第4話 白秋事件① ディスコミュニケーション
白いローブの人間の正体が藤宮先輩だった事、ありとあらゆる謎が解明してしまった後、僕は神代先輩の手を握って、子供の引率をするようにランタンから現実世界へと戻った。その後の神代先輩の事はあまりにも可哀想で、本人もショックだったのか簡単な受け答えしか出来なくなっていた。その後、藤宮先輩が笹内と神代先輩を保健室へ連れて行って面倒を見ていた。そして、保健室まで見送った後に藤宮先輩からこう伝えられた。「神代さんの手の甲にあるマーガレットの刻印が光ったら伝えて。神代さんの仕事を責任もって代わりに私がする」と。藤宮先輩は神代先輩の事に対してずっと罪悪感を抱えていたようで、「言わないといけない事実ではあったけど、霞の件で強く言い過ぎてしまった」と考えているようだった。僕も色々神代先輩に対して、いたたまれない気持ちになっていたが、「そもそも、神代先輩が夢切りを行う状況をつくらなければ良いのではないか」という考え、藤宮先輩も同感だったようだ。ただ、個人的に不可解な点があった。その結論に達するなら「なぜ、今の話をしたように、代わりに仕事を請負、夢切りのリスクを説明して阻止する」という話で丸く収まらなかったのだろうか。僕はその事について聞きたかったが、藤宮先輩も限界だったみたいで、冷や汗をかきながらずっと保健室で神代先輩と笹内を、授業を出ないで見ていたようだった。尚更、友達として好きでいるのに、二人をあそこまで危険に晒したのか理解出来なかった。僕はその日の授業はあまり頭に入ってこず、辻本から友達としての放課後の誘いがあったが、ロストメモリーの件がフラッシュバックしてそのまま断って帰宅してしまった。そうやって晩ご飯や宿題、お風呂を済ませている内に就寝時刻になっていた。僕にとっては好都合だった。今回の件をバクに相談出来るから。
「おーい、バク? どこ?」
「呼ばなくても、君の夢の中にいつも居るよ」
例の部屋だった。部屋模様は相変わらず変わらない。この部屋はいつも壁紙が青空で、赤ちゃんが喜びそうなガラガラが付いたシャンデリアが天井に吊るされて、ベッドがあって、本棚があって、バクが居る。それで固定されていた。
「今日起こった事、読んでくれないか」
「それが、君が三年前に読んだギャグ漫画が面白くてね」
「バク、お願いだ。なんでも欲しいものやるから読んでくれ」
ショートケーキを想像して、バクに渡した。バクはキョトンとしていた。
「なんか変じゃないか? そんなに素直な性格だったか」
「まあ、とにかく。読んでくれないか」
バクは本棚に「日記を読みたい」と言うと、バクの手元にスッと飛んでくる。僕はバクが欲しがりそうな食べ物を沢山想像するが、バクは珍しく拒否する。僕の言動が気掛かりで、先に日記を読みたかったみたいだ。
「読んだぞ。辻本霞だったり、白いローブの人間が藤宮先輩だったり、とっても濃い一日だった」
「その、どう思う?」
「辻本霞の事か」
「やっぱり、記憶に残る為に僕に対して霞が残したのがバクじゃないのか」
バクはそう再度問われると、昨日のように、そこまで疑問に思っているような素振りや、否定する雰囲気ではなかった。というより、むしろそうかもしれないという肯定の意味にも受け取れる雰囲気だった
「正直、あり得る話だな。アタシの正体が霞の遺産みたいな事は」
「肯定する感じなのか?」
「否定も肯定も何も、バクと名乗って夢に現れた時が中学生の時の失踪した事。記憶喪失の時期を考えたら全然あり得る話だぞ。むしろアタシの正体がそうだった方が自然だろう。ただ、それが事実か、間違いかはさして問題ではなかろう」
そうだ。だから何だという話になる。仮に辻本霞だとしても、記憶喪失で僕の夢の中にしか存在出来ないならそれはもう「辻本霞」なのかという哲学的な疑問になってくる。それこそ、テセウスの船の話と一緒だ。仮に辻本霞だとしても、辻本霞の部品を全て分解して、バクにしているようなものだ。それはもう記憶を取り戻さない限り辻本霞と呼べない。バクは辻本霞だったとしても、バクはバクなのだ。辻本霞のそっくりさんという括りにしかならないと思う。
「轟、もしもの話だが」
「何だ」
「お前がもし、辻本だったら霞の為にどうする?」
「どうするって何を?」
「藤宮という女の話が事実なら、辻本という男がそれを知ったら大量殺人を起こしてもおかしくない。ロストメモリーや霞の記憶を知っているくらいだぞ」
「それはどういうこと?」
「霞はロストメモリーの定義が間違っていないのなら『死んでいない』のだろう。どう彷徨っているかは分からないが、アタシのようになっている可能性もある。遺産を残せるくらいだからな。夢切りは自分が自分自身を忘れてしまう事で、己を知覚出来ずに、最終的に皆から忘れられるという話だったろう。なら、現実の彷徨っている霞に人命を捧げれば、霞は復活する可能性があり得ない話ではないはずだ」
