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「アダム様、内密にご相談したいことが御座います」

 

 ヘレナがアダムと接触したのは、入学式から僅か数日のことだった。

 

「君は……。パーティの時の子か」

 

「はい、ヘレナ・ジェリーと申します」

 

 他者を拒絶しているアダムにとっても、ヘレナの存在は強烈だった。

 名前を聞けば、思い出す程度には。

 

「覚えている。それで、相談とは」

 

「……ここでは。どこか、二人きりになれるような場所などないでしょうか」

 

「すまない。私は婚約者のいる身だ。あらぬ噂を立てられたくはない」

 

 アダムに断られたヘレナは、眉間にしわを寄せて困ったような表情を浮かべる。

 口をもごもごと動かし、伝えるべきか伝えないべきか、迷っていた。

 

「こうして二人で話しているのも誤解を生む。用がなければ、これで失礼する」

 

 アダムが去って行こうとしたとき、ヘレナは周囲を急いで見渡し、誰もいないことを確認して決意する。

 

「私は、リーバリ村を襲った犯人を知っています!」

 

 ヘレナの言葉に、アダムは足を止め、振り向いた。

 

 リーバリ村の一件は、当然アダムも知っていた。

 村人全員が殺され、村一つ焼き払われ、未だ犯人の手掛かりがつかめていない迷宮入りの事件。

 ここ二十年で、エドナ王国史上、最も悲惨な事件とさえ言われている。

 アダムにとって、過去の事件であると同時に、喉に引っかかった小骨のようにむず痒さを感じる事件であった。

 

「……なぜ君が知っている?」

 

 当然の疑問に対し。

 

「私が、リーバリ村の生き残りだからです」

 

 ヘレナは単純明快な解を示した。

 

 アダムはしばし悩む。

 ヘレナの言葉は真実か。

 仮に真実であれば、リーバリ村の生き残りから得られる情報にどの程度の価値があるか。

 リーバリ村の事件を解決できる可能性と、婚約者であるミュリエルへの誤解を与える可能性を心の天秤にかける。

 天秤はぐらぐらと揺れ、正義感が天秤を傾けた。

 

「……学院に言って、多目的室を確保する。放課後に来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 アダムだけが待つ多目的室に、ヘレナが足を踏み入れる。

 

「お時間いただき、ありがとうございます」

 

「挨拶はいい。本題に入ってくれ」

 

 ぺこりと頭を下げるヘレナに、アダムは早々の進行を促す。

 アダムの中にある罪悪感がこの場から去らねばならないと叫び、正義感がヘレナの言葉を待つ。

 

「まず、私はリーバリ村の生き残りです」

 

「王国には、村人全員死亡との報告があったのだが」

 

「それは、私は私を死んだと思わせたまま、隠れて生きてきたからだと思います」

 

「どういうことだ?」

 

 ヘレナが、振り返る。

 リーバリ村の滅ぼされた日を。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 リーバリ村の誰もが、明日も太陽が昇り、新しい一日がやってくると疑わなかった。

 一日の疲れを癒しながら、明日への英気を養いながら、各々夜を過ごす。

 

 闇に沈み切った村の中、夢に落ちる村人たちは――。

 

「燃やし尽くせ!」

 

「ひゃっはー!」

 

 無数の声と。

 馬の足音と。

 炎の光によって。

 夢の世界から強制的に連れ戻された。

 

「ブルー!! ヘレナ!!」

 

「?」

 

「んー、なにー?」

 

 母の言葉でヘレナとジェリーは目を覚ます。

 母の顔は、今までにないほど慌てている。

 夜だというのに、窓の外から明かりが入り込み、祭りでもしているのかと思うほどに騒がしい。

 

「お母さん? なにこれ?」

 

「いいから! 逃げるわよ!」

 

「逃げる?」

 

「早く!!」

 

 何が何だかわからないまま、ジェリーとヘレナは両親に抱えられ、家の外へと連れ出された。

 髪はぼさぼさ、服は寝るためのボロ着。

 ヘレナはこんな格好で外へ出させるのかと抗議しようと思ったが、家を出た瞬間の光景を見て、考えが全て吹き飛んだ。

 

「なに……これ……?」

 

 リーバリ村は、炎に包まれていた。

 

「速くしろ! 火に気づいた兵がやってくる!」

 

「なあに、最寄りの監視塔のやつらは、サボって寝てる馬鹿ばっかだ。しばらく気づきゃしねえよ」

 

 村には見慣れない男たちが剣や斧を持って走り回り、同じく走り回る村人たちを容赦なく斬り殺していく。

 

 悲鳴と血飛沫が、村を染める。

 ここが地獄かと言われれば、誰もが肯定する、異常な光景。

 

「おーっと、どこに行く気だ?」

 

 村から逃げようとするヘレナたちの前にも、絶望は躊躇いなくやってくる。

 

「ぐっ……! お前たち、走れ!」

 

 現れた盗賊たちの前に父が立ち、母はそんな父の背中を泣きながら見つめ、しかしジェリーとヘレナの手を取り、村の外へと走った。

 

「逃がさねえよ」

 

 が、父は剣士でも何でもない。

 数十秒後には、息絶えた。

 

 母は女で、そのうえジェリーとヘレナの手を引いている。

 足の速さは、桁違い。

 父を殺した盗賊たちは、あっという間に三人に追いついた。

 

「なかなかいい女だな。殺す前にやっちますか?」

 

「馬鹿! 時間がねえ」

 

「いや、でもよぉ。こんな上玉」

 

「この仕事で得た金で、いくらでも買えばいいだろ! なんてったって、客は公爵家様らしいからな!」

 

「しゃーねえ仕事終わりまで我慢しますか……っと!」

 

 母の頭に斧が深々と刺さり、その場に倒れて息絶えた。

 残されたのは、ジェリーとヘレナ。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 ジェリーは、ヘレナを抱きしめる。

 ヘレナの顔を、自分のお腹へとぴったりくっつける。

 せめて、ヘレナがこれ以上この凄惨な光景を、見なくて済むように。

 

「ああ、可哀そうになぁ。こんな小さな子どもたちが……もう死んじまうなんてなぁ……。あの世で、パパとママに泣き言でも言うんだな!」

 

 斧が振り下ろされる。

 死の瞬間の、一秒前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェリーの魔法が覚醒した。

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