21.出会い⑩
「あれ、セカイ君?こんなところでどうしたの?」
「ん…?え、に、ニーナ!?……いや、ニーナこそ、こんなところで何してるの?」
急なニーナの登場は、不意打ちで殴られた時のように上手く防ぐことができず、驚き慌てた対応を取ってしまった。しかし、そう短くもない期間、皮を被り続けてきたセカイにとって、すぐさま落ち着きを取り戻すことは容易だった。
こんなにも学校内で油断しきっていたのには、女子生徒に酷い対応をされていたことが関係していた。そんな心の荒んだセカイのフィルターは、親しげに話しかけてくれたニーナの存在が実際の何倍にも輝いて見えたことだろう。
「私は、ここで授業を受けてたんだ」
指を指した先は目の前の建物だった。
「あぁ、そうだったんだ。……僕は、そうだな、校内を見て回ってたんだ。意外と広くてさ、疲れたからちょっと休憩してたんだ」
「そうなの?じゃあ、私もっ」
そう言って、セカイの横に勢いよく座る。
突然の行動に驚きはしたが、さっきみたいに不意打ちを喰らったわけではなかったため、慌てるような醜態を晒すことはなかった。しかし、ニーナの服の乱れを直す行動一つ一つには、しっかりと目が奪われる。
「ニーナは、強化活動に参加しようって思ってる?」
このまま見ていると、気持ち悪いとか思われそうだったため、気を紛らわすためにも会話を始める。女子はこういう視線に敏感っぽいしな。そのせいで、何度ミュウに気持ち悪がられたことか。
「うん、そのつもりだよ。これから見学に行こうって、ここら辺で待ち合わせをしてるのっ」
「……待ち合わせって、クラスの友達と?」
「ううん、昨日、ブランと約束したの。…………あっ、えっとミュウちゃんも一緒ってことだからっ。えへへ、なんだか恥ずかしいな」
ブランのことが気になっていることをセカイが知っているからだろう、ブランの名前を口に出すとともに、頬を染めてぎこちない笑みを浮かべる。そんな初々しい様子に悔しそうな反応をするわけにもいかず、かと言って茶化すほどの仲でもなかったため、愛想笑いを浮かべて場を流すことしかできなかった。
「はは、そうなんだ。……まぁ、僕としてはミュウと仲良くしてくれているみたいで嬉しいよ」
「え、う、うん。でも、私が仲良くしているんじゃなくて、仲良くしてもらってるんだけどね。……あ、そうだ、セカイ君も一緒に見学に行かない?」
それは、願ってもないお誘いだ。ぜひ、一緒に見学させてもらおう、とはならなかった。学校に入って、ミュウが友達と行動を共にしている。そのことを思うと、僕が変にミュウの周りにいることは無粋ではないかと感じた。
「とても魅力的な誘いではあるんだけど、今回は遠慮させてもらうよ」
「そうか、それは残念っ。何か用事でもあるの?」
「まぁ、用事ってほどでもないんだけどね。……そうだ、確かミュウ達とここら辺で待ち合わせって言ってたよね」
「うんっ、それがどうしたの?」
「なら、お願いがあるんだけど、みんなが来るまでここにいさせてもらってもいいかな」
「え?元々、セカイ君が座ってる場所にお邪魔したんだし、むしろ話に付き合ってくれてありがたいくらいだよっ」
「そう言ってくれるなら嬉しいよ」
さてと、ニーナが僕との時間を望んでくれているようだし、できる限り暇な時間を過ごさせたくはないな。そう思った時、視野が広くなったのかニーナの胸ポケット辺りに光るものが目に入った。決して、豊満な胸を欲望のまま凝視していたというわけではない。
これって、話しかけた上級生がつけていたような記憶があるな。
「ねぇ、それって……」
「あ、これ?」
セカイの視線に気づいて、胸ポケットについている黄色のバッチをとって見せる。制服の紋章と同じデザインが彫られていた。
「これは、校章なんだって。確か先生の話だと、AとBクラスが黄色でCとDクラスに白色を配っているって言ってたよ」
「あぁ、だからか」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
あんな対応をされたのも、この校章のせいだったのか。ニーナが僕に対して友好的な態度をとっているところを見ると、一年生の間で差別的な意識は広まっていないと考えるべきだろう。となれば、これからそういった意識が植え付けられる出来事が起こるかもしれない。なおさら、昇格を目指さないといけなくなった。
***
あれから、ニーナのことを楽しませたとは言えないものの、退屈な時間を過ごさせないように会話を続けていた。内容としては、反応が良かったミュウの話題がほとんどだった。本当に助けられたと心の中で感謝を言っておいた。
「あっ!ミュウちゃん達だよっ」
そう言って、ベンチから立ち上がり、セカイから離れていく。
隣が空いたのか、充実した時間が終わったからなのか、顔に当たる冷たい風が妙に鬱陶しく感じた。
「あれ、どうしたの?早く行こうよっ!」
このままブランの元に向かうと思っていたニーナが振り返り、手招きをする。その姿をみて、ベンチから立ち上がると、軽い足取りで近づいた。
