二十七
「薄氷の姫君が……?」
「まさか、そんな!」
「なんということだっ」
驚きに満ちた声があちこちから上がった。
信じられないという面持ちで姫君を凝視するが、奇姫だった頃の面影を見つけ出せない彼らは首を振った。
中でも、トルトック子爵たちの驚愕は彼らを上回っていた。
リラン姫があの美しい姫君? そんな馬鹿な……と打ちのめされるトルトック子爵と、専属騎士を失った上に、散々ばかにしていた奇姫の隠されていた美貌を目の当たりにしたトルトック子爵の妹は、茫然自失だった。
なにより、リランを毛嫌いしていると思われた国王とセルリックが、あんなにも深い愛情を注いでいるのだ。
「どういうことです? 第二王女は嫌われ者のはずでは……」
「だが、見ろ。陛下のお顔を。あんなに晴れやかな表情は見たことがない」
「ああ、どうしましょう。思い違いをしていたのなら、大変なことですわ。わたくしたち、奇姫……いえ、リラン姫を……」
「こうしてはいられない。誤解を解かなければ。私は、前々からリラン姫に好意的だったのだ。ティナリーゼ姫の影に隠れて、どんなに可哀想に思っていたか」
「わたくしもよ! 斬新さが目を引いて……ええ、わかっていましたよ。わたくしはちゃぁんと本質を見抜いていましたわ」
掌を返したようにトルトック子爵たちの取り巻きがリランを讃えはじめた。
そして、まるでリランの悪口を言ったのは、トルトック子爵たちのせいだとばかりに睨みつけた取り巻きは、足早に離れていった。
「まあ、可哀想に……」
「陛下のお心を読めずに、リラン姫を手ひどく扱われたんですもの。未来はないでしょうね」
「いい気味よ。たいした家柄ではないのに、虚栄心ばかり強くて」
「トルトック子爵も口先だけで、面白味のない男だったわね」
くすくすと扇を広げながら囁かれる声は、二人にも届いていた。
周囲から人がいなくなり、取り残された状態となった。
「お、お兄様、行きましょ」
「……っ、そうだな」
分が悪いと悟った二人は、そそくさと宮殿を後にしたのだった。
「見てご覧よ、悪さをしていた奴らがしっぽを巻いて逃げていくよ」
「セル兄様……」
咎めるように名を呼んだリランは、繊細な眉をそっと寄せた。
「なんだい、本当のことだろう? だいたい、ボクはまだ認めていないからね。いくら兄上のご命令とはいえ、コイツが専属騎士なんて」
不満げな様子を隠そうともしないセルリックは、我が物顔で控えているユーシックを睨めつけた。
「……諦めの悪い方ですね」
ユーシックは呆れたように言った。
「当たり前だろ。まだ正式には専属騎士となっていないんだから、ボクにも好機はあるはずでしょ」
「ありませんよ、そんなもの」
けんもほろろに一刀両断したユーシック。
リランは思わず笑ってしまった。
案外に二人は仲がいいのかもしれない。
「リラン、なにを悠長に……。そなたに挨拶をしたいという者が列をなしておるぞ。今宵はそなたの晴れ舞台。主役はそなたぞ」
「は、はい」
リランは弾かれたように立ち上がった。
「頑張りな、リラン。馬鹿にしてきた貴族どもの鼻を明かしてやれ」
「まあ、セル兄様。……ありがとう」
まさか礼を言われると思っていなかったのか、虚を突かれたような顔をしたセルリックは、照れたようにそっぽを向いた。
それからリランは立ち替わり現れる貴族の相手に大忙しだった。
祝いの言葉とともにリランの美しさを賛美する声は、途切れることがなかった。
しばらくすると、アルヴァンス一世が休憩を勧めてきた。
リランが疲れを見せ始めたのに気づいたのだろう。群がる人たちは、一向に減る気配がなかった。
(アル兄様ったら……)
目ざとい兄に脱帽した。
リランが最初に頼ったのもアルヴァンス一世であった。
自分が変わることを望み、けれどなにをしたらよいのかわからず飛びついた先に、彼がいた。
こうして一人前の姫君となれたのも、アルヴァンス一世のおかげだ。
いや、彼だけではない。
セルリックやティナ、そして周りの者たちに支えられて、今の自分がいるのだ。