確かに。藤宮先輩が言っていた、人命と引き換えに記憶が戻る事と、笹内のロストメモリーが「死んだ人は写らない」という定義や事象、どちらも正しいのなら、全然あり得る。いや、そしたら。
「まさか、辻本が大量殺人を起こして、霞を復活させる事があるかもしれないと言いたいのか?」
「そう考えてもおかしくないじゃろ?」
倫理的にも道徳的にも終わっている。そこまで辻本がやる人間だとは今までの素行からは感じなかった。ただ、バクの言っている手法は藤宮先輩が言っていた発言が正しいなら出来てもおかしくない。
「バク、仮にそれが出来たとしてもどうやって行う?」
バクはこう答えた。
「君なら出来るだろう?」
「何だって?」
「君は死神家業の代行者として、力を神代から貸してもらえている。ローブの認識阻害効果、隠密効果があれば大量殺人なんて簡単だろう」
考えもしなかった。確かにそれなら簡単に出来る。神代先輩の変身が条件になっているが、記憶も消去されない上に、神代先輩の力を使える。いや、どうして使える?
「そのローブの話は僕なら思い付かなかった」
「そりゃあそうだ。君が大量殺人する為に悪用するとは思わないしな」
バクは空中をゆらゆらと浮遊しながら、頬に手を置いて話を気怠そうに聞いている。
「でもそれって出来ないんじゃないのか? そもそも辻本家は神代家や藤宮家のような、家系じゃない。南川家のようなサポートを行っていた分家でもない」
「それは記憶が現在進行系で忘却されている神代という女の発言を、本当に信用出来るかって話になるが確かにそうだな。でも、君忘れていないか?」
「何を?」
「継承、家系のない人間に死神家業の能力を譲渡出来るから、辻本霞の悲劇が起こったのだろう。継承を辻本に万が一行う事が出来たら、簡単に大量殺人出来る。それこそ、君は死神の能力もローブや刀もいとも容易く使えるようになったしな」
継承の手法の解明、笹内所有のロストメモリーの略奪の阻止、神代家とコンタクトを取ろうとしている事と、手段を選ばないという発言。そこから想像しうる最悪な出来事、ロストメモリーを奪われて、辻本が継承を行い、大量殺人を起こす事。ただ、継承の手法次第だ。それに必要な工程次第では基本的に考えなくてよくなる。それこそ、双方の同意が必要という工程が一つでもあるなら、それだけでも辻本が継承を行って死神の力で大量殺人を起こす事が難しくなる。そして、根本的な話だが、大量殺人を起こせるタイミングが限られている話だ。適当な日付なら、神代先輩や藤宮先輩が駆けつける事で死者は抑えられる。ただ、ここまで考えているが継承が完全な能力の譲渡なら、何故、僕は神代先輩の攻撃に参加出来るという疑問が生まれる。それに、まだ藤宮先輩が味方になのかが分からない事。不透明な部分が多すぎる。
「君、何をそうやって考え込んでいる」
「見るか、バク」
バクに僕が考えた事を共有した。
「……概ね想定するべき事はこれらだろうな」
「他にあるか? バク」
「そうだな、まずロストメモリーの能力を知っている事。笹内という女が肌見放さず持っているのに、何故知っているのかという意味だ。それは単純に妹だから知っているのかもしれないが。後は笹内と神代に、アタシの存在を知られている事で辻本という男にアタシの情報が流れる可能性が出て来た事、神代が継承を行う可能性だな」
「神代先輩が継承?」
「覚悟を決めたと言っておったが、自分の記憶が消滅して最後には誰からも忘れられるなら、話が変わってくる。継承というものが、死神の能力の完全譲渡か、君のように共有するのか話が変わってくるが」
「基本的に完全譲渡じゃないのか?」
「ロストメモリーの写真が読めない君と読める笹内。死神家業を知っているのに変身出来ないどころか、手を繋いで接触しないと死神の姿が見えない笹内と、何故か変身出来て、条件付きとは言え死神の能力を今のところ、デメリット無しで使える君。考えてもキリがないが君が特例で、儀式を共有する時に必要なんて無くはないだろう」
「まあ、そうだな」
「ただ、長々と話したが、基本的に君が考えていた事を想定して阻止すればいいのではないか。固定概念には縛られない程度にね」
バクが居る部屋が崩れ始めた。そろそろ、あの予知夢が来る。
「ここで一旦お別れ。またね」
今回は部屋の底が抜けて、僕はどんどん落下していく。この前はベッドだけだったのに。それと、辻本霞について書かれてある本を確認するべきだった。明日寝た時に確認しよう。僕はそう考えながら落下していく。
気が付いたらお祭り会場に居た。藤宮先輩と笹内と神代先輩と僕の四人……辻本は誘われてない? それとも断ったのか?
