エピローグ 真実は一つじゃない (2)
『空とか星とか見てると、いろんなことが小さく思えてくるんだよね』――
麻衣のあの言葉は、歪んだ関係に絡め取られ、息も絶え絶えだった彼女の、精一杯の救難信号だったのだろうか。
「俺が……それに、気づけなかった――」
直斗は両手で顔を覆った。
熱いものがこみ上げ、指の隙間からこぼれ落ちるのを、止められない。
麻衣の悲鳴が、聞こえなかった。
武の決死の覚悟も、知らなかった。
自分はただ、呑気に星空を見上げていただけだった。
「先輩は自分を責めすぎです! 前も言ったかもだけど、事件が起きてしまったのは先輩のせいじゃないんですから」
亜季の細い手が、そんな直斗の肩を、ぽん、と叩いた。
「……そうかな」
「そうですよ」
きっぱりと、言い切る。
その声には、姉への複雑な愛情と、目の前の不器用な直斗への、確かな優しさがこもっていた。
「ほら先輩、そんな暗い顔して落ち込まないで。過去ばっかり見てたら、お姉ちゃんと武先輩に、笑われますよ」
顔を上げた直斗の前で、亜季が立ち上がりスカートの土を払った。
そして、くるりと振り返ると、夏の太陽を背に、まばゆい笑顔を向けた。
「さて、元気を出すために」
「え?」
「私と、海でも行きますか。お姉ちゃんの代わりは、できないですけど」
「海……?」
突然の提案に、直斗は少し面食らった。
「そう! 夏休み、まだ終わってないじゃないですか。……私の水着姿、めっちゃかわいいと思いますよ? 見ないと損ですよ?」
亜季は胸を張り、自信満々に笑ってみせた。
その純粋で、悪戯っぽくて、どこまでも健気な素顔から、直斗はなぜか目が離せなかった。
「……お前なあ」
直斗は、涙の跡が残る顔で、ぷっと吹き出した。
心の底にこびりついていた冷たい泥が、彼女の底抜けの明るさに、少しずつ洗い流されていくのを感じる。
麻衣と武は、もういない。その喪失感は、きっと一生消えることはないだろう。
それでも、残された自分たちは、生きていかなければならない。この先の、未来を――
「……しょうがないな。付き合ってやるよ」
「やった! じゃあ、約束ですよ!」
亜季が、手を差し伸べる。
直斗は一瞬迷ったが、すぐにその手を、しっかりと握った。
二人は並んで、木漏れ日の差す秘密基地を後にする。
背後では、直斗と麻衣、そして武の三人で作ったあの小屋が、あの石の塔が、夏の緑に深く埋もれようとしていた。
幼い日の記憶を閉じ込めた森の王国は、やがて完全に朽ち果て、元の静かな森へと還っていくのだろう。
高く澄み渡る夏空には、まだ何も見えない。
けれど、夜になれば、あの空には無数の星が瞬く。
風が吹き抜け、木々がざわめいた。
「先輩、早く!」
いつの間にか先を駆けていた亜季が、振り返って大きく手を振る。
直斗は迷うことなく光の差す方へ歩き出した。
――おわり――
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
伏線はすべて回収してあると思いますが、どうでしょうか。
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