスタイプで、胸元の空は狭く、小さな飾りがちりばめられている。ラトに見せてもらった最新のドレスとは異なる。
「そうだ、リエスにあげるよ。リエスなら、細いから入るだろう?少し手を入れれば今でも着られるはずさ」
マーサの言葉に、何と答えたものか息を呑む。
「なんで、くれる?」
「リエスは、女の子だろ?いくら男の子の格好していたって分かるさ。まぁ、分かってない、ぼんくら息子もいるけどね」
なんだか、マーサさんには驚かされてばかりだ。
「で、どれがいい?リエスの髪の色には、この色が合うかな?」
うきうきと、ドレスを私の体に合わせ始めた。
「きてく、ばしょ、ない。それに、今日は、ちがう。マーサのドレス えらぶ」
「ん?私のドレス?」
「そう、リメイク、したてなおす。そのドレス えらびにきた」
「仕立て直す?リエスは仕立てができるのかい?」
私は、悪巧みをするようににんまり笑った。
「だいじょうぶ、あてが ある」
マーサのドレスから、2つのドレスを選んだ。2つのドレスを丁寧にほどいて仕立て直せば、きっと素敵なドレスができるはず。
私は、頭の中で色々なデザインを思い浮かべた。
今日帰ったら、ネットでデザイン検索してみよう。
おっと、その前に、この計画の第二段階。
「ダーサは、いるか?」
「ああ、肉屋に行っているが、すぐに帰ってくると思うよ」
肉屋か、それは都合がいい。
「じゃぁ、またあとでくる」
マーサさんに借りたドレスを丁寧にたたみ、両手に抱える。
そんな私の様子を見て、マーサは何かを思いついたように笑った。
「我ながら、名案だ。誕生日会に行くのも悪くないかもしれないね」
マーサはそんなことをつぶやいて、ドレスを選び出した。
マーサさんも悪巧みです!