「こうやって楽しい思い出を作ればきっと、神代先輩も夢切りを続けられるよ」
そう笹内が神代先輩にニコニコしながら言った。神代先輩はコンサートホールの世界に居る時の精神状態を乗り越えたのか、いつも通りのクールビューティーで気品のある佇まいだった。
「でも、忘れてしまうのよ。私は今回のお祭りもいつかは」
そういうと笹内は神代先輩の顔を覗いて言った。
「そしたら、私たちがまた教えればいいんだよ。こんな思い出が沢山あったんだって。神代先輩が忘れたら、また私たちで教える。そうしたら私たちも神代先輩も思い出がまた増えて、私たちも神代先輩を忘れないから」
神代先輩はいつも微笑んでいるが、心の底から感情を顕にして笑っていた。
「ええ、絶対に私も皆と友達だったことは忘れないわ。絶対に忘れるものですか」
それどころか、少し泣いていた。嬉し泣きしていた。
「泣くのはまだ早いよ。神代先輩が泣くときは今の幸せがずっと続くと決まった時よ。ね、轟くん。藤宮先輩」
「ああ、絶対に神代先輩の事も、皆の事も忘れない」
「ああ、ええ」
夢の中の僕はとても心強く見えた。藤宮先輩も笑っていた。でも、罪悪感からなのか、神代先輩の方を向かずに笹内の方を見ていた。その時だった。パッと花火が光って咲いた。その花火は今まで見た花火の中で一番酷く綺麗に見えた。花火に気を取られた時だった。パンッと花火が弾けた音の間、祭りにいた周りの客や屋台に居る人間、紫色の霧に侵されていた。そう、憂鬱だった。周りの人間はその場で気絶したり、倒れ込んでいた。憂鬱に侵されていない人間は何が起こったか分からなかったようで、パニックになって阿鼻叫喚だった。
不可解な事に出血して倒れている人間も目の届く範囲にも居た。
「轟!」
笹内と藤宮先輩、そして神代先輩の居る中でその三人よりも遠くから声が聞こえた。バクだ。バクが居る。いつもは通行人に紛れていたり、友達の顔が突然バクに変わるように現れるが、今回のように独立して、あの青空の壁紙の部屋に居た姿で現れる事は初めてだった。
「バク? 何事だ」
僕はバクに呼応するように思わず、大声で返事をした。
「絶対に『再演』するな。今回の夢と同じように行動しろ」
「どうして? この惨状を回避する事が先なんじゃ」
「時間が無い。絶対に今のシチュエーションになった時に神代に『ああ、絶対に神代先輩の事も皆の事も忘れない』って伝えるんだ絶対だ。取り返しのつかない事になる」
「もう時期、君は目が覚めるから全てを伝えられない。上を見ろ」
上空を見ると、神社の屋根の上に佇み、満月に照らされている人間がいる。月の光に照らされている人間。カメラを首に下げて、鎌を持ち、その刃先は鮮血に染まっていた。まるで本物の死神のようだった。辻本だ。神社の上で辻本がこちら側を、僕の方を睨んでいた。
「お願いだ、アタシを、あたシを。私の兄を絶対に止めて。轟くん」
「霞?」
いや、バクだ。バクのはずなんだ。容姿がどんどん夢にノイズがかかり、本来の年相応の姿形に変わっていく。それに比例して誰かの悲鳴が近くから聞こえる。笹内と神代先輩の方を見ると驚嘆して呆気にとられていた。そしてよく見ると、笹内はロストメモリーを首にかけてない。藤宮先輩は目を皿のように真ん丸にして、血走っていた。
「どうして、そんな」と全て藤宮先輩が辻本に向かって何かを叫んでいる事が終わる前に、気がつくと目が覚めていた。目が覚めた時に家で寝ていたはずだったが、何故か保健室のベッドの上だった。
「グッドスリープ轟、大丈夫なのか?」
「そんな芸名のお笑い芸人……辻本? なんで?」
急いでベッドから起き上がり、目の前に居るのは辻本だった。
「なんでって? 轟、お前が授業の三時間目で突然倒れて、俺が保健室に届けたんだ。ずっと寝ていたぞ。もうあと十分で弁当の時間と昼休み来るぞ」
「ああ、そうなんだ」
言葉では理解を示したが、内心は混乱していた。そもそも、家で寝ていた。それは確かだ。
「お前、本当に大丈夫か? 早退するよう伝える為に職員室に行くか」
「ああ、いや大丈夫」
記憶がない。起床から今までの記憶がゴッソリ。スマホの日付はちゃんと、翌日を指していた。どうしてこうなった? まさか、神代先輩と夢切りしたデメリット? デメリットが無いというのは僕の勘違いだった? 辻本と保健室の先生に親に連絡したい事があると言って、保健室から一旦人気のないところに離れた。辻本はロストメモリーの件の都合で、念の為完全に信用出来る母親と連絡が取ることにした。
