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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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1話:新たな日常①〜中間試験を終えて〜

夕暮れの屋外演習場。

西へ傾いた太陽が校舎を茜色に染め、零と鈴華の影を地面へ長く伸ばしていた。


銀河星(ギャラクシースター)――バージョン隕石メテオ


零が右手を掲げる。

その周囲へ漆黒の光が集まり、紫銀の星屑を纏った銀河星が次々と浮かび上がった。


連射(ラッシュ)


放たれた漆黒の流星が、鈴華を目掛けて降り注ぐ。

鈴華は地面を蹴り、迫り来る銀河星の間を駆け抜けた。


一発目を右へ躱す。

直後、回り込むように飛来した二発目が進路を塞いだ。


「――っ!」


鈴華は咄嗟に幻影を生み出す。

三人に分かれた鈴華が、それぞれ異なる方向へ駆け出した。

しかし、銀河星は幻影へ見向きもしない。

三つに分かれたうち、本物の鈴華だけを正確に追ってくる。

鈴華は歯を食いしばり、迫る流星を横へ跳んで躱した。

その着地点へ、別のメテオが襲いかかる。

訓練用に威力を抑えられているとはいえ、直撃すれば立ってはいられない。


銀河星が地面へ衝突する。

土煙とともに巻き起こった爆風が、鈴華の華奢な身体を吹き飛ばした。


「きゃっ――!」


鈴華は地面へ投げ出され、そのまま土の上を何度も転がった。


「白河!」


零の声が飛ぶ。

右手を下ろした零は、倒れた鈴華を真っ直ぐ見つめていた。


「もう終わりか?」


鈴華は痛む両腕を地面へつき、ゆっくりと身体を起こした。

息はすでに上がっている。

制服には土が付き、身体のあちこちが悲鳴を上げていた。

それでも鈴華は膝へ手をつき、自分の力で立ち上がる。


「……まだです」


乱れた呼吸を整えながら、再び零へ向き直った。

その姿を確かめた零が、わずかに口元を上げる。


「そうこなくっちゃな」


再び右手が掲げられ、漆黒の銀河星が夕暮れの空へ浮かび上がった。


鈴華も両手を構える。

次に零が危険な場所へ向かう時、その背中を見送るだけではなく、同じ場所に立てる自分でありたい。

そのために、鈴華はここにいる。


「続けるぞ!」


「はい!」


鈴華の返事と同時に銀河星が紫銀の輝きを放った。


――数日前。

すべては、鈴華が零へ一つのお願いをしたことから始まった。



-----



数日前。

GWが終わり、中間試験の全日程も無事に終了した五月下旬。


星峰魔法高等学校、一年C組。

教室には試験から解放された生徒たちの明るい声が響いていた。


「よっしゃあ! 学年五位!」


返却された個人成績表を手に、影山が大きく拳を握る。

その声に周囲の生徒たちが振り向いたが、本人はまったく気にした様子もない。

隣の席に座る天野も、自分の成績表へ目を落としながら穏やかに笑った。


「相変わらずすごいな。影山」


「当然だろ? これでも普段から真面目に勉強してるからな」


影山は得意げに胸を張った。

普段の言動だけを見れば、とても学年上位の成績を収める生徒には見えない。

しかし、情報収集を得意とするだけあって、影山は頭の回転も記憶力も優秀だった。


「天野はどうだった?」


尋ねられた天野は、成績表を影山からも見えるように机の上へ置いた。


「悪くはなかったよ」


そこに並んだ数字を見て、影山が感心したように口笛を吹く。


「十分高いじゃねぇか。さすが同志天野だな」


「ありがとう」


天野は照れくさそうに微笑んだあと、影山の持っている成績表へ目を向けた。


「影山は、次こそ一位を狙うのか?」


「もちろん。そのためにも――」


そこで影山は言葉を止めた。

何かを思い出したように、ゆっくりと隣へ顔を向ける。

その視線の先では、零が返却された答案を無言で鞄へ押し込んでいた。

あまりにも素早く、不自然な動きだった。


「同志黒神よ」


「なんだ?」


零は鞄の口を閉じながら、何事もなかったかのように答える。

影山は机へ片手をつき、その顔を覗き込んだ。


「お前は何点だった?」


「忘れた」


あっさりと答えた零に、影山が呆れたような目を向ける。


「今、答案を鞄に入れたばっかりだろ」


零は影山と目を合わせることなく、鞄を机の脇へ置いた。


「もう忘れた」


あからさまに視線を逸らす零を見て、影山の口元に笑みが浮かぶ。


「おいおい、隠すなって」


影山が鞄へ手を伸ばす。

零はそれよりも早く鞄を抱え込み、椅子ごと後ろへ下がった。


「見るな」


「減るもんじゃねぇだろ」


答案を守るように鞄を抱えたまま、零は警戒するように目を細める。


「減る」


「何が減るんだよ」


影山が怪訝そうに眉を寄せる。

零は一瞬だけ考えるような顔をしたあと、短く答えた。


「いろいろだ」


影山は諦めず、再び鞄へ手を伸ばした。

