第32話 お茶会試験、合否判定!
「……昨日の夜は、アルフォンスに凄く怒られちゃった……」
お茶会の翌日、エリザベートは私の部屋を訪れてテーブルにつくと、頭を抱えて項垂れた。
「まぁ、王宮で一番大きな会場を吹き飛ばしてしまいましたからね……。それに、魔法障壁が無いエリアの殆どの部屋の窓を割ってしまいましたし、陛下がお怒りになるのも当然かと……」
フレイアがそう答えると、アリエッタとマリーに加え、エリザベートの侍女達がウンウンと相槌を打った。
エリザベートは片手で額を押さえたまま、「う~ん」と唸りながら、もう一方の手を腰のあたりに当てる。
「……昨夜はお仕置きと称して、アルフォンスにお尻をパンパン叩かれちゃって……。素肌を叩かれたから、とてもヒリヒリして痛いのよ……」
それを聞いて、私はポンと手を打った。
──あ~、なるほど。そのお尻の痛みで、頭を抱えて項垂れていらっしゃったんですね!
…………。
…………。。
…………。。。
……って、こんなに大勢の前で、それを言っちゃう!? しかも、それはきっと、詳しく話せない大人の時間帯の出来事ですよね!?
皆が各々の想像で顔を真っ赤にする中、私は「オホン」と咳払いをすると、椅子に座るエリザベートに近付いて深く頭を下げた。
「……お母様。昨日は本当に申し訳ありませんでした。私の神剣はとても弱い見た目でしたので、まさかあんな凄いことになるとは思わなくて……」
エリザベートは項垂れていた頭を上げて、私の方を見る。
「ソフィアちゃん。いいの、いいの。昨夜、アルフォンスにソフィアちゃんの話をしたら、随分と喜んでいたわよ。ソフィアちゃんにはやっぱりライゼンハルト王家の血が流れているんだなって。側近を説得して、王位を継がせることができそうだ、とも言ってた」
エリザベートは微笑みながら、顔を上げた私の手を取る。
「まぁ、色々とあったけれど、ソフィアちゃんは合格よ。以前とは違って、ソフィアちゃんにはその資格がある。今回、私はソフィアちゃんが頑張る姿をずっと近くで見ていたけれど、この国の女王になる姿も見てみたくなった」
エリザベートはニコッと笑いながら、「お茶会試験」の判定結果を私に伝えた。
私はその結果を聞いて、思わず涙目になる。そして、エリザベートに満面の笑みを返した。
「お母様、ありがとうございます。私のことを認めて頂き、心から嬉しく思います。これからも頑張ります」
私が感激のあまり、目に涙を溜めて鼻をすすっていると、エリザベートは可愛い仕草で、人差し指を軽く振った。
「特に、最後の『セメルスフィアの矢』。あれは凄かった。ソフィアちゃんは『セメルスフィアの矢』をどこで覚えたの?」
私はエリザベートの問い掛けを聞いて固まると、そのまま言葉に詰まった。そして、エリザベートから視線を外して、バツが悪そうに答える。
「実は、私は何もしていないです……」
「え?」
「私が正気を取り戻すまで、神剣ローゼヴァインが私を支配していました。呪文の詠唱から攻撃魔法の射出まで身体を完全に乗っ取られていまして、私は自分の意思では何もしていません」
エリザベートは考え込むように顎に手を当てて、視線を上に向ける。
「……う~ん。王宮の図書室にある古い書物で、『直系の王族女性だけが使える強力な神具がある』という記述を読んだことがあるけれど、もしかしてソフィアちゃんの神剣は、その神具なのかな?」
エリザベートは興味深そうにして、再び私に視線を向けた。
「ねぇねぇ、ソフィアちゃん。神剣に支配されている時って、どういう感じだったの?」
私も顎に指を当てると、天井を見ながら、お茶会の時のことを思い出す。
「え~っと、私の意識はそのままなんですけど、自分では身体を動かせないんです。話している言葉も全てローゼヴァインのもので、私の考えていることとは異なりました」
私はフレイアに視線を向けた。
「フレイアさんは私を守るために、ベアトリスさんと死闘を繰り広げてくださいましたけれど、私はベアトリスさんを殺す気はありませんでした。……しかし、ローゼヴァインは違っていました」
「そうなのね……。なんだか怖い話。以前のソフィアちゃんがこの力を手に入れていなくて、本当に良かった……。もしそんな事態になっていたら、今頃きっとこの国は滅亡していたか、ソフィアちゃんを討伐するための世界大戦が始まっていたと思う」