「お母さん、今まで僕って何していたか分かる?」
「何って学校? 普通に起きて身支度を整えて学校に登校したよ。笹内ちゃんが迎えに来てたでしょう」
「ああ、そう。ありがとう母さん」
辻本の言った通り、僕はちゃんと登校していたようだ。笹内たちに連絡をとらないといけない。そう考えていると、辻本が保健室からこちら側にゆっくり歩いて来た。
「なあ、轟。本当に大丈夫なのか?」
「いや、本当に大丈夫だ。あのさ、辻本」
「何さ」
「笹内って学校に来てるか?」
「笹内? ああ来てる。皆勤賞だよ」
「そうか、じゃあ俺は授業に戻る。早く来いよ」
「なあ、辻本」
「何?」
「今日、二人で弁当一緒に食べないか?」
「ああ、いつも食べてるしな。山口はなんで今日は呼ばない?」
「えーっと」
言い訳が思い付かない。山口の事を別に嫌いじゃないし、いつも三人で昼食を食べている事が普通だから不自然に思われる。山口を呼ばない自然な理由。そうだ。
「実は悩みがあるんだよ。病気の話だから辻本に二人がいい。山口は面倒見が良くて、家族養う事で精一杯だから迷惑かけたくないから」
「持病か、何かあったのか? 分かった。山口にもいい感じに言っとく」
嘘はついてない。睡眠障害な話。毎日夢を見るようになってバクと会うようになった話。睡眠障害に絡めて霞の事を聞き出せるのかもしれない。僕は授業に辻本と一緒に戻った。
四時間目の授業が終わって、各々ご飯を食べる時間になった。僕は屋上に行き、辻本は珍しく十分遅刻してきた。そして、約束通り二人でお弁当を食べる事になった。ここで出来るだけ、霞の件や、夢の殺人の件の情報を悟られないように聞きだしたい。そして、昼休みは遊ばずに生徒会役員の三人と接触したい。記憶が吹っ飛んだ件に関しては藤宮先輩に相談するか、笹内のロストメモリーで恐らく調べる事が出来る。一旦その件は置いておいて。霞の話を聞けないか試してみよう。
「なあ、辻本の弁当っていつも美味しそうだよな」
「ああ、母親が作ってくれる。たまに自分で作るよ」
「僕は妹に作ってもらってる時がある。当初は母親が作っていたけど、妹が『お小遣い稼ぎたい』って言って作ってもらったんだよ」
「いいな、俺も妹が居たら作ってもらいたい」
「辻本って兄妹居たっけ?一人っ子だと思ってた」
「居ないよ。俺の家には妹」
僕に妹が居るが、今日は作ってもらっていない。正直、これは嘘に近い。辻本は特にこれといった表情や言動に変化がなく、いつも通りご飯を頬張る。一人っ子とも、家には妹が居ないと言っているような、どちらとも捉えられる言い方だった。こちら側の探りが悟られたのか、普通の会話なのか分からないラインだ。あまり、情報には期待出来ないかもしれない。
「そう言えば、何か病気の話がしたいんだっけか」
「ああ、そうだ」
そういう話だった。
「何の病気だ?」
「睡眠障害。単純に不眠とか睡眠が浅くて、夢を見る。明晰夢と呼ぶべきなのかな、朦朧とした意識の中、夢の中でかろうじて動けるみたいな症状もある」
「今日の保健室で気絶したのもそれ繋がりか。前言ってた、授業中、死神の夢を見たってのも」
「ああ、そうそう」
どうにか辻褄を合わせられ、自然な会話に持ち込めた。ただ、辻本に言われたように、神代先輩に初めて出会った時の夢も学校で見た。例の神代先輩の記憶喪失のデメリットが、僕にも記憶が飛ぶという形であるのか、それとも睡眠障害の延長線か分からなくなってきた。
「なあ、あの時の死神の夢の時って夜公園に行ったか?」
「ああ、そう言えばそんな話したな」
下手を打った。「死神の夢を見た」という事に対して相槌を打ったことから、知らないフリは警戒される。夢に吸い込まれるというオカルトの話だろうか、それとも神代家への探りだろうか。でも、ここで嘘をついて「行ってない」と答えると神代家の死神家業を知っている可能性がロストメモリーで分かっている。だからと言って「行った」と言えば神代先輩とコンタクトをとったことになり、何か策を講じてくるかもしれない。なら、こうするべきか。
