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極めて楽観的に、彼女は死を考える。  作者: 暇 隣人
死ぬまでにしたい幾つかのこと
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その3、夏祭り






「着物はいい。実に素晴らしい」


「……何を理由に、そんな絶賛してるのさ?」


「それはもう、君の着物姿がとても良いからに決まっているだろう。この雰囲気、厳かでありながら穏やかな奥ゆかしさまでも兼ね備えている。大変和風で雅な容貌だな」


「とりあえず古語っぽい単語使ってればなんとかなるってもんじゃないから」


「しかし着物が君にぴったりなことには変わりない。こういうのをなんと言うんだったかな……そう、もののあはれ」


「違うわ」


「まあ、何はともあれ、綺麗だな。今宵の君は」


「……そりゃどーも」


「願わくば去年も見たかったものだ。去年は結局いろいろあって、祭りにすら行かなかったしな」


「あーそういえば……まあ、あの時はね。もっと別のことで頭がいっぱいだったから」


「そうだ。あれからずいぶんと焦らされたな。正直秋ごろにはもうテンションがどん底まで落ちていたぞ……」


「まーねぇ……ゴールがすぐそこに見えると思ったら蜃気楼でしたってパターンだったもんね……」


「たしかにいろいろとデリケートな問題があるのはわかる。一か月程度で承認されないというのも当然わかってはいた。しかしまさか、一年間も待たされるとは思わなかった。少しは腹も立つ」


「まあまあ……むしろたった一年でここまで来たことの方がすごいんだからさ」


「そうだな。S・S氏には、本当に感謝している……。彼女は私の、私たちの夢を叶えてくれた。本当にいくら感謝しても足りないくらいだ」


「……それを本人に伝えられないのが、残念だね」


「ああ……だがそれもしょうがない。彼女が自ら決めたことなのだろう。ならば私は、彼女の残した意思を静かに受け入れる。それが一番の弔いだ」


「そっか……それじゃあ、ぼくもそうするよ」


「では、二人で祈ろう。幸せを噛みしめよう。今この瞬間に、こんな幸せな気持ちのままで、ここに立てる喜びを」


「……うん」


「…………」


「…………」


「……なぁ、君」


「何?」


「伝えておきたいことが、あるんだ。ひとつだけ……たったひとつだけでいい」


「……うん」


「そ、その……、私は、きっ、君のことが、好きだ」


「…………」


「君に、す、好きだと言われたとき、とても嬉しかった。片思いじゃないんだとわかって、心から安心した。ほら、私は、その、こんな性格で、壊れていて、死にたがりで……だ、誰にも、好きになってもらえることなんて、ないと思っていて、でも君が、私を好きだと言ってくれたから、私は、……いや、違う。こんなことを言いたいんじゃなくて」


「…………」


「……駄目だな。言いたいことがたくさんある。君に伝えたいことが、山のようにある。……でも、口に出そうとすると、言葉が絡まって、息が詰まって、思うように語ることができなくて、それで、……ああもうっ、いい! とにかく私は君が好きだ! 大好きなんだ! 愛してるんだ! それだけだ! 以上っ!!」


「……ひゅー。ずいぶんお熱い告白ですこと……」


「ふん。もういい。伝えたいことはそれだけだ。いろいろと迷ったが、もう他には何も言わない。後は全部、抱えたままで生きていく」


「それがいいよ。声に出したって、どうせ伝わらないことはあるんだし」


「……ただひとつ言えさえすれば、伝わるものがある。そうして伝わったものだけが、きっと本物なのだから……私は、そう信じているよ」


「うん……たしかに聞いた。きっと伝わった」


「それならもう、何も言うことはない。……お、花火だ! ほら!」


「おおー……綺麗だなぁ……」


「風情があるな。さすが夏の風物詩」


「きみと二人で、並んで見るのは初めてかもね」


「ん、そうだったか。なら記念に覚えておこう。思い出のひとつくらい、持っていくのも悪くない」


「結婚式の思い出は?」


「……あれもまあよかろう」


「パフェの思い出は?」


「……あれも、まあ」


「ぼくとの思い出は?」


「容量の関係上無理そうだ」


「優先順位が! 優先順位がとてもシビア!」


「ほら、君とのことは思い出にならないから……だって忘れられないから……」


「飴玉あげないよ!?」


「あーもういいだろうなんでも!! 幸せはその時だけ噛みしめてればいいんだ! 過去にとらわれるな! 前を向け! そうやって生きていけばいい! 終わり!」


「だいぶ無理やりな感じでまとめたなぁ……」


「……さ、花火も終わったし、帰ろう。私たちの家に」


「家っていうか、いまだにぼくらの家はあのマンションなんだけどね……。きみとぼくが、一番最初に知り合った場所」


「……変わらないというのは、時に救いにもなると思うんだ。だから私は、あまり変われずにいられてよかった。そして、君も」


「ぼくは変わったよ。きみよりもずっとずっと、変わっちゃった」


「そうでもないぞ。君はまだ一年前の君に似ている。これからの君にも期待しよう――どうかずっと、変わらないでくれ、と」


「……善処しよっかな?」


「ま、どうせ変わろうと思っても変われるまい」


「えっちょっと何その言い方!? もしかしてぼくバカにされてる!?」


「いやいや、そんなことはないぞ……君がどれだけ変わろうとしても、私がそれを引き留めるだろう、ということさ」


「……ああ、なるほどね。それならあるかも」


「ならば、どうかそうでありますように」


「うん。……期待してるからね。君がどれくらい、ぼくのことを引きとめてくれるのか」


「はは。せいぜい楽しみにしておくといい……さあ、夏祭りも終わったし、これで私もようやく終わりだっ! さあ、君! 最後くらい、手をつないで帰るぞ!」


「おっけー。それじゃあ、行こっか?」


「うん。行こう!」

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