第8話 魔法補助ってキモチいい!
「それじゃ、ソフィア様。今から魔力を注入します」
結局、私は両足と右手を縛られるだけで済んだ。その右手はアリエッタとガッチリ恋人繋ぎしているが、左手は自由が利くため、痒いところは掻くことができる。
アリエッタは私のお腹のあたりまで布団を掛けると、左手からの魔力吸収・注入を開始した。
その瞬間、私の全身に何かが流れる感覚が生まれる。
──わぁっ、これ凄い……。
手から何かが吸い出されると同時に、とても優しいものが私の中に入ってくる。それは「幸福」が全身を駆け巡るような感覚だった。
──魔力が流れるって、こういう感じなんだ。これは確かに教科書だけじゃ学習できない。……というか、魔法補助って、なんだか身体が温かくなって気持ちいい。私を優しく包み込んでくれる感じがして凄く幸せ……。
私が「はぁんっ」と甘い吐息を漏らすと、隣で静かに目を閉じているアリエッタがピクっと反応した。
「ごめんなさい。つい声が漏れちゃいました。……アリエッタさん、とっても気持ちいいですよ」
「…………」
「アリエッタさんも気持ちいいんですか? それとも、私に出し入れするのは疲れますから、それほど気持ち良くないですか?」
「…………ぅぅっ」
「もっと強く出し入れすると、どんな感じになるんでしょうね。私、まだまだイケそうですよ。もっと気持ち良くなれそうな気がするので、もし余裕があれば、もう少し強めにシテもらってもいいですか?」
「……こっ、このバカ~っ!! ソフィア様は、わざとそんな言い方してるんですか!? もう許しませんからねっ!!」
アリエッタは急にキレると、繋いだ手をブンブンと上下に振り始めた。その数秒後、私の身体の中の魔力の流れが大きく乱れて、一気に気持ち悪くなる。私は思わず左手で口を押さえた。
「きっ、気持ち悪い……。酔ってる感じ……。おぇっ、吐きそう……」
「ふん。仕返しです」
「……なんの仕返しですか。私、『もう少し強めに』って、お願いしただけじゃないですか」
アリエッタは首だけを私に向け、睨むように見る。
「……今のソフィア様は、天然エロなんですか?」
──天然エロ? はて? 「エロ」って、エッチだってこと? 私、片手と両足を縛られてるから、アリエッタさんに変なことはできないんだけど……。
私が頭を悩ませていると、アリエッタは大きな溜息を吐いた。
「……もういいです。記憶喪失前のソフィア様とはまともに話しませんでしたから、そういうことに興味があったのかどうかも知りませんが、今度、私を惑わすようなことを言ったら許しませんからね」
「……え? 惑わす? 私が何かアリエッタさんを惑わすようなこと言いました?」
私がそう答えると、アリエッタはついに布団の中で私の足を蹴飛ばした。
「許しませんからねっ!! 分かりましたか!?」
「ひぃぃっ! 私、何もしてないのに理不尽……」
私が怯えるようにしてアリエッタに訴えると、アリエッタは繋いだ左手を腰に乗せるようにして、そっぽを向いてしまった。
私が「アリエッタさ~ん。良く分からないけど機嫌直して~。私、気持ち悪いです~。手が引っ張られて痛いですぅ~」と半べそをかくと、次第に魔力の流れが落ち着いて、先程と同じ心地よさに戻っていく。
私は右手を引っ張られた状態で、少し身体を傾けてアリエッタの背中を見ながら、アリエッタに話し掛けた。
「……あの、もし差し支えなければ教えて欲しいのですが、記憶を失う前の私は、どんな人間だったのでしょうか? アリエッタさんは先程、『ソフィア様とはまともに話さなかった』とおっしゃっていましたが、私は具体的に皆さんにどんな迷惑を掛けたのでしょうか?」
私の問い掛けに、アリエッタは仰向けの姿勢に戻ると、ベッドの天蓋をじっと見つめた。
「……いいんですか? 夕食の時は、あんなに聞くのを嫌がっていたのに」
私も天井方向に視線を向けるようにして、楽な姿勢になる。そして、軽く頷いた。
「はい。いずれ知ることになりますから……。それに、もし私が追放されてしまったら、私の近くにいた方に、自分のことを聞く機会はなくなってしまいますし……」
私が元気なくそう答えると、アリエッタはしばらく間を置いて、静かに話し始めた。
「……それはもう、ひどい話しかありませんよ。魔法学園に毎日遅刻する、授業をサボる、勉強は全くしない、遊んでばかり。それから、王宮の備品を壊す、王宮から逃げ出す、公爵令嬢をいじめる……、これらはまだ可愛い部類です」
……え? それが可愛い部類? 今、最後に「いじめる」って言ったよね?