「実はさ、約束を破ってしまって申し訳ないけど、久し振りの大人数のカラオケが楽しくて、その思い出に浸ろうと思って。あの時、辻本との約束を破って、公園に行ったんだよ」
「行ったのか?」
「ああ、ごめん。行ってしまった。でも、死神なんて居なかったよ」
「ああ、あの夢に吸い込まれるって話。オカルトだったのか」
「この通り、僕はここに居るよ」
嘘をついてしまった。ここで嘘だとバレると、探りが完全にバレる。だからと言って、全て正直に言うと神代先輩とコンタクトをとっていると知られる。なら、嘘と事実を混ぜてこうやって伝えるしかない。少し心が痛いが、神代先輩は人を助けているから死神と言い難いから、嘘はついてない。そう、僕は自分に言い聞かせた。
「なあ、そう言えば。辻本、その『夢に吸い込まれる』って話。誰から聞いたんだ?」
話を変えたいと考えていると悟られないように、神代先輩の話から遠くなるよう、細心の注意を払って、地続きになる上で話を別方向に切り替えた。
「ああ、霞って女の子」
「霞?」
待て、霞? 霞ってあの妹の辻本霞の事か? 辻本は俺の腹の底を探っているのか? いや、別の霞かもしれない。
「霞ってどんな子?」
僕は知らないという体裁の保険をかけた上で、話を掘り下げる事にした。
「霞か? 霞は俺の妹だよ。快活で明るい性格でクラスではムードメーカーだったみたいだよ。俺は別の私立の小学校に入ったけど、霞は公立の小学校。思い出したか? 轟と小学生の頃に仲が良かったって言ってたぞ、霞が」
探りを入れてくるどころか、ダイレクトに霞の話を振ってきた。
「さっき妹が居ないって」
「ああ、誤解を招く言い方をしたな。家には居ない。行方不明なんだ」
「行方不明?」
「そうだ、行方不明だ。三ヶ月ほど探しても見つからないから、警察にも届け出を当初は出した。しかし一向に見つからなかった。警察は死亡したのではないかと思ったみたいで、俺の家族も諦めて二年前に取り下げてもらった」
取り下げてもらった? 確か笹内は行方不明届けが出ていないと言っていた。でも、取り下げたのは中学二年生の時。中学二年生から高校一年生の期間と、届け出を出さなかった三ヶ月の時点で笹内が聞いていたら、届け出が出されてない事も嘘じゃない。ただ、三ヶ月もの間、出さなかった事が引っ掛かるが、轟は霞が『忘れられた人』に霞が死神家業で行方不明になってしまった事を知っていると考えていい。それなら、行方不明届けを出しても無駄だという考えに至ってもおかしかない。そして恐らくだが、その期間は継承が密接に関わっている。藤宮先輩に相談してからじゃないと、探るのはリスキーだ。僕が霞の件をあらかた知っている事が辻本にバレる。
「霞の事を覚えていないのか?」
「幼稚園生の時は仲が良かったよ。小学校低学年の時は遊んでたけど、高学年に学年が上がるに連れて遊ばなくなった」
探りを入れるプランから、辻本の話しに正直に答えるプランに変更した。死神家業に関連した事を悟られないように気をつけて話すだけで、いつもみたいに辻本と話す事にした。
「そうか、そうだったか。皆、全然霞の事知らないから知ってるやつが居て良かった。しかも、同級生の轟が知っているのは心の底から嬉しい」
辻本はいつもよりご飯を食べる速度が早かった。僕が半分食べ終わる頃には既に食べ終わっていた。
「なあ、轟。どうしても言わないといけない事がある」
「何だ?」
「これ、俺がいつも肌見放さず持っている懐中時計」
辻本はそれを見せてくれた。
「これが何か?」
「俺はこれを使うと霞が行方不明になった次の日に戻る事が出来る。霞が何処かに居なくなる前に遺したものだ」
「どういう事?」
「三つ遺してくれたんだよ。霞は行方不明になる前に遺産を。時間遡行出来る懐中時計『エンデバー』、相手の思い出や記憶を写真に閉じ込めるカメラ『ロストメモリー』、最後の一つはどこにあるのか未だに分からない」
「待て、何を言っているのかさっぱり分からない」
「何を言っているのか分からない? ロストメモリーは笹内が持っているカメラって知っているだろ? その遺産の内の一つだよエンデバーは」
「轟、お前霞について知りたくて話しかけたんじゃないのか?」