「おーい、みんなー!」
周囲をキョロキョロしていたブラン達は声が聞こえたことで、ニーナに気づいた。「お、そこにいたのか」とこっちに向かってくるブランは隣にいるセカイの存在に怪訝な表情を浮かべて立ち止まる。それは、ミュウも同じようで「何してるの?」とでも言いたそうな顔で見ていた。
昨日の別れ際の会話を考えれば、そんな顔になるのも納得がいく。だけど、僕だって望んでニーナと会ったわけではない。まぁ、幸運だとは思ってるけど。
ミュウから顔を背けて、もう一人に目を向ける。リボンの色から見て、同級生か。ボリュームのある水色の癖っ毛を片側で結んだサイドテールにしていて、控えめな体つきと合わせて幼い雰囲気が感じられる。
ブラン……お前、こんな可愛い子と知り合いになったのか。
「どうしてセカイが?」
「ブラン達のことを待っている時にたまたま出会って、話に付き合ってもらってたんだ」
ブランは、僕がニーナと一緒にいたことに驚いていたようだったけど、待ち合わせ中に偶然出会ったことを知らされると、納得した様子で距離を縮めてきた。
「2人で待っていたってことは、セカイも俺らと見学に行くってことか?」
「それが、セカイ君はやることがあるんだって」
「あ、あぁ、そうだった。聞きたいことがあるんだ。Aクラスの2人……えっと、3人になるのかな?」
多分だけど、この水髪少女もAクラスなんだろう。知らん顔でミュウとブランの2人に聞けばいいんだろうけど、一応、この集まりに参加させてもらっている身、無視することにいい顔はされない、はずだ。
……そう!僕はトラブルを回避するための行動をしただけだ。可愛い女の子と顔見知りになっておきたいとかいう気持ちもあった、かも、しれない。だとしても、米粒くらいなもんだ。目的があるとはいえ、欲望だけで生きてるなんて思われたくない。
だから、ミュウ……そんなドン引きした目で見るな。ったく、僕が積極的に行動するとこうだ。目的を知っているんだから、大目に見てくれよ。
セカイの視線が自分に向けられていることに、私じゃないよね、といった顔でここにいる全員の顔を琥珀色の瞳がゆっくりと流し見ていく。その目から、救援信号を感じ取ったブランが水髪少女の一歩前に出る。
「ニーナにも紹介しておかないとな。この子の名前はアーネって言うんだが、別にセカイのことを無視しているというわけではなくてな、ただ人と接するのが苦手なだけなんだ。アーネのためにも理解してもらえると助かる」
「そうなんだ、私はニーナ、よろしくねっ」
ニーナは刺激を与えないように、いつもより声量を抑えて挨拶をする。その挨拶にペコリと控えめに頭を下げた。
苦手というのならば、無理に親しくなろうとするのは逆効果になりかねないと、目を合わせ軽く頭を下げる程度で話題を変えようとアーネのことを一瞥する。一瞬目が合うと、不安そうな顔つきでゆっくりと足を前へ進めた。みんなはアーネのしようとしていることを見守っている。そのまま距離は縮まっていき、ブランの横にまでくると立ち止まった。
目は合わないが、体はセカイに向いている。この状態のまま一呼吸ほどの時間が経過すると、まるで動かない体を力づくで無理矢理動かしたかのようなぎこちなくも勢いのあるお辞儀を披露した。
「え、えぇと。あ、あの、あの……アーネって、い、いい、ます。よ、よろしくお願いします!」
ブランの言う通りだと、おそらく挨拶すら出来ないほどの人見知りのように聞こえていたんだけどな。あの場面、この子が何もしなくても乗り切れていたはずだ。それをわざわざ挨拶に来てくれるなんて、この子にとって簡単な決断ではなかったことだろう。ここは、気持ちに応えるという意味でも丁寧に挨拶を返さないとな。
よく頑張ったねという気持ちを伝えるため、目を合わせられる位置にまで腰を落とす。予想はしていたことだが、アーネがセカイの目を見ることはなかった。だとしても、警戒するようにチラッと視界に入れようとしていることは分かっていた。警戒を解かせるという意味でも、氷を溶かす太陽の包み込むような温もりのある笑顔を意識した。
「僕の名前はセカイ、アーネ、これからよろしくね」
あれ、全くこっちを見てくれないな。いつまでこの笑顔を維持させるつもりなんだ。……なんか辛くなってきたな。頼む、早くこっちを見てくれ。お、今、見たぞ。
セカイとしては優しい印象を与えたかっただけのため、チラッとでも視界に映れば良かった。しかし、一度セカイの顔を見たアーネは綺麗な二度見をすると、まるで化け物を見たかのような、おおよそ同じ人間に向けてはならない驚愕の表情をすると、脱兎のごとく逃げ出してブランの背中に隠れてしまった。
そ、そんな露骨な態度で……?くっ、痛い。心に刃物が突き刺されたような感覚だ。人と接するのが苦手だというのなら、どうしてブランの陰に隠れるんだ。どうせ、こいつと出会ったのだって数時間前のはずだろう。やっぱ、あれか、顔なのか?Aクラスに“万能”、イケメンとこの学校で求められるスペックが最上位クラスなのだから、好意的に思われない方が難しいって、そういうことか?
