2話 ゴブリンの効率的な殺し方
治癒の恩恵を受けた後、俺はこのエルフ女たちとは別れた。
あのエルフたちは愉快だった。
気が合わない者同士で冒険によく出れるものだと感心する程だ。
「追われてきたから神経質になってたと思うの。わたしはテト。この子はユー…いひゃい痛い」
頬をつねられて悲鳴をあげる。
「馬鹿。自分から余計な事を言うな。口は火種の元だ」
ダークエルフはじっとりと睨みつけるが、恐らくチビエルフには伝わっていない。
冒険者は異邦者同士、手を組む事が多い。だが一時の付き合いでしかない。
自分の素をさらけだす事もないのだろう。
どんなに素直で根がいい奴も、この環境にいれば処世術なのか壊れていったのかはわからないが、
変わってしまう。
俺はエルフたちとは真逆の方向へ向かった。
どこへ行けばいいかはわからない。ダンジョンは人を迷わす。
ダンジョンは誘惑する、とはよくいったものだ。
単に方向がわからなくなるのだ。一面が同じ岩壁。広く、それでいて内部は複雑に狭く歪んでいる。
地面も水平ではない。空気の濃度が濃くなったり薄くなる。
ときどき聞こえる異音が精神を乱す。
遠くに緑色の動く影を見つけた。
それは徐々に大きくなる。こちらに近づいてくる。
ーーーゴブリンだ。
緑色の小さなモンスター。
周囲に視線をはしらせた。
(一匹だけーー???)
ゴブリンは町でも見かけるモンスターだ。
仕事の際に偶然、出会い戦った事がある。
ゴブリンは一般的な人間にとっては脅威だが、モンスターとしては貧弱だ。
だから5匹程度の集団をつくる。
(罠ーーではない?)
このモンスターははぐれたのだ。
丁度いい、と思った。
ゴブリンを捕まえ、喉元を潰した。
まずはこれで声が出ない。
ゴブリンは洞窟、民家に集落を作る。群れの大きさは場所による。
狭い場所を好み、協力し合って暮らす、社会性のあるモンスターだ。
人の道具を奪う。火を用いた調理。弱い子を的確に狙う、知性のあるモンスター。
最近は人のつくった料理の味を覚え、真似しようとしているとか。
前前から思っていた事がある。
今日は特に思った。
どうすれば返り血を浴びずに済むのだろうか、と。
捕まえたゴブリンの耳を掴む。
涙を浮かべた瞳の大きい大きな目。シミひとつない肌。
なのにどうして、こんなに気持ち悪いのだろうか。
嫌悪感を示すと、ゴブリンは本性を露わに、口の中の牙をむき出しにした。
(歯の数は右下5個、前歯下3本、一本欠けてるなぁ)
エルフたちと別れてからゴブリンは3度合った。体内時計では1刻も経っていないのに、だ。
(ゴブリンを効率的に殺すにはどうすればいいのだろう)
ダンジョンを出る。この腐ったドブ井戸の中から出る。
そのために何度、ゴブリンと対峙しなければならないのか。
(人だと…)
即死の場合は、首、喉、頭。
「首…どこ?」
ゴブリンの首の位置がわからない。人でいう顔と胴を繋ぐ円柱がないのだ。
だが頭と胴体を切り離せばいいということだろう。
ナイフを入れる。
このナイフはあのエルフの腿に装備してあったものをくすんだ物だ。
不用心だ。
だが、こういう不用心な間抜けが多いおかでげ、俺は賢く生きられる。
ゴブリンの顔と胴の間に刃を入れる。
分厚い肌は、レザーにできるほどだ。匂いがきつくなければ干してブーツにできた。
「骨に当たるな」
真ん中の2本の骨に阻まれて、切断しきれない。
キレた部分から、ねっとりとした液体が腐臭を放って垂れる。
ゴブリンは低く喉を鳴らしている。
気持ち悪いな、と思い、ゴブリンを遠くへ投げた。
ぺちゃり、とした音がした。
まだ息をしている。
モンスターはしぶとく死に切らないものだ。
次、ゴブリンを見つけたら、脳みそを潰してみよう。
弱ったモンスターはモンスターによって食べられる。
ーーという事を、この日の5度目のゴブリン対峙によって知った。
ゴブリンでさえゴブリンを喰らう。
ダンジョンを知れば知るほど、なぜこんな場所を冒険者は好むのか、わからなくなる。
もう1匹、ゴブリンを捕まえた。
こいつは生意気なことに、木の棒でなく、剣を持っている。
そして。
「…」
醜悪な口の周囲には、血の痕。肉を食べた後だ。
こいつの耳は欠けている。
ゴブリンを知るほどに、ゴブリンに皮肉な程の社会性を感じる。
ひとりで利益を得たものは仲間によって粛清される。
ゴブリンは本来、群れるものだが、単体だという事は、はぐれたかハブられたのだろう。
(俺も似たような者だけど)
あえてひとりを選んでいる。
ひとりのほうが気が楽だから。
ーーーほんとうに?
このダンジョン内では誰かと一緒にいたほうがいいのではないか。
たとえばーーー
ゴブリンの瞳には睫毛がない。
黄色い白濁とした目玉が黄色く光っている。
ダンジョン内はうす暗い。
俺は気配でモンスターを知れた。音、空気、視線。
ゴブリンは疎い。
数Mで俺を視認できた。視力が悪いのかもしれない。
モンスターは再生する。蜥蜴の尻尾のように。
腕と目、臓器と耳、皮膚と血。
ゴブリンを並べて、どれが一番、効果的か観察する。
少年は無意識に頭上を見上げた。
塞がった入り口に大きく嘆息をこぼした。
ダンジョンには出口が数か所ある。そのどれかは無事であればいいのだが…。
「すげぇなぁ、これ」
このすげぇ、は驚いた、という意味だ。
隣にいる中二病女は言う。
「同じ匂いがする」
「あんたは中二病。こいつは異常者」
この女とは先ほど会ったばかりだ。とにかく個性が強い。
「よくこんな醜いものを加虐できるわね」
ゴブリンの生首が5個並べられていた。
ひとつは目玉がえぐれ、ふたつめは首がえぐれ、みっつめは四肢を欠損し…。
ゴブリンが哀れに思えるほどだった。
ねぇ、見て。生きてる、ときゃらきゃらと声をあげた同行人を横目で見る。
おまえも同類だよ、と訂正したのだった。
ダンジョンが崩壊してから変な奴と会うなぁ。
ゴブリンが憎い気持ちはわかるけどな、と少年は口に出さずに思った。
なにせ、ここは第1階層 ゴブリンの深谷。