エリザベートの言葉に、フレイアとマリー以外の全員が神妙な表情で大きく頷いた。
「他に何か気付いたことはある?」
「あの時を思い出すと、ローゼヴァインは私のことではなく、王家のことばかり言っていた気がします。何となく、私よりも王家を守ることを優先しているのではないかと感じました」
とはいえ、正直なところ、これ以上ローゼヴァインについて分かることはない。
「直系の王家の血と神剣の組合せが関係するのかな? 他の王族で実際に試してみたいところだけど、アルフォンスは男性で神剣を出せないし、他に直系の王族女性はいないから、私の考えを証明することはできないわね……」
エリザベートはそう言いながら、じっと私を見つめた。
「いずれにしても、神剣に身体を乗っ取られてしまうのは異常よ。今度、図書室に行った時に、ソフィアちゃんが神剣を制御できる方法を調べてみましょう。ソフィアちゃんが女王に即位するまでに、絶対に解決しないといけない課題ね」
私はコクリと頷いた。一国の女王が、自分の意に反して神剣に支配されるなどということは、あってはならないことだ。
私がそのまま考え込んでいると、エリザベートがパンパンと手を打つ。
「まぁ、難しい話はこれぐらいにしましょう。そもそも、今日、私がソフィアちゃんの部屋を訪問した目的は、ソフィアちゃんに『ご褒美』をあげたいと思ったからなの」
エリザベートがそう言った瞬間、侍女達の顔色が変わった。理由は分からないが、お互いに顔を見合わせ、持ち場を離れて、それぞれ等間隔になるように壁の方を向いて広がる。
私が首を傾げていると、フレイアが頬を真っ赤にして、エリザベートに近付いてきた。
「あのっ! エリザベート様! お願いがあります!」
「どうしたの? フレイア」
「わっ……私もソフィア様への『ご褒美』に参加させていただけないでしょうか? 私もソフィア様に差しアゲたいのです」
──ん? ご褒美に参加? 差し上げたい? フレイアさんの場合は「もらう」の間違いじゃないかな?
私がエリザベートとフレイアのやり取りを見てきょとんとしていると、エリザベートが困った表情をして私に問い掛けた。
「……ソフィアちゃん。どうしよっか? 『ご褒美』に他の人を入れるのは珍しいケースなんだけど、全くないわけじゃないし……。ソフィアちゃんが良いなら私は構わないんだけど、どうする?」
──フレイアさんも私のために頑張ってくれたんだし、一緒に『ご褒美』をもらうのは当然だと思う。
私はエリザベートに視線を向けて姿勢を正すと、両手をお腹の前で揃える。
「私は全く問題ありません。フレイアさんは身を挺して私を守ってくれました。それに、お茶会の準備にも積極的に関わってくださいました。私は、フレイアさんも一緒に、『ご褒美』を受ける資格があると思います」
すると、フレイアが真っ赤な頬に両手を当てて、今まで見たことがないような子供っぽい笑みを見せた。
「本当ですかっ!? ソフィア様、ありがとうございますっ!! 嬉しいですっ!! まるで夢のようです!!」
フレイアがはしゃいで喜ぶ姿に、私は思わず笑みがこぼれた。
「それでは、早速綺麗にしてまいります! エリザベート様! ソフィア様! 先にお手洗いをお借りしますね!」
フレイアはそう言うと、急いで隠し扉を開けてトイレに向かった。
──ふふっ。『ご褒美』をもらうのにトイレに行くなんて、フレイアさんは緊張しているのかな?
私がフレイアの姿を見てクスクスと笑っていると、エリザベートが私に視線を向けた。
「ソフィアちゃんはお手洗いに行かなくていいの? 私はフレイアの後に行くけれど、三人だと長くなりそうだから、ソフィアちゃんも行っておいた方が良いと思うわよ」
……え? 長くなる? この世界では、『ご褒美』をもらう前に儀式とかがあるのかな?
「それほど行きたいとは思いませんが、お母様がそう言われるのでしたら、私も後程お手洗いに行っておきたいと思います」
私がエリザベートにそう答えつつ壁面を見ると、侍女達が全員で壁に魔法を掛けているのが見えた。
──あれ? そういえば、侍女の人達、みんなで何をしてるのかな?
