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奇姫  作者: 桜ノ宮
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二十六

「わたくしは、あなた以外の専属騎士はいりません」


 そう宣言した姫君に、静まり返っていた場内がざわめきだした。

 だれもかれもが困惑していた。

 けれど姫君はかまわず続けた。


「わたくしを想ってくれた専属騎士をわたくしの手で葬ってしまったのですから……。わたくしに、専属騎士を選ぶ権利はないでしょう」

「――けれど、それは慣例に反することです」


 ユーシックは静かに口を開いた。

 淡々とした物言いに、感情などこめられていなかったが、姫君は話しかけられたことが嬉しくて、笑みを零した。


「ふふっ、わたくしは元より、変わり者です。専属騎士のない姫がいても面白いでしょう」

「陛下はお許しになられましたか?」

「陛下は関係ないわ」


 姫君の言葉遣いがほんの少し砕けた。

 言いたいことを伝え終えて緊張が解けたのか、まとっていた空気が柔らかくなる。


「ちょ……、あんたたち、なに言ってるの? あんたがちょっとばっかり有名人だからって、あたしの許可なく、あたしの専属騎士に声をかけないでちょうだい!」


 展開についていけず呆然としていたトルトック子爵の妹は、かな切り声を上げた。

 わざとらしく「あたしの」と強調され、姫君は寂しそうに微笑んだ。

 朝露に濡れた花のように、みずみずしくも儚げな姿は、憐憫を起こさせた。知らず、トルトック子爵の妹に批判の目が向けられると、それに気づいた彼女は、あたしは悪くないとわめいた。


 言葉遣いは悪いが、正論だ。

 主人持ちの専属騎士に言い寄るほうが礼儀に欠ける。専属騎士に話しかけるのならば、まず主人の許可を得るのが先決なのだから。

 しかし、しゅんと項垂れた姫君の可哀想な姿に胸を痛めている貴族に正論など通じるはずもない。

 剣呑な雰囲気を察した姫君は、これ以上、場の空気を乱さないために言った。


「もう、戻ります。騒ぎ立ててごめんなさい。あなたにどうしても伝えたかったのです」

「そうよ。あんたが悪いんだから、さっさと帰りなさいよ!」


 分が悪くなっていることに気づいていないのか、トルトック子爵の妹は間髪入れずにそう叫んだ。

 辛そうに眉を寄せた姫君がそのまま身を翻そうとしたそのとき――。


「私が、必要ですか?」

「……っ」


 姫君は、今聞いた言葉が信じられないとばかりにユーシックを凝視した。

 唇がわななき、うまく言葉にできなかった。代わりに、必死に頷くと、ユーシックの顔にようやく感情が浮かんだ。

 あふれ出す激情を涼やかな双眸の中に隠した彼は、愛おしげに姫君を見つめ、告げた。


「では、私を貴女の専属騎士にして下さい」

「!」


 姫君は、目を丸くした。

 なにを言っているのだろう?

 固まっている姫君との距離を縮めたユーシックは、その場で片膝を突き、そっと白く小さな手を恭しく取った。そのまま、永遠の忠誠を誓うようにゆっくりと手の甲に唇を落とした。

 それはまるで、生きた絵画を見ているようでもあった。


 銀と漆黒。


 妖精と騎士。


 美しい対比に、周囲から感嘆としたため息がこぼれ落ちる。

 だれもかれもが感動的な場面に見惚れ、うっとりとする中、ただ一人、声を荒らげる人物がいた。


「なに言ってるの! あんたはあたしの専属騎士でしょ! そんな勝手、許されるわけがないわ」


 いい雰囲気に水を差したのはトルトック子爵の妹であった。

 確かに、ユーシックがいくら望んだところで、事実が覆ることはない。

 そこへ、威厳のある声が響き渡った。


「余は、まだ申請書に判を押していない。よって、専属騎士としての誓約は不成立とする。正式に書面を交わしていないなら、だれを主人に選ぼうと自由だ。練習試合に勝利したそこの者には、その権利を与えられている」


 アルヴァンス一世がそう告げると、逆上したトルトック子爵の妹が声を上げるのを遮るように、歓声が響き渡った。


「陛下はこのことをご存じだったのだろうか。さすが賢王と名高きお方だ」

「お似合いの姫と騎士ですわね」

「わたくし、以前からハルバート家にはもったいないと思っておりましたの。身分不相応というものですわ」


 嬉々として語る彼らに、国王が言った。


「今宵、みなを集めたのはほかでもない。第二王女リランの披露目の儀を執り行うからだ」


 初耳だとばかりに、会場がざわめいた。事前に通知されると思っていたからだ。

 この晴れやかな場に、またどんな変わった姿で現れるのかと、ある者は興味深げに周囲を見渡し、またある者は苦々しい顔で視線を下げた。

 姫君を歓待したときとはまるきり違う反応であった。


 けれど。


 リラン、と国王が呼んだ瞬間、歩き出した人物を見た彼らの顔は、それは酷かった。

 ざっと血の気が引いた顔で、呆然と、愕然と、それを見ていた。


「余の可愛い妹をようやく公の場に出すことができたことを嬉しく思う」

「陛下……」


 リラン、と呼ばれた人物は、わずかに瞳を潤ませた。

 月光を閉じこめたような美しい髪を小さく揺らしながら、ゆっくりと国王の元へ歩いていく。

 その後ろを専属騎士として認められたユーシックが堂々と付き従った。


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