「王族として問題のある行為を並べますと、貴族令嬢からのお茶会の誘いを平気で無視する、謁見の間に忍び込んで玉座の宝石を抜き取る、近衛兵の本物の槍を使って王宮の廊下で槍投げの練習をする……。私が聞いた話では、過去には、侍女にイタズラで虫を投げつけて失神させた事件もあったそうです」
私は、最後の「虫事件」の話に言葉を失った。
……まさか、ソフィアはアリエッタさんにアラーニェを投げつける気だった? それって、アリエッタさんを殺しちゃうところだったのでは!? 何やってるの、このバカ王女!!
私は背筋に寒いものを感じて、一瞬だけブルっと震えた。すると、アリエッタが少しだけ首を上げて、意外そうな表情で私のことを見た。
「もっ、申し訳ありませんでした……。私、凄くショックで……」
過去の多くの過ちは自分がしたことではないが、私は主にアラーニェの件でアリエッタに何かがあった時のことを想像して、心から謝罪した。
「ソフィア様。私は脅すつもりはないので、そんな風に震えなくてもいいですよ。確かにソフィア様の所業は簡単に許されるものではありません。でも、今、それを受け入れようとしているソフィア様は立派です。私も少しずつ変わっていきたいと思います」
アリエッタは、汗でジットリと湿った私の右手をギュッと握る。そして、私に軽く微笑みかけた。
「じゃあ、気分転換に、ちょっと違うタイプのソフィア様の迷惑行為をお話しますね。記憶を失くしている今のソフィア様にとっては、きっと面白いお話だと思います」
……え? 面白い迷惑行為?
「お気付きかもしれませんが、ソフィア様は美人な見た目と違って、とっても下品です。たまに貴族令嬢のお茶会に参加したと思ったら、令嬢やその侍女の前で、平気でオナラをします」
「ぐふっ!!」
「もっと言うと、私の前では毎日です。私も苦痛なので、少しは遠慮して欲しいです」
「ぐはっ!!」
──面白くないっ!! 私の乙女心への衝撃がさっきよりも凄い!! 震えるどころじゃない!! 私、みんなに「オナラ姫」とか言われてるんじゃない!?
私は心に大ダメージを受けつつも、左手で胸元の服をギュッと掴み、必死に心を落ち着かせた。どんな迷惑行為だったか知るために、アリエッタの話を止めるわけにはいかない。
「そんな下品さに関係するんですが、私が侍女仲間から聞いたソフィア様のイタズラの話の中で、最も印象深かったのは王妃様の部屋での事件でした。私がまだソフィア様の専属になる前の話です」
アリエッタは仰向けのまま天井に視線を向けると、なぜか思い出を語るように軽く笑みを浮かべる。
美人の侍女が柔らかく微笑むこの一場面だけを切り取れば、今から良い思い出話がはじまりそうな雰囲気だ。
しかし、実際には、めちゃくちゃ下品な話が始まった……。
「それは一昨年、ソフィア様が15歳の誕生日を迎えた日のことでした。王妃様が隣国の外交使節との謁見を終えて侍女と一緒に部屋に戻ると、王妃様のテーブルの上に、覚えのないティーカップとお皿が置いてありました……」
アリエッタは身体を傾けて、私の顔をじっと見つめた。そして、人差し指を私の前に立てると、なぜかヒソヒソ声で続きを話す。
「……ただ、部屋には異様な臭いが立ち込めていたそうなんです。それは、鼻を突くような悪臭でした。まるで、悪魔が通り過ぎていったような臭いだったそうです……」
以前と同様、怪談話のような展開だ。悪魔の臭いは良く分からないが、私はアリエッタの話に息を呑む。
「……その状況に毒物の危険を感じた侍女は、王妃様に部屋の外で待つように伝えました。王妃様も一瞬だけ臭いを嗅いでしまいましたが、即座に口元を手で押さえ、すぐに部屋の外に避難しました」
すると、アリエッタは少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「……犯人のソフィア様に聞くのも変な話なのですが、テーブルの上のティーカップとお皿に載っていたのは、何だったと思います?」
私は左手の指を顎に当てて考える。
「うーん、何でしょう? ……私のイタズラだとすると、激辛のお茶とお菓子とかでしょうか? もしくは、酢漬けのキュウリとか?」
アリエッタは、右手の人差し指を左右に軽く振った。
「不正解です。下品なイタズラだと言ったじゃないですか。そんな上品なイタズラなら、誰も驚きませんよ」
アリエッタは仰向けの姿勢に戻ると、そのまま話を続ける。
