未来へ
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その日を境に、魔王は好みのものにはきちんと「美味しい」と言ってくれるようになった。
聞けば、以前は感じなかった料理の味が、近頃わかるようになったのだとか。
専属料理番として、これは嬉しい。
私は、にっこり笑って指摘する。
「魔王様が美味しいとおっしゃるのって、甘いものが多いですよね」
「ああ。だが、いつまでだ?」
「え?」
「いつまで我を『魔王』と呼ぶつもりだ?」
「だって、魔王様は魔王さ……」
言いかけて、途中で言葉を呑み込んだ。
彼が瞬間移動で、私の前に立ったから。艶のある黒髪や高い鼻、細められた目も皮肉っぽく歪む口も、全てが美しい。
見惚れていたら、ごく自然に顎をすくわれた。
「『レオン』で良いと言ったはず。呼ばぬなら、必要のないその口を塞ぐぞ」
「うえ? それだけはやめてください。しゃべれないのはキツ…………」
そこから先は、話せなかった。
魔王が宣言通り、私の口を塞いだから。
魔法ではなく、彼の唇で。
――ど、どど、どーして私、キスされてるの!?
頭の中が真っ白で、何がなんだかわからない。
魔王は喉の奥で面白そうに笑うと、角度を変えて何度も口づける。
「魔おう……さ、ま。でもあの、これは……」
「懲りないやつだな。余程気に入ったとみえる」
合間に抗議をするけれど、逆効果。
魔王のキスは深くなり、頭がくらくらしてしまう。
胸も息も苦しくなった私は、彼にぐったりもたれかかった。
――キスまで悪魔級に上手いとか、聞いてないんだけど。
「さあ、我が名を言ってみろ」
偉そうでわがままで、でも頼りがいがあって優しくて。
魔界の民から慕われる彼を、もちろん私も大好きだ。
「レオン……ザーグ様」
「ふむ、わざとか? 頑なに呼ばぬとは、口を塞がれるだけでは足りぬということか」
「違っ……待った、待った、待って! レ、レオン!!」
「もう遅いわ」
魔王――レオンは低く笑うと、私の首すじに口づけた。そのままどんどん下がっていくので……。
「ストップ、ストップ。もうおしまい!」
「……む。そなたが可愛いから、先走ってしまったではないか」
――え? それって私のせい?
「まあ、良いわ。外出するぞ」
「それって、わたくしも?」
「当然だ。このまま行くぞ」
着替えなくていいなら、近場かな?
料理番の仕事ではなさそうだけど、私が彼の側にいたい。
突然のキスを受け入れたのは、魔王のことが好きだから。もうとっくにわかっていたことを、再確認しただけだった。
抱きしめられたまま飛ぶのは、ドキドキしてまだ慣れない。いつか、この姿勢にも慣れる日がくるのだろうか?
着いたところは、初めて来る岩場だった。
城から結構離れているので、私達の他には誰もいない。
「魔お――レオン、ここって?」
「この先に用がある。ついてまいれ」
岩場には裂け目があって、そこから道が地中に伸びているようだ。
いわゆる洞窟というもので、中にはひんやりした風が吹いていた。
真っ暗闇を、魔王が魔法の光で照らす。
途端に眩い色が目に映り、私は声を上げる。
「すごい! ところどころ金色……これ、金鉱ですか?」
「そうだ。いくらでも採掘できるから、人の金など必要ない」
「確かに。これだけあれば、金貨などちっぽけに思えるでしょうね。こっちは水晶ですか?」
「ああ。磨いたものは、人の世界で需要がある」
水晶玉のことかしら?
目にする全てが珍しく、ワクワクしてしまう。
だけど、魔王はなんでここへ?
急に洞窟探検したくなったとか?
危険な場所は抱きかかえられ