最悪な事態だ。まず、エンデバーという時間遡行出来る時計の事は、ロストメモリーの『既に神代先輩たちと仲良くなるような口振り』だった時点で考えるべきだった。いや、無理難題すぎる。でも、死神や人の思考を読み取れるカメラがあるような、浮世離れした現実の時点で存在していてもおかしくない話だった。全て見透かされていた。
「そう、慌てふためくな。このシーンは二十回見たことある。お前と友達になった回数の二十分の一レベルの会話だから、結構レアだけど」
時間遡行出来る時計エンデバーの時点で全てが狂った。今まで起こった事もどこまで知っている? とにかく会話で探りを入れた事がバレた前提だと思った方が良いだろう。なら、レアな会話と言っている事が鍵になるかもしれない。そもそもここまで到達した事が稀ということになる。そしたら、自分の霞が辻本の妹だと、藤宮先輩に神代先輩が教えて貰った事。笹内がロストメモリーについて、神代先輩と二人で教えてもらった話。神代先輩と公園と出会った事は知られていると仮定した方がいいだろう。もしかしたら、今仮定した件が別の状況下で教えてもらう事があったのかもしれない。例えば、辻本霞の件を、今回は笹内のマンションで教えてもらったが、時間を巻き戻した世界線では生徒会室で教えてもらう可能性があったのかもしれない。そこに関しては考えても仕方がない。ただ、とにかく言えることは「バクの予知夢」については絶対にバレてはいけない気がする。単なる勘だが、この情報を渡すメリットは少なくとも無いはずだ。正直、頭の整理が追いつかない。絶対に今考えている事を、顔に出してはいけないと思いながらも、辻本はこちらの顔色を伺わずに、遠慮なくリュックからカレーパンを出して再び昼食を摂り始めた。
半分ほど食べた時点でまた辻本が話しかけてきた。
「まあ、そう警戒するな。俺は轟の事は今まで出来た友達の中で一番好きだぞ。他の奴らは友達になる為に手こずったよ。この会話をしたら仲良くなれると理解出来るまで時間がかかる。タイミングも相手の精神状態で話しかけちゃいけないタイミング、ゲームの新発売とか、アニメの放送とか、運動の流行りとか色々ある。その話を時間遡行でカンニングして、状況再現して友達になっているんだよ、皆と。山口でも必ず友達になれるようになったのは、エンデバーを四回使う事が必要だった。神代先輩は連絡先を貰う事すら安定するようになったのは一二回目。藤宮先輩は霞と仲が良かった繋がりで、友達になれるけれど、途中で神代先輩とは仲違いするようになったりもした。笹内は時間を巻き戻せば、巻き戻すほど仲良くなるのが難しくなったな。その点、轟は絶対に友達になってくれる。何回、時間を巻き戻しても。だから俺は心の底から親友だと思っているよ」
神代先輩と連絡先をもらう事が安定するようになるまで十二回、その後に、藤宮先輩が神代先輩に辻本霞の件を打ち明ける会話と、笹内のロストメモリーの件を知る話のイベントが発生する。それを経て、僕は辻本に探りを入れようと考えた。そして、辻本はこの会話になることを二十回見た。そう考えると、途方も無い回数、辻本は時間遡行していると考えられる。
「ロストメモリーの話は実は俺も最初から知らなかった。霞が笹内と仲が良かった事は知っていたが。笹内は時間遡行する事に何故か、俺の事を警戒するようになった。おかしいと思ったら、ロストメモリーというカメラの存在を知って、俺の矛盾した記憶や筋書きのように仲良くなる事を写真から読み取っていた事から警戒心が強くなったと知り、納得した」
「辻本、何が言いたい? それを言って何がしたい」
「藤宮先輩から聞いたんだろう。霞が俺の妹だと言うこと。妹の継承から末路。全部知っているだろう?」
「ああ、知ってる」
「正直だな」
エンデバーで時間溯行出来るなら、出来るだけ正直に言った方がいいだろう。気が触れた時どうなるかは、バクの予知夢で知っている。真剣に話すしかない。
「なあ、辻本。僕も質問していいか?」
「ああ、なんでも聞いてみてくれよ。探り合いなんて疲れるだけだ」
「辻本、霞をどうする気なんだ?現世に呼び戻したいのか」
「ああ、そうだな」
「それをしたらどうなるのか分かっているのか?」
「大量殺人をするってことか? そういえば、今日は夜に大掛かりな祭りがあるんだったな。あと一、二カ月待てば夏なのにな」
「なあ、お前まさか、今日の祭りに居る人間の命を捧げて」