「侍女は危険性を確認するため、テーブルのティーカップとお皿の確認に向かいました。すると、カップには黄色い液体が注がれており、お皿の上には、何やらクリームのような茶色い物体が乗っているのを確認したのです。そして、テーブルの上には、ソフィア様の字で書かれたメッセージカードが置かれていました……」
アリエッタはしばらく間を置いて、再び私に視線を向ける。そして、真剣な表情で私の瞳をじっと見た。怪談話だと、今からお化けが出てくる場面だ。
「そこには、まるで、息絶えようとする人が書くような弱々しい筆跡で……」
「ひぃぃっ!」
「『私が誕生日に食べたご馳走のなれの果てです! 見てください! ソフィアより』と、ドヘタな字で書かれていました」
「…………は?」
「つまり、それは、ソフィア様がトイレで排泄したばかりの……」
「あ゛ーっ!!!! すみませんっ!! もう十分ですっ!! やっぱり聞いた私がバカでしたっ!! ……っていうか、それ、何の意味があるの!? 15歳にもなって、私は親に何を見せてるの!? 世界一、バカなの!? 死にたい!! 死にたくないけど、死にたい!!」
私は両足を縛られたまま、身体をうねらせるようにしつつ、左手で自分の頭をポカポカと何度も叩く。両足を縛っていなかったら、そのまま全力で走って、王宮を飛び出していたかもしれない。
「……ソフィア様。まだ続きがありますよ」
アリエッタの言葉に、私は目が飛び出んばかりに驚いた。
「えぇっ!? まだ先があるんですか!? その先の話がっ!? 私の恥は、まだクライマックスを迎えていなかったと!?」
アリエッタは軽く頷く。
「その後、王妃様の部屋に、医療に詳しい王宮聖職者とベテランの侍女が数人集められ、カップの中の液体とお皿の上のブツの状態が注意深く観察されたそうです」
「……へ?」
「ソフィア様は健康診断が嫌いな方でしたので、『定期健診代わりに、コレを利用しよう』という話になったそうです。……ちょっとサンプルの量が多目だったそうですけど」
「……なるほど?」
「その結果、ソフィア様のお腹の調子が良くないことが判明し、食事が改善されることになりました。また、ブツをお皿の上に広げて観察したところ、消化されていない固形物が誕生日の席で食べたものだと確認できたそうで、排泄される速度に問題があるという結論になりました。そのため、ソフィア様に、王宮聖職者による治癒が行われることになりました」
…………。
…………。。
…………。。。
…………私、今後、どんな顔をして皆と話せばいいの? もう上品にしても無駄なのでは?
私は天蓋のついた天井を見ながら、呆けるようにして、言葉を絞り出した。
「……えっと、二年前の事とはいえ、みんなで私の一物を観察して頂いた上、私の健康にまで配慮して頂き、ありがとうございました」
転生前の王女のしたことであるため、今の自分のブツを見られるよりはショックは少ないが、周りから見れば私がしたことである……。
「……私って本当にダメ王女だったんですね。でも、どうして、私はこんな王女になってしまったんでしょう? 親である陛下にはお会いしましたが、変なお方ではなかったですし」
私はアリエッタに視線を向ける。
「……ちなみに、毎度記憶がなくて申し訳ないのですが、王妃様はどんなお方なのですか?」
「王妃様は、とてもお淑やかな方ですよ。礼儀正しく、上品で、まさに貴族令嬢の見本と言っても良いお方です。……無礼で下品なソフィア様とは正反対です。どうして、ソフィア様のようなクソ……オホン!……クズが生まれてきたのか……」
「……あの、言い直した言葉がフォローになってないんですけど?」
私はそう返すものの、ソフィアの所業を知ってしまうと、その言葉を強くは否定できない。
それに、王妃の素性に関しては想像通りだった。やはり、ソフィアの方が異端なようだ。だが、その事実を知ると余計に、転生前のソフィアが破天荒だった理由が分からなかった。
「そうですか……。では、私はどうして、こんなクズ王女に……」
すると、アリエッタは顎に指を当てて、何かを思い出したように言った。
「そういえば、ずっと昔は、ソフィア様も普通の王女様だったそうですよ。誰からも愛される、とっても可愛らしい王女様だったと聞きました。ですから、最初からクズ王女だったわけじゃないです」
「……え?」
アリエッタのその言葉に、私はしばらくの間、目を見開いたまま固まった──。