第12話
楓の頭は飽和状態になりつつあった。
(優先順位を考えないと……)
アイシャに教えなければいけないことは山ほどある。
言葉使い、振る舞い、家族との接し方
(これだけでも……一気に詰め込んだら、絶対パンクするわ……)
昼を少し回った部室の中で、頭を抱えて楓がのたうち回る。
(……落ち着け、楓。 )
学校から家に連れて帰るまでに、
楓はこれから予想される出来事とその対応策の考察を迫られる。
まずは言葉。
あれは絶対に直さんといけん。
愛沙はもっと砕けていて、“〜だ”などと言えば違和感しかない。
次に……家族とのやり取り。
親に『誰?』とか言われたら終わりだ。
いや、終わりどころか…… 心配させてしまうに違いない。
(あ〜……その前に、うちに泊まることも連絡させんといけんのよねぇ)
スマホ。
これも覚えてもらわんと話にならない。
触るたびに“ひっ”とか“おぉ”とか言いよったら、そりゃ怪しまれる。
(最低限、LINEと電話くらいか?……あとカメラくらいは覚えてもらう。)
(……あと、諸々。 いや、諸々って……
……でもその“諸々”が一番厄介なんよなぁ……)
諸々とは生活の全て……全部が“愛沙”と違う。
歩き方、食べ方、座り方、
家での呼ばれ方、 学校での立ち振る舞い、 友達との距離感、 弓道部のこと……
(……はぁ。 ほんま、うち一人で抱えきれるんかね、これ。)
泳いだ目線が部室の時計を捉える。
(げっ!)
部室の時計が、もう2時を過ぎた時間を示している。
(あ~時間が欲しい……
でも…… やるしかないんよ。 愛沙が帰ってくるまで……
帰ってくるよなぁ、愛沙)
グッと力を込めてこぶしを握ると、正面のアイシャに視線を定める。決意に満ちた目で
(よし。 覚悟決めた……よし!携帯操作教えながら、言葉の修正。これ一択。
残りは‥‥‥後回しじゃ!)
楓は机の上に置かれた携帯を目で確認して再びアイシャに視線を戻す。
「よーし。アイシャ、よー聞いてよ。」
「お!……おぉ。」
楓の勢いに気圧されたように、アイシャが返す。
楓は愛沙と自身の携帯を手に取り、
愛沙の携帯を、アイシャへ突き出しながら、
「まずはこれでアイシャ……あっ!そうか? ……
今後は『アイサ』って呼ぶよ。
愛沙として生活してもらうに慣れんといけんからね。」
話の途中でふと気づいたことを告げるとアイシャは黙って頷く。
「こいつで泊まるってことを家族に連絡せにゃならんから、
これの使い方も覚えてもらう。」
といいながら、愛沙の携帯をアイサに手渡す。
携帯を手にしたとたん、ブルッと震え、
アイサは “ひっ”と小さな悲鳴を上げ手を引っ込める。
(ふふっ)アイサの反応に思わず笑いがあふれる楓。
楓に笑みが見えたためかアイサの表情も少し和らぐ。
「まあ、そんなもんよ。
それ(スマホ)は家族と話ができる機械じゃけ。
話し方も愛沙のように砕けた言い方を覚えてもらうだけぇ。
最優先はこの……1、2、……3点か?」
予期しない携帯のバイブ機能で話が途切れた楓は
自分で言ったことを確認しながら指折り数えて確認しつつ...今度はしっかりと手渡す。
「これは電気というもので動く……」
説明の冒頭からアイサが首を傾げる。
「……でんき……?」
(……あ~……そうかぁ~……)
全く文化が違うと理解していても、
ついついこちらの常識で話してしまう自分をののしりながら、
今は電気は後回しと、アイサの質問をぶった切る。
「細かいことはええだけぇ。そう言うもんやと理解してぇな。」
聞きたいことは沢山あるだろうが……
「……わかった。」
アイサは、無理にそれらを飲み込んで頷いた。
楓は解説しながら説明を何度も、何度も繰り返し、
やってみせて、やらせてみせて、時には褒めて、
ひたすら携帯の使い方を説明し尽くして1時間余りが過ぎる。
こんなに身近で当たり前のものが彼女……
アイサには摩訶不思議な……その一言に尽きるものである。
なんとか……なんとか……一応の使用はできるまでには...なったよね?
楓の顔は疲労の色で一杯だ。
「アイサ、じゃあ―― うちの写真を撮って、
LINEでうちに送ってみて。」
「あぁ……いや、うん。わかった。」
アイサの発したひと言目に楓の厳しい視線が飛び、すんでのところで言い直せた。
「……写真。」
カメラというものを知らないので、アイサにとってはアイコンもただの記号。
なので、イメージで結びつかない分苦労をする。
タップだのスワイプだのは混乱を極めた。
こちらの世界に関する基礎知識がない分、
高齢者のスマホ教室よりもハードだったかもしれない。
「え~と、楓 ……撮るよ。」
その声ににっこり微笑んでレンズに向く。
ぱしゃっ。
「えっと…….LINE……LINE」
アイサは携帯にかじりつくように、LINEのアイコンを探す。
「そこの緑のやつ」
見かねた楓がと助けを出す。
「みどり……みどり……あ!」
と、どうやら違うアイコンをタップした様子。
あわわと慌てているのがわかるが、それも経験。
慣れないと覚えないしね。
数分後、何とか楓のLINEに写真が届く。
その写真を眺めて楓は目を細める。
「よくできました。
……じゃあ、アイサのカメラで二人の写真撮ろっ。」
楓は席を立つとアイサの横に座り直して肩を組む。
「ほらっ。はやく。」
急かす楓にアイサは相変わらず
「カメラ……カメラ」
と遅まきながらカメラを起動し、
携帯を掲げて撮影しようとするが、
肝心の画面に二人の姿は映らず壁と天井が映っているのみ。
「あれ?二人が見えん?」
と助けを求めるように楓を見る。
楓は、しかたないなぁと画面に手を伸ばしてインカメ切り替えをタップすると
「これね。」
ぱしゃっ
二人の写真がアイサのカメラで撮られた。
「あとでええんで、うちにそれ送っとってな。」
「わかった」
カメラアプリを終了しながらの愛沙の返事は、ごく自然に聞こえた。
「じゃあ、LINEで今日泊まること伝えんとな。」
楓は次のステップへとアイサを誘う。
アイサのLINEには、母親と父親とそして祖父とが登録されている。
楓は横からアイサの画面を覗き込みながら、
「あっ。これ。母ってやつがええよ。」
と指し示した。