「……もうやったよ。大量殺人。今回の会話をした後に十回中八回大量殺人を行った。『もしかしたら、祭りの人間の命を使えば』と思ったが無理だったな。単純に大量殺人を派手にやりすぎてお縄になったり、何故か理論的に正しいはずなのに霞が現れなかった。二回のやめた内訳は、殺人をする事を躊躇したり、そもそも計画自体が水の泡になった」
「戻らなかったのか? 霞は」
「ああ、殺人を試みた内八回中の一回を除いて、霞は現れなかった。ただ大量殺人を行ってその命を霞に捧げれば、霞が現実に存在する事が出来る理論は間違っていなかったみたいだよ。実際に神代先輩に魂を捧げたら忘れた記憶が戻った。ただ、神代先輩が霞のように『忘れられた人』になった時に試した訳じゃないから、そうなった時に戻せるか分からない」
「霞を一回復活させる事に成功した話は聞いてもいいか?」
「言いたくない」
聞きたかった。もしかしたら、不完全に霞が顕現したり、凄惨な結果だからかもしれない。でも、その理由が知る事が出来たら、他に方法があるかもしれない。しかし、「言いたくない」と言った辻本の表情は虚ろだった。
「なら、何故そこまでしてまで霞を助けたいんだ?」
「霞は行方不明になる最後、俺に憂鬱切りを行った事で消えた。神代家の事なんて、はなっから恨んじゃいないさ。霞は自分からやりたいと思って継承したしな。神代家は霞の件で他の家系に継承する事を行わなくなった。しかも、神代家の祖母は霞が『忘れられた人』にならないようにと、自らを殺すように霞に促す、傷つけられてもそれを受け入れて抵抗しなかった。あと一歩のところで、霞は神代家の祖母をもうすぐ殺害出来るところまで追い込んだよ。『殺せない』と泣きじゃくって、その少し後に居なくなった。神代家の祖母はいい人だったよ。緊急搬送されて助かったのに、良心の呵責から自分の寿命と引き換えに、藤宮家に霞を現世に呼び戻す契約を結んだ。その結果が今だよ。神代家の祖母は亡くなり、藤宮先輩にはどうにか霞の記憶を留められた。そして、轟や笹内のように特別仲が良かった人間にも断片的に。流石に年老いていたからか、一部の記憶までしか復活出来なかったらしい」
辻本は霞の件の過去について話してくれた。僕はその事を聞いてから、辻本を殺人鬼のような目で見る事が出来なかった。倫理感、道徳感もハッキリ言うと終わっている。憂鬱切りに協力している僕が言えることじゃないが、それでも常軌を逸している。しかし、命の恩人であり、大切な妹が永遠に何処かを彷徨うという事態を耐えられる人間は果たしているのだろうか。僕の妹がもし同じ状態になったら……そう考えたら同じ行動をとる可能性はありえるとすら思った。
「どうか、引いたか? 轟」
「ああ、正直言うと引いた」
「気持ち悪いか?」
「ああ、気持ち悪いと思った。でも、辻本と同じ環境で妹や両親がそうなったら、僕は絶対に道を踏み外さないと言えない。むしろ、同じ行動をとると思うから辻本の事を今の話で嫌いになったり出来ないよ」
「ああ、そうか。優しいんだな。本当に。俺は時間遡行の時にお前を殺した事があるのにな」
「いつ?」
「打ち明けていいかもしれない。唯一霞を復活させられた事が一度だけある」
「どうやった?」
「祭りの人々を大量殺人した上で、轟の事を殺した。そしたら、霞は何処からか突然、現れたよ」
「僕だけじゃ駄目なのか?」
「駄目だった。数え切れない程のタイムリープを繰り返して、轟だけじゃなくて、祭りにいる人間も必要だった。なあ、轟。話が戻るが、その時霞と会って再会出来てどうなったと思う?」
「どうなった?」
「俺が『霞なのか?』とゆっくり復活した霞に近付こうとした。悲願だった。やっと、自分の為に居なくなってしまった霞を助けられたと。悲願が達成した時に、抑え込んでいた轟や祭りの人間を殺した罪悪感が足枷になって、足なんて怪我して無かったのに俺は動けなくなった。だから、霞に足を引きずりながらも近付いたら、霞はまるで俺がそこに存在しないかのように通り過ぎた。目も合わせてくれなかった。お前の死体の前にあった、置き去りにしていたエンデバーを黙って霞は起動させた。そして、また時間が巻き戻って振り出しに戻った」
「……僕の殺害と大量の命が霞の復活に必要である可能性が高いと、」