私はエリザベートに一礼してその場を離れると、壁に向かって懸命に魔法を掛けているアリエッタに近付いた。
「アリエッタさん。壁に向かって何をしているんですか?」
「え? 『ご褒美』のために、防音魔法障壁を作っているんですけど?」
「防音魔法障壁? 音を防ぐ魔法でしょうか? どうして、そんなものを作っているんですか?」
アリエッタは少し目を大きく開くと、ハッとした表情で私を見た。
「……あっ、ソフィア様は記憶喪失でしたね。……これはマズいです」
私がアリエッタを見て首を傾げると、アリエッタは私に近付くように手招きする。そして、私がアリエッタに近付くと、私の耳元に手を当てた。
「あの……、もう手遅れなのですが、王妃様の言う『ご褒美』はですね……」
「はい」
「……ベッドで半裸もしくは全裸になって、ソフィア様を『愛でる』ことなんです」
「……は?」
「それで、まぁ……、色々な声が漏れないように、こうして防音魔法障壁を作っているんです」
「…………」
「いまさらですが、『ご褒美』というのは貴族の隠語の一つで、上位の貴族が下位の貴族に性的な接触をすることを暗示しています。……とはいえ、お二人は親子ですから、性的な行為はないと思いますが、今までよりも親密な接触になるものと思います」
…………。
…………。
…………。
「……すみません。私、急にお腹痛くなってきました」
アリエッタは、思わず逃げようとする私の肩をガシッと掴む。
「エリザベート様の『ご褒美』の発言には、侍女の全員が驚きました。ですが、エリザベート様が恥じらいもなくこのようなことをおっしゃるのは、おそらく今回が初めてのことです。それだけ、ソフィア様のことを喜んでおいでなのです。エリザベート様のためにも、どうかエリザベート様の寵愛を受けてあげてください」
私は、少し遠くで嬉しそうにお茶を飲むエリザベートを見る。
今まで不品行なソフィアに悩まされていたのだから、今回のお茶会の成功はとても嬉しいに違いない。その上、あり得ないと思っていた私の女王への即位が叶いそうなのだ。王家の血を絶やしてしまうことを恐れていたエリザベートにとっては、今日は人生で最も幸せな日だろう。
私は逃げるのを諦めて、エリザベートの『ご褒美』を受けることにした。
「……分かりました。どうせ今まで、ベッドで何回も寵愛を受けていますしね。それが裸になるだけですし……」
私は困った表情でアリエッタを見て微笑む。すると、アリエッタが思い出したように人差し指を立てた。
「あっ、そういえば、フレイア様がいましたね。ソフィア様の許可が取れていますので、フレイア様は本当に『ご褒美』活動をなさるかもしれません」
「……へ?」
「マリーの話では、フレイア様はソフィア様の魔力に飢えているそうです。ソフィア様の甘くて美味しい淫靡な魔力を吸いたくて吸いたくて、毎晩欲求不満で荒れていると言っていました。私もソフィア様の魔力を知っていますが、確かにあの快感……いえ、美味は忘れられません」
「……それって……」
私はアリエッタの顔を見たまま固まった。アリエッタは窓の外に視線を向け、遠くを見るように目を細める。
「今日はフレイア様を止める人がいません。『吸う』って言ったら、きっと上半身のアレから吸いますよね? ……やんちゃだったソフィア様も、ついにフレイア様によって大人に……。おめでとうござます」
私は胸を隠すように自分の身体を抱きしめた。
「おめでたくないっ!! 私、やっぱり『ご褒美』は受けません!!」
私は、ちょうどエリザベートがトイレから出てきたのを見て、アリエッタに伝言を託した。
「私は今からトイレにこもります!! 私の場所を訊かれたら、『ソフィア様は下痢と便秘が交互に来ていて、お手洗いから出られないらしい』と言っておいてください!!」
私は隠し扉に駆け足で向かうと、その扉を開けて、一目散にトイレを目指す。
「転生王女の生活、思ってたのと全然ちがう!!」
この異世界には、まだまだ私の知らない常識がたくさんありそうだ──。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
第2章はこれで終了です。
次回、ダイジェスト的なエピローグにて、この物語は完結する予定です。




