幸せな死に辿りつくことが出来たなら
今日は女の子が家にやってきた。絵画教室で私が絵を教えている生徒の一人だ。なんでも、片思いの男の子に絵をプレゼントしたいのだという。最近の若者にしてはなかなか渋いチョイスな気がするが、話を聞くと相手の子もその子と同じく美術部に所属している絵描きとのことだった。なかなかロマンチックな話だな。彼女の恋愛が上手くいくことを祈るばかりだ。
どんな絵を描いたらいいか、と聞かれたので、相手の肖像画でも描いてみたらどうか、と提案。同じ部活なのだしモデルになってもらうのは容易いはずだし、なんなら写真を撮らせてもらうでもいい。なかなか妥当な線だと思うが……当の彼女はものすごい恥ずかしがり屋なのではたして成功するのか不安なところだ。がんばれ少女。
帰り際、先生も恋ってしたことあるんですか? と聞かれた。私は何と答えたのだっけか……適当に茶化したような気もするな。まあ、それは別にいいのだ、どっちでも。たぶん私は、もっと大切なものをすでに知っているからな。
それが何なのかは……うん、ここには書かない。書いてなくても、彼にはどうせ分かるだろう。忘れるくらいならその程度だ。残念ながら、私は忘れる気はないがな。
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この日記を書き始めた理由の一つ。今なら書いておくのも悪くないかもしれない。
私が死んだあと、この日記を君に読んでもらうためだ。
遅かれ早かれいつか私は死ぬ。それもきっと、君よりも早く。その時君にこの日記を読んでほしい。それが、私が日記を書く一番の理由だ。
私には過去を慈しむという感覚がわからない。この世を去ることに大した未練もない。あるとしたら君のことだけ。だから私は、君にこの日記を託したいと思う。
私が死んだら、きっと君は泣くだろう。予感だ。でもきっとそうなる。
君が死にかけたあの時、君が話してくれたことを聞いて、わかった。君は私のことが本当に好きで、私も君のことが大好きなんだ。君が死んだら私は泣く。間違いなくだ。予感じゃない。
私は君に恋をしているんだ。
死んでほしくない、そんなことを思ったのはあれが初めてだった。
過去を決して忘れない。いつまでも戦い続ける。それが君だ。私には出来ない、私が持ってないものを、君は持っている。それは経験じゃない。記憶でもない。それは君自身で、君の信念に他ならない。私は、世界で一番すごい人なんかじゃないよ。手の届かない存在でもない。君が手を伸ばしてくれたから、私も君の手が掴めた。上とか下とかじゃないんだ。私にとっての君は……
駄目だな。綺麗な言葉を使おうとすると、上手く気持ちが伝えられない。
簡単なことだ。私を忘れないでほしい。
君が君を忘れないように、私のことも忘れないでほしい。
そのために、君にこの日記を託したい。私が生きてきた証。この日記の中に、きっと私は生きているはずだから。
それだけだ。私が本当に伝えたいこと。
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いつか私が、幸せな死に辿りつくことが出来たなら、
一度だけでいい。私の記憶につまづいて、転んでくれ。
そうしたら、すべてわかる。
私のことも、君のことも、
生きることも、死ぬことも、
この気持ち悪い世界のことも。
私の言葉だ。
信じて。