辻本は話しが進めば進むほど、どんどん目が合わなくなった。辻本は自分勝手に人を殺し続けている人間だ。でも、憐憫、慈悲と言うべきか。それとも殺された事がエンデバーで無かった事になったからなのか、怒りという感情は一切湧いてこなかった。
「ああ、それから試したよ。轟が霞復活の必須条件ではなく、必要条件か。神代先輩や藤宮先輩と笹内も極力殺さないようにした。でも、神代先輩、藤宮先輩、笹内の殺人は必要なかった。やはり轟と祭りの人間の命を捧げたら霞と会うことが出来るみたいだ」
「そうか、辻本。そうか」
どう言葉をかけるべきだった? 怒るべきだった、悲しむべきだったか? 人格否定するべきだった? それとも慈しむべきだった? 霞がエンデバーを能動的に起動した事から、霞はそんな事を望んでなんかいないと言うべきだった? 分からない。
「なあ、辻本。今夜の祭りで人を殺すのか?」
辻本と一瞬目が合ったが、辻本は直ぐに目を逸らす。そして、言葉を詰まらせながらこう言った。
「ああ、祭りに居る人間を霞の為に殺す。神代先輩や藤宮先輩、笹内は極力殺さない。轟も霞の復活に必要がないと分かったら殺さない。同じ学校にいる生徒や生徒の親も、命の数が足りない限り殺さない」
「命に優先順位を付けたら、ここに住んでいる町の人々は無差別に殺してもいいって言うのか!?」
思わず首根っこを掴み大声で怒鳴ってしまった。幸い、屋上には僕と辻本二人だけだった。
「ああ、そうだ。霞は、霞はこの町の自死を選ぼうとした人間の憂鬱を切り裂いて助けた。純粋に人を助ける為に戦った。どんなに重傷負っても、俺と藤宮先輩で協力して看病したさ。でも、誰も覚えちゃいない。霞の事なんて。霞が泣きながら戦って助けた人は、家族団欒で茶の間を囲んでボードゲームして遊んでいた。霞は命懸けでそのサラリーマンを助けたのに、どんどん楽しい記憶も家族の事も忘れていく。でも、そいつらも霞を覚えちゃいなかった。こんなのがあってはならない。あってはいけない。俺の大切な妹だ。家族の幸せを願い、学校でも誰かを助けて、いじめられていた生徒を助けたって先生にも言われた。でも、いじめの主犯の生徒にも、その後も改心したら、今まで通り優しく接して、そしてターゲットが変わらないようにいじめっ子が逆にいじめられないように接していた自慢の妹だ。この町の人間を捧げてでも、俺は霞を必ず復活させる」
「霞がそれを望んでいなくても? 俺を殺した時に何もお前に言わずに、世界を巻き戻してリスタートさせたんだぞ。望んでない可能性が高い」
「それでも、それでも。誰かの思い出になろうと、記憶に残ろうとしていた。『絶対に忘れないで』と何処かに消えてしまう前に俺に言った。でも、俺は俺は、」
辻本は言葉が喉に詰まって出てこなくなったようだった。感情を顕にして、罪悪感と責任感とありとあらゆるネガティブな感情が渦巻き、言葉にする事が出来なかったようだった。僕は気が付いたら首根っこを掴んだ手を離していた。誰かが来るかもしれないのにうずくまって、僕に霞に対する思いを訴えていた。
「なあ、辻本。顔上げてくれないか」
辻本は顔を上げた。
「どうしても、やめないのか」
「ああ、ちゃんと覚悟して殺している。霞が復活するなら霞に殺されても構わないし、今までの殺した人間の数の咎を背負い続けてもいい。本来、俺が死ぬはずだったのだから」
「そうか、分かった。一つ提案がある」
「何だ?」
これは間違っている。絶対に間違っている。絶対にだ。でも、これも神代先輩と夢切りをして経験した人間として、別方向で命を弄んだ人間として、神代先輩も同じ末路を辿る可能性がある事実として、僕なりのケジメとあらゆる感情が混ざった滅茶苦茶で偽善的で紛れもない反社会的で悪質な提案だ。
「条件がある、今回霞の復活に失敗したら、再び時間を巻き戻し、エンデバーを破壊して二度とタイムリープを行わないこと。僕の家族に危害を加えないこと。僕は祭りに神代先輩と藤宮先輩、そして、笹内を祭りに誘う。神代先輩の思い出作りの為に」
「神代先輩が皆から忘れられない為にか?」
「ああ、そうだ。そして、花火が上がる時間七時まで、それまでは神代先輩たちと思い出作りをさせてくれ」
間違っていても、正しいと思ってやらないといけない事がある。そう思い込もうと必死に自分に言い聞かせてこう言った。
「花火が上がった時が合図だ。僕を辻本霞復活の為に殺す事を許可する」




