簒奪者の戦い③
「あなた本気で言ってるの? いいから帰還しなさい! 軍務違反になりますよ!」
“穴”から甲高い声が聞こえてくる。ベルハイムはそんな声に動じる様子もなく飄々としていた。「俺は大した人生は歩んできてないがよ、それでも死にたくなる瞬間はある。限定品を買うために並んでいたら目の前で売り切れた瞬間だ。あれはキツい。手に入ると思っていたものが指の隙間から零れ落ちるときの絶望は筆舌し難いものだ」
ベルハイムは何かを覚悟した表情のまま近くにあった樽を流剛鋼で持ち上げる。
「けど、それ以上に人を死に至らしめる感情は慚愧、後悔だな。もう少し早く並んでいれば。もっと遡れば、早起きしてりゃとか髪型なんか拘らずに早く出発してればとか、もうどうしようもねぇことばかり考えちまう」
ベルハイムは血で濡れた髪をかき上げながら樽に腰掛ける。
「だから後悔しないことにした。過ちも失敗も、後悔さえしなければそれはただの選択、事象へと成り下る」
「あなた、一体何を……」
“穴”の声を完全にシャットダウンし、意識を前方から迫りくる『暴掠』に集中させる。
「そう考えれば怖くねえ。もう逃げてたまるかよ。俺の罪からも、使命からも」
前方数百メートル先、ダイモンは悠然と触手を揺らめかせながら歩みを進めていた。そして鋭く眼光を尖らせるベルハイムを見つけると玩具を見つけた子供のように破顔する。
「あ、死んでない。まだ遊ぶ?」
ベルハイムは流剛鋼の衛星を大量に展開すると、徐ろに立ち上がった。
「ああ、お前も命賭けろよ」