9.入学式⑥
試合を終えた2人がステージから戻ってくる。
「2人共、お疲れ様」
「いや~、やっぱり負けるのは悔しいね」
ブランの言葉に、やりきったような清々しい表情を見せながら返事をする。
そんなニーナにミュウが温かな目を向けている。その光景は非常に微笑ましいものであった。
ニーナとブランが何やら2人で話始める。おそらく、試合のことでも話しているのだろう。
そう思ったセカイは、そっとミュウに近寄り、耳打ちをする。
(さっきの試合、どういうつもりだ?無駄に能力を使うだなんて、お前らしくもない)
(うん、そうだった、かも)
(そうだったかもって、お前……)
試合での行動理由を聞きたかったけど、ミュウには話す気がないらしい。
一見、素っ気ない態度に見えるが、これがいつも通りの態度だったりする。
だから……質問に答えてくれなくても、全然、悲しくない。ただ、こんなにも心が痛いのはなんでだろう。
「ちょっと、いいか?」
ニーナとの会話が終わったみたいで、ブランがミュウに話しかける。
「その、さっきの試合のことなんだが……あんな威力を出せる能力なんて、俺は1つしか知らないんだ」
あの試合を見た後だと、ミュウの能力を知りたくなるのは当然のことだ。
「もしかして、ミュウの能力って……」
この後を口にしていいのか、迷っているようで言い淀む。
「ん、わたしの能力は【水】」
「え!?1文字の能力って……“万能”じゃんっ、すごいねっ!」
ニーナが派手に驚く。
ミュウの能力名を聞いて、ニーナがここまではしゃいでいるのにも訳がある。
この世界では、能力名の文字数が少ないほど強いとされている。
魔力は能力によって使用することができ、能力名である文字によって使い道が示されている。逆にいえば、能力名によって魔力の使用できる範囲が縛られていると言える。
そのため、能力名の文字数が多ければ多いほど、より強く魔力の使い道に縛りを与えてしまう。
例えば、ミュウの【水】が【水玉】だったら、水玉関連の能力しか使えなくなってしまう。【水】なら解釈次第で水に関係するものを全て使うことができる。
1文字と2文字以上には明確な力関係が存在する。
そういう理由から、1文字の能力名のことを“万能”と呼んでいる。
この“万能”を持つ能力者は王国の長い歴史の中で、数人しか確認されていないと聞く。それだけ、ミュウの存在は希少だということだ。
「やっぱり、そうだったのか。実は、俺も同じ“万能”なんだ」
「えっ、ブランもなの?」
あれ、王国の長い歴史の中で数人って……。
こんな身近に2人も居ることなんてあるのか?
「ブランもだったなんて……私って凄い人たちと友達になれたんだ」
ニーナも知らなかったのか。てっきり、ブランが【減力】のことを知っていたから、2人で能力の情報を交換しているんだと思ってた。
…………。
じーっと、ニーナが僕のことを見つめてくる。その目は、やけに輝いていて、何かを期待しているかのようだった。
……やめろ、そんな目で見ないでくれ。僕は“万能”なんて輝かしいもの持っていないぞ!
「セカイは、万能じゃないよ?」
何を期待しているの?といった様子で、さらっと真実が告げられる。
この言い出しにくい空気の中、よく言ってくれたと褒めてやりたいところだけど、どうしてか馬鹿にされている感じがしてならない。
「そ、そうなんだ。私と一緒だねっ」
「ま、まぁ、なんか悪かったな」
なぜだか、2人とも目を合わせてくれない。
やめて、同情しないで。別になんとも思ってないから。
「うん、僕もニーナと一緒で良かったよ」
セカイは精一杯の笑顔をニーナに向けて言う。
……客観的に見ると、今の僕って情けないんだろうな。
「ね、もう行かないと」
「あっ、そうだった。それじゃ、私たちは先に行ってるねっ」
「ん?どこに行くんだ?」
そうだぞ、これから僕の勇姿を見てもらわないと。
「試合が終わった人は、クラスの発表を聞きに行くの」
「てことは、もうここには戻ってこないの?」
「うんっ。そのまま、部屋に荷物を置いて自由時間だって」
……まじか。
「クラス発表、緊張するなぁ」
「ミュウは当然として、ニーナもいいクラスになると思うけどね」
もう、すぐにでもいなくなりそうな雰囲気だったため、少しでもいい印象を与えるために足掻く。
「本当にっ?それじゃ、少しは期待してみようかなっ」
ニコリと笑う。
僕の言葉でも、少しは不安を解消できる力はあったのかな。そう思えるほど、素敵な笑顔だった。
別れの挨拶をして、早々に2人は去っていった。
さっきは、ニーナにあんなことを言ったけど、実際にはどうなるか分からない。
勝ち負けだけで評価されないというのはその通りだけど、結局は勝った者が目立ってしまうものだ。
どの力に重きを置いて見ているかで、クラス分けが決まってくる。
なるべく、ニーナと同じクラスになりたいセカイにとって、そこの見極めは非常に重要なものだった。
***
見渡す限り、席。
すでに、観覧席には誰も座っていなかった。
そう、僕たちは最後まで名前を呼ばれることがなかった。
待っている間、ずっと座っていて、腰が悲鳴を上げている。
あまりにも待ち時間が長くて、ブランが名前を書かない悪戯をしているんじゃないかって本気で疑ったほどだった。
そんなセカイ達は名前も呼ばれることなくステージ上に集まっていた。
対面にはブランが右手を腰に当てて立っている。
「セカイ、俺は全力で行くぞ」
「ははっ、お手柔らかに頼むよ」
……よし、この勝負、負けよう。
長い待ち時間で考えていたけど、この試合、本気でやる理由がどこにある。
対戦相手が“万能”の能力者……この状況、ニーナの時と同じ状況じゃないか。あの時の試合を再現すれば、ニーナと同じクラスになる可能性が高いはず。
しかも、観覧席に誰もいないってことは、僕の負けた姿を誰にも見られることはない。
なんて、最高の状況なんだ。長い時間、待たされた甲斐があったってもんだ。
思わず、笑みが溢れる。
全員の準備が整ったのを確認すると、女性が口元にマイクを持っていき、何十回目か分からない合図を出した。
「それでは、始め!」
これからの学校生活を左右する重要な試合が始まった。