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奇姫  作者: 桜ノ宮
18/33

十八

 柔らかな陽射しが降り注ぐ中庭は、多くの招待客で賑わっていた。

 内輪という話だったが、百人を越すような大人数だ。

 人々が集まる中心にいるのは、トルトック子爵の妹だろうか。


「アーリー」


 トルトック子爵が声をかけると、人の波が割れた。

 そこから姿を見せたのは、ほっそりとした儚げな美少女であった。

 その後ろには、ユーシックが控えていた。彼のお披露目も兼ねているのか、ほかの淑女の専属騎士は別の部屋に待機しているというのに、彼は主人に付き添っていた。


(ユーシック、元気そう……)


 リランはホッとした。


「お兄様――――」


 振り返った少女は、リランに目をとめると大きく目を開いた。

 あまりの美しさに言葉も出ないらしい。

 先ほどまでの動揺を押し殺し、にっこりと微笑むと周囲がざわめいた。

 奇姫だ、とさざ波のように広がっていく。

 王女の登場に、招待客の大半がおざなりに頭を下げる中、少女はつんと顎を上げた。


「嫌だ、お兄様。本当に招待なさったの? 来ないって言っていたじゃない」

「くくっ、賭けは、俺の勝ちだ」

「もうっ、お兄様の一人勝ちじゃない」


 愛らしい顔を怒りに染めた少女は、悔しげに地団駄を踏んだ。


「ロディアス、様……?」


 なにやら雲行きの怪しい様子に、リランは戸惑った。

 妹を紹介してくれるのではなかったのだろうか?

 不安げに名を呼ぶと、トルトック子爵の唇が奇妙に歪んだ。


「ああ、あなたのおかげですよ」

「え?」

「俺はずいぶんと儲けさせてもらった」


 その言葉に、周囲から笑い声が起こった。

 その中には、リランの見たことのあるトルトック子爵の友人の姿もあった。

 にやにやと品のない笑みを浮かべる彼らは、成り行きを愉しんでいるようだった。


「まだ、わからないんですか?」


 トルトック子爵は、喉の奥でおかしそうに嗤った。


「賭けていたんですよ、あなたで」

「!」

「あなたを俺に惚れさせるのは、赤子の首を捻るよりも簡単でしたよ。妹のために、専属騎士も手に入ったことだし、あなたはもう用済みですね」


 柔らかく微笑んでいるのに、その口から出てくるのは残酷な言葉ばかりだった。

 何が起こったのか理解できず呆然とするリランに追い打ちをかけるように、少女が言った。


「そんな醜いなりで、お兄様に愛されてるって本当に思っていたの? 信じられない。あなたを愛する人間なんてこの世にはいないわよ。自分の顔を鏡でみたことある? 化け物みたい。服の趣味も最低最悪。あたし、あなたみたいな人ってはじめて見たわ。王家に生まれてよかったわね。まだ、権力に屈して膝を折る人もいるし――ユーシックのように」


 少女は、ユーシックの腕に手を絡めると、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あなたの取り柄って血だけなのよ。でも、ユーシックはもうあたしのもの。これだけはあなたに感謝してもいいわね。あなたが捨てたから、ユーシックはあたしのものになったんだもの。ユーシックの横に並んでこそ、あたしはよりいっそう輝くのよ。あなたじゃ単なる引き立て役よ」


 辛辣な言葉の数々は、リランの心臓に一つ一つ突き刺さった。


 嗤っている。

 みんなが嗤っているのだ。


 とどめとばかりに、トルトック子爵が懐から細長い紙を取り出した。

 それを凝視するリランの目の前で、トルトック子爵は押し花を切り刻んで捨てた。

 トルトック子爵に贈った押し花は、無惨にも床へと散らばった。

 あまりのことにふらりとよろけるリランを支える者などだれもいなかった。

 思わず、リランはユーシックを縋るように見つめたが、返ってくるのは冷たい視線だった。


「……ぁ」


 体が震えた。

 足先から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。

 だれも味方はいない。

 みんなこの余興を愉しんでいるのだ。

 押し花と同じように心を引き裂かれたリランは、泣くのを堪えるようにきゅっと唇を引き結ぶと身を翻した。

 涙は見せたくなかった。


「おいおい、いいのかよ。あれでも王家の一員だぜ?」

「馬鹿、知らないのかよ。陛下もオルヴァント公も、リラン姫を疎んでるらしい。褒められる行為ではないにしろ、責められるはずないだろ」

「陛下もおかわいそうですわ。末姫の評判は、わたしの耳にも届きますのに、奇姫の噂ときたら……」

「奇姫も普通の娘ということですわね。トルトック子爵の魅力に抗える者などおりませんもの」


 毒を含んだ会話もリランには届かなかった。

 今は、この場を飛び出すことしか考えられなかった。


「姫様? いったい、何が……?」


 控えの間で待っていたダーニャがすっ飛んでくる。

 中庭のただならぬ様子に気づいたのだろう。

 彼女は、わけがわからずおろおろしていた。


「わたしが、いけないの」

「姫様……?」

「兄様の忠告も無視して……自業自得ね」


 堪えていた涙が一筋、頬を伝った。

 なにか辛い思いをしたのだと感じ取ったダーニャから血の気が引いていた。


「あ……そんな、どうしましょう……」


 ひゅっと息を呑んだダーニャは、体を震わせた。


「わたくしのせいで、あぁ……」

「ダー、ニャ……?」

「も、申し訳ありません。……申し訳ありません、姫様」


 ダーニャは顔を歪めると、驚くリランに向かって何度も謝ったのだった。

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