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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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第1.5章エピローグ③:これからもずっと

それから数時間後――。

魔法に関する基礎理論。

執行官として守るべき規律。

現場での報告手順に、始末書を含む書類の作成方法。

さらに一般教養まで加えられたエレノアの特別指導は、外がすっかり暗くなるまで続いた。

本部の正面玄関から出た蕾は、夜空へ向かって大きく両腕を伸ばす。


「終わったぁ……」


張り詰めていた身体から力が抜け、その声にも隠しきれない疲労が滲んでいた。

隣を歩く零も、普段より重そうに肩を回す。


「魔法の訓練より、机に座ってる方が疲れるな」


「そこは同感。もうしばらく報告書は見たくないよ」


本部を出た途端、二人の間にはいつもの空気が戻っていた。

ロンドンの夜風が、蕾の黒髪と零の上着を揺らしていく。

通りに並ぶ街灯が石畳を淡く照らし、道の先にはライトアップされた時計塔がそびえていた。

二人は肩を並べ、宿舎へ続く夜道を歩いていく。


「あれ、明日もやるんだよね……」


蕾の足取りが、目に見えて重くなる。

零は両手をポケットへ入れたまま、気怠そうに夜空を見上げた。


「しばらく続くだろうな……」


「明日もだと思うと気が滅入るね……」


「自業自得だろ」


「零だって一緒に怒られてたじゃん」


「誰かさんを助けに行ったせいでな」


「うっ……」


冗談めかした言葉に、蕾は反論できずに視線を逸らした。

だが、その一言が胸の奥へ引っかかったのか、少しずつ足取りが遅くなる。


「あのさ、零……」


蕾の声が、不意に小さくなった。


「改めて、ごめんね」


零が歩みを緩める。

蕾もその場で立ち止まり、申し訳なさそうに眉を下げた。


「私が勝手に助けに行ったせいで、零まで危ない目に遭わせちゃった」


アイリスを見捨てるという選択はできなかった。

たとえ一人でも、助けに行くと決めていた。

その判断を後悔しているわけではない。

それでも、零まで巻き込んでしまったことは、ずっと蕾の胸に残っていた。


「エレノアさんに怒られたのだって、元はといえば私のせいだし……」


零は沈んだ表情の蕾を見つめ、困ったように頭をかいた。


「だから、別にいいって」


誰かに命令されたわけではない。

零は自分で考え、自分の意思で蕾を追いかけた。


「さっきも言っただろ。俺が自分で決めたことだ」


その態度からは、蕾を責める気持ちなど少しも感じられなかった。


「それに、お前が一人でも行くって言い出すことくらい、最初から分かってたしな」


「そこは止めてよ」


反射的に言い返した蕾の声から、沈んだ響きが少しだけ消える。

零は呆れたように口元を上げた。


「言って止まるなら苦労しねぇよ」


「むぅ……それは、そうかもしれないけど」


蕾は不満そうに頬を膨らませる。

けれど、すぐに堪えきれなくなったように笑みをこぼした。

零も、それにつられるように小さく笑う。

胸の奥に残っていた重さが、夜風に溶けるように少しずつ消えていった。

蕾は改めて零を見つめる。


「それと――ありがとう。助けに来てくれて」


旧時計塔で追い詰められた時、漆黒の銀河星が夜空を駆け、零が現れた瞬間の光景を思い出す。

一人で戦うと決めていたはずなのに、その姿を見た途端、胸の奥から安堵が込み上げた。

零が来てくれたことが、心から嬉しかった。


「まあ、お前なら俺が行かなくても、最後には何とかしてたかもしれないけどな」


零は照れくさそうに視線を逸らし、夜の街並みへ目を向けた。

街灯の柔らかな光が、その横顔を淡く照らしている。

そんな零を見つめていた蕾は、太陽のような笑顔を浮かべると、隣へ少しだけ距離を詰めた。

そして、自分の肩を零の肩へ軽くぶつける。


「なんだよ?」


零は怪訝そうに蕾を見下ろした。

けれど、その表情に不機嫌さはない。

どこか満更でもなさそうに、口元をわずかに緩めていた。


「嬉しかったよ」


蕾はそう告げると、右手を拳にして零の前へ差し出した。

差し出した拳の向こうから、零の黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「ホントにありがとう」


零はその拳をしばらく見つめたあと、自然と笑みを浮かべた。


「まあ、お前といたら退屈はしなさそうだしな」


零も右手を拳にして、蕾の前へ突き出す。


「どういたしまして」


二人の拳が、夜の街灯の下で軽く触れ合った。


その小さな音は、これから先も共に歩いていくことを約束する合図のように、蕾の耳へ心地よく響いた。

二人は再び肩を並べ、夜のロンドンを歩き始める。

先ほどよりも少しだけ近い距離で、蕾は楽しそうに零の隣を歩いていた。

ときおり零の顔を見上げては、嬉しそうに笑みを浮かべる。

零は何も言わなかったが、少しだけ歩幅を緩め、隣を歩く蕾に合わせていた。


そんな二人の楽しげな声が、静かな夜道へ響いていく。

頭上には、雲一つない星空が広がっていた。

淡い桜色の魔力と、漆黒の銀河星。

二つの光が寄り添うように、夜空を駆け抜けていった。



-----



こうして私たちの初めての護衛任務は終わった。

ロンドンで出会った一人の少女。

みんなで笑って、いっぱい魔法の練習をして。

最後はエレノアさんに怒られて。

それでも――全部ひっくるめて、最高に楽しかった。


これからもずっと、零とならどんな試練だって乗り越えていける。

そして、こんな毎日がいつまでも当たり前に続いていく。

あの頃の私たちは、それを少しも疑っていなかった。

この先に待ち受ける未来を、この時の私たちはまだ何も知らない。


これは――

“漆黒の流星”が生まれる前。


私、神桜蕾の――。

ううん。

私と、大切な幼馴染の黒神零。

二人で歩み始めた、小さな始まりの物語。


――第1.5章『神桜の魔法使い』完


挿絵(By みてみん)

第1.5章『神桜の魔法使い』、最後までお読みいただきありがとうございました。

完結に合わせて活動報告も投稿しています。

楽しんでいただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです!


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