「それで、聞きたいことってのはなんだよ」
「あぁ、ごめんね、時間を取らせちゃって。ちょっと人捜しをしていてさ。その捜している生徒がAクラスにいるはずだから、聞いてみようと思ってさ」
「人捜し?名前は?」
ここまで一言も話さず、周りの様子を伺っていたミュウがここにきて会話に参加してきた。どうせ、また相談もなく勝手に行動していることが気に食わないのだろう。それもそうか、以前はまんまと失敗したわけだしな。だけど、今回の人捜しは学校の件とは関係のないことだ。
「名前は、ミツネっていう男子生徒なんだけど分かるかな」
Aクラスの全員に聞いているという意味で、それぞれの目を見て尋ねる。ブランの後ろで顔の見えないアーネの目を見ることは出来なかった。
「ミツネ?……わからない」
「俺も分からないな。なぁ、アーネは聞いたことあるか?」
「えっと……そ、その、ちょっとお手洗いに行ってきます!」
大声で便所へ行くことを宣言し、周りの反応を待つことなく走り出した。
そんな様子を見て、……あんなに急ぐってことは、余程我慢してたんだろうなぁ、なんて呑気なことを思えるはずがなかった。このタイミングで抜ける理由なんてのは、セカイのことを避けたくらいしか考えられない。
そこまで僕の笑顔はアーネに嫌悪感を植え付けてしまったのか。あんなに鏡の前で練習したっていうのに。
「はは、嫌われちゃったかな」
ちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、乾いた笑いをされ哀れみの目がセカイに集中した。
そこは、否定してもらいたかったんだけどな。
「で、そのミツネは、どんな見た目なの?」
「ん?……そうだなぁ、幼い感じの見た目をしていたな。髪は黒で……うーん、あ、そうそう、瞳も黒かったな」
「それだけ?」
「うん、そうだけど」
Aクラスの2人は少ない情報の中で該当する人物がいないか、記憶の中を探っている。しかし、2人共思い当たる人物はいなかったようで、ミュウは首を横に振って伝えてくる。
「そんな見た目のやつどこにでもいそうだからなぁ、ま、そのミツネってのがAクラスなら授業とかで出会うかもしれないしな、もし見つけたら知らせてやる」
「私もクラスは違うけど、捜してみるねっ」
まぁ、あの見た目だしな。目立つような行動をとる性格でもないし、知らないと言われるのは納得できる。むしろ、知っていると言われた方が不思議に思えた。ここは、協力してくれたことに感謝するべきだ。それに、ミツネを見つけたら報告してくれる協力者を得ることができたのだから、話しかけて得るものは十分にあった。
「それは助かるよ。この後、予定があるみたいなのに申し訳ないんだけど、最後にAクラスの講義棟だけ教えてもらえないかな」
「なら、これあげる」
「ちょっと待ってて」と一言付け加えると、背負っていたリュックを下ろして中から紙を取り出す。その紙をセカイに突き出した。
「これは?」
「見ればわかる」
2つ折りにされている紙を広げて、内容を確認する。その紙には、セカイの見ていた強化活動案内図なんかよりも学校のことが詳しく説明されている校内図が描かれていた。
まじか、Aクラスにもなるとここまで立派なものがもらえるんだ。こんな図一つにすら、実力主義が影響しているということか。今日一日だけでも、実力の低い生徒がこの学校で暮らしていくことがどれくらい難しいことなのかがよく分かった。
「こんなもの貰ってありがたいんだけどさ、これ、僕が貰っても大丈夫なのか?」
この校内図がAクラスにしか配られていないものだとしたら、Eクラスであるセカイに渡すことは学校の制度に違反していることになる。そのことを危惧したセカイは、周りに聞こえないようミュウに近寄って確認をとる。
「ん、何が?」
「いや、だからこれってAクラスでしかもらえないもんだろ?なら、僕が貰うのは……」
「全員、もらえるよ」
「そんなはずないだろ。僕は貰ってないんだ」
「だから今、渡した」
「は?」
「それがセカイの。家から両方持ってきちゃった」
「持ってきちゃった、って。……つまり、入学前に届いていた校内図を間違えて2枚とも自分のカバンの中に入れたってことか?」
「そう」
てことは、さっきまでの僕の苦労は?全部、無駄だったってことか?
場所を尋ねたせいで起こった酷い出来事のことを思うと、その元凶になったミュウのことを怒る気力も湧かなかった。