零は椅子から立ち上がり、その手から逃れるように机の反対側へ回り込む。


「絶対ひどかっただろ?」


「うるせぇ」


追及を避けるように、零は鞄を背中へ隠す。

影山は机を挟んだ向こう側から、さらに問いかけた。


「魔法学は?」


「それは悪くない」


その答えを聞き、影山の目が細くなる。


「じゃあ、ほかは?」


「聞くな」


魔法学の答案だけは、決して悪い点数ではなかった。

しかし、その下に重ねられた答案には、見慣れた赤い数字が並んでいる。

本人も、それを他人へ見せてよい結果ではないことくらい理解していた。

ただ、今回の中間試験では赤点を取っても補習や追試はない。

零にとっては、それだけが救いだった。


「黒神くん」


背後から聞こえた声に、零の肩がわずかに揺れた。

ゆっくりと振り返る。

そこには、数枚の答案を手にした鈴華が立っていた。


「……なんだ?」


「先ほどから、ずいぶん賑やかですね」


鈴華は零と、その手に抱えられた鞄を交互に見る。

何が起きているのかは、大体察したらしい。


「もしかして、中間試験の結果を隠しているんですか?」


「隠してねぇよ」


零は否定したが、鞄を抱える腕は緩めなかった。

鈴華はその様子を見つめたあと、穏やかな笑みを浮かべて片手を差し出す。


「それでは、見せてもらっても?」


「断る!」


零は反射的に鞄を背中へ隠した。

その動きを見て、鈴華が困ったように眉を下げる。


「やっぱり隠しているじゃないですか」


「見せる必要がないだけだ」


零は顔を背けたまま答える。

鈴華は小さく息を吐くと、その手に持っていた自分の答案を机の上へ置いた。


「期末試験まで、そのままにするつもりですか?」


「まだ先だろ」


まるで問題ないと言いたげな零に、鈴華は真面目な表情を向ける。


「それほど先ではありません。今から少しずつ復習した方がいいですよ」


「期末のことは、期末になってから考える」


迷いなく答えた零を見て、鈴華の表情がわずかに曇る。


「それでは遅いと思いますけど……」


「その時はその時だ」


零は取り合う気がないらしい。

鈴華はしばらくその横顔を見つめたあと、咎めるように名前を呼んだ。


「黒神くん」


「なんだよ」


「期末試験では、中間試験より科目も範囲も増えるんですよ?」


鈴華に正面から指摘され、零は面倒そうに視線を逸らした。

その様子を眺めていた影山が、堪え切れずに吹き出す。


「ははっ。もう完全に白河に世話焼かれてるな」


「うるせぇ」


零が睨みつけても、影山は楽しそうに笑っている。

天野も二人のやり取りを見守りながら、穏やかに口を開いた。


「でも、白河の言う通りだと思うよ。分からないところがあるなら、僕たちも手伝うから」


「必要ねぇよ。本気を出せば、試験なんて余裕だ」


零は迷うことなく言い切った。

しかし、その言葉に説得力がないことは、答案を見せようとしない態度が何よりも証明している。

影山は再び零の答案へ手を伸ばしながら、呆れたように笑った。


「まずは答案を見せられるようになってから言えよ」


零は迫ってきた手を払い、今度こそ鞄を机の横へ掛けた。

そんな三人のやり取りを見つめていた鈴華の口元に、自然と笑みが浮かぶ。


四月の事件が終わってから、しばらくの時が過ぎた。

GWも中間試験も終わり、学校には穏やかな日常が戻っている。

零も当初に比べれば、普通の高校生活へ馴染み始めていた。

影山や天野とくだらないことで言い合い、ときには笑う。


今、教室にいる零からは、世界最高峰の国際魔法機関に所属していた特別執行官の面影はほとんど感じられない。

けれど、鈴華は知っている。

誰かが危険に晒された時、零は迷うことなく日常を捨て、戦いの中へ飛び込んでいく。


四月の事件でもそうだった。

自分たちを守るため、たった一人で偽物の『漆黒の流星(ブラックスター)』へ立ち向かった。

そして事件が起きる前、魔法について相談した時、零は鈴華へ言った。


『自分も一緒に帰ってこられるくらい強くなれ』


あの言葉を忘れたことはない。

実際に零が危険な戦いへ身を投じる姿を目の当たりにしたことで、その言葉の意味をより強く意識するようになった。

けれど、強くなると決めても、具体的に何をすればよいのか分からなかった。

風紀部の活動にも真面目に参加している。

光魔法も幻影魔法も、以前より扱えるようになった。

それでも、あの日の零の隣に立てるかと問われれば、自信を持って頷くことはできない。


(もっと強くならないと……)


ただ守られるだけではなく、自分も誰かを守れるように。

零と同じ強さになるためではない。

同じ道を歩き、必要な時に彼を支えられる自分になるために。

強くなれと言った本人なら、きっと自分に足りないものを知っている。


そう思った瞬間には、もう迷いはなかった。

鈴華は教室の後方で影山たちと話している零を真っ直ぐ見つめた。

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