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 ミュリエルとヘレナが接触して以来、月に一回程度、二人は会っていた。

 

 ミュリエルの家に招く、といった露骨な方法ではない。

 たまたま廊下ですれ違い、何度か言葉を交わす程度。

 

 話題はもっぱら、ヘレナの話。

 ヘレナが、学問と魔法で、学年一位になった話。

 ヘレナにも数人友達ができ、昼休みは友達とご飯を食べている話。

 学院を卒業した後、どうするかの話。

 

「私は、まだ決めておりません。学院で研鑽を積んで、私のできることで王国のために働くことが、何よりの願いです」

 

「素晴らしいですね。私は、スロバリン家を継ぐことが決まっておりますので、夢に向かうヘレナさんが少々羨ましくもありますね」

 

 ただの、雑談。

 まるで同じクラスの友人同士の、ただの雑談。

 

(……まだ、完全に信用されているわけじゃねえってか?)

 

 雑談をしながらも、ミュリエルは内心で苛立ちが抑えきれなかった。

 無難で抽象的な返答だらけ。

 人の目があるせいもあるだろうが、ミュリエルの求める返答ではない。

 

 ミュリエルが求めるのは、たった一言。

 

 ――リーバリ村の真実を暴きたいから、協力してもらえませんか。

 

 その一言。

 ヘレナはわずか半年で、学院中の本という本を読みつくし、学院にある情報だけではリーバリ村の真実に辿り着けないと理解していた。

 だからこそ、次の方法を求めるタイミングなのだ。

 

 ミュリエルは、ヘレナに残された手は、王国の兵の調査部隊の協力または貴族の協力により、公にされていない情報を得ることだと考えていた。

 

 ただし、王国の兵の調査部隊の協力は、一魔法学院生徒では事実上不可能だ。

 不正に金を積めば可能性はあるが、平民の出で裕福でないヘレナには使えない。

 対し、貴族の協力であれば、魔法学院には履いて捨てるほど在籍している貴族が使える。

 まして、ヘレナの目の前には、リーバリ村を管轄していたスロバリン家の公爵令嬢ミュリエルがおり、定期的な交流もしている。

 ヘレナにとっては、協力者として理想的な相手ではある。

 

(まあ、こっちから協力を申し出るのも変な話だし、今まで通りお友達の距離を維持し続けるか)

 

 ミュリエルは、順調に物語を進めていた。

 主人公の代わりにアダムとのイベントを消化し、アダムの好感度は着実に上がっていた。

 ゲームをクリアした経験から言えば、このまま打つ手を間違えなければ、確実にアダムエンドを迎えられると感じていた。

 他の攻略対象とも、近づき過ぎず離れ過ぎずの距離感を維持している。

 貴族としての未来を考えた時、他の公爵家との関係は、良好に越したことはない。

 

 

 

 

 

 

 ミュリエルが見落としたとすれば、ヘレナが何故ミュリエルに協力を仰がなかったのか、その原因を突き詰めなかったこと。

 まだ信頼関係が築けていないから、の一言で片づけたこと。

 

 もしもヘレナが、入学から現在までずっと、協力者が必要だと考えていなければ、入学式後のパーティでミュリエルたちに接触などしてこなかったこと。

 

「ミュリエル様、その……」

 

 攻略対象フェリックス・アミアカの妹、フェイミルが、お忍びでミュリエルの家を訪れていた。

 挨拶もそこそこにミュリエルの部屋で二人きり。

 しかし、フェイミルは椅子に座って沈黙を続けるのみ。

 

(何しに来たんだ、この女?)

 

 ミュリエルは、そんなフェイミルを眺めていた。

 

「あ、あの……!」

 

 ようやく口を開いたときには、部屋に入ってから三十分は経過していた。

 カップに注いだ紅茶は、とっくに冷めている。

 

「なんでしょう、フェイミル様」

 

「アダム様のことで……」

 

「アダム様がどうかしました?」

 

 ミュリエルは、首をかしげる。

 ゲームでは、二年生の十月に、フェイミルがアダムのことを気にするシーンはない。

 

(ゲームで描かれなかっただけで、ミュリエルとフェイミルが接触する裏設定でもあったのか?)

 

 のんきに考えるミュリエルは、次のフェイミルの言葉に耳を疑う。

 

「その、最近、ヘレナさんと頻繁に会っているようで」

 

「…………え?」

 

「いえ、その、浮気とか、そういうのではないと思うのですが……。ただ、その、ヘレナさんが生徒会室に入っていくのを、何度も見かけたという声がありまして……」

 

「……そう……ですか」

 

 ミュリエルは、静かに目を閉じた。

 

(はああああ!? なんだそれ? 聞いてねえぞ! アダムから、何も聞いてねえ!!)

 

 ミュリエルが把握しているアダムの性格は、正義感が強い。

 婚約者がいる身で、他の異性と逢引きするなど、アダムにとっては最も嫌うことだ。

 

 つまり、フェイミルの言葉から見えるアダムの行動は、アダムの性格と真逆なのだ。

 

「いえ、すみません……。アダム様に限ってそんなことはないと信じでおりますし、ただの噂だとは思うのですが……。その……」

 

「いいえ、言いにくいことをありがとうございます、フェイミル様。私もアダム様がそのようなことをするとは思いません。きっと、何か理由があるのでしょう」

 

 

 

 フェイミルが去った後、ミュリエルは一人頭を悩ませる。

 口ではアダムを信じると言ったものの、ミュリエルはゲームのアダムを知っている。

 婚約者がいる一方で、主人公という存在に惹かれていくアダムを知っている。

 

 アダムが主人公に似たヘレナに惹かれる可能性は、ミュリエルの中でゼロではない。

 

(アダムが、ヘレナに惹かれ始めている? いや、そもそもアダムの感情が私から離れれば、アダムと話してる時に気づけたはずだ。そんな様子はなかった。そもそも、本当にヘレナと好意を持って会うなら、もっとバレねえように会うはずだ。そうしないってことはそれ以外の理由……。アダムの中に、密会を指摘されても堂々と言い返せる理由があるってことだ)

 

 ミュリエルは、部屋の中をぐるぐると回る。

 もしも自分がアダムの立場なら、どんな理由で密会を正当化するかを考える。

 

(いや、愚問だったな。恋心だの愛情だのがないんなら、ヘレナがアダムに接触する理由なんてリーバリ村の件以外にねえ。……ヘレナがアダムを、協力者に選んだってわけか。だとすれば、噂を知った私がアダムに詰め寄っても、アダムは正義の行いを理由に「やましいことはない。私を信じて欲しい」なんて言い放つに違いねえ)

 

 ミュリエルは、ヘレナがミュリエルを協力者としない理由にようやく思い至った。

 既に協力者がいたのであれば、ミュリエルをわざわざ引き込む必要もない。

 入学式のパーティで、ヘレナが本当に接触をしたかったのは、アダムだけだったというオチだ。

 

 スロバリン家の公爵令嬢より、王国の王子を選んだというわけだ。

 

(だが、仮にそうだとしても、アダムが私に話さないのは何故だ? リーバリ村の事件の調査を中心となって行ったのは、スロバリン家だ。アダムからスロバリン家に、つまり私に協力の要請が来てもおかしくはない。それがない理由……。ヘレナが、私との協力を拒んでいるから……?)

 

 ミュリエルの足がぴたりと止まる。

 そのまま、天井を仰ぐ。

 

(ヘレナは私を……容疑者だと考えている……?)

 

 

 

 以前から危惧していた。

 ミュリエルが持たずヘレナが持っている情報が、魔法学院にある情報と結びつくことで、リーバリ村の真相に近づいてしまうことに。

 

「ふふふ……」

 

 ミュリエルは――。

 

「あーっはっはっはっは!」

 

 笑った。

 

 そして確信した。

 ヘレナが、ミュリエルあるいはスロバリン家を、リーバリ村を襲撃した黒幕であると考えていると。

 証拠としては弱く、しかし可能性をもった何かを掴んでいると。

 

「あー、笑った笑った」

 

 

 

 

 

 

「こっちが優しくしてりゃあ、調子に乗りやがって……。なあ、ヘレナ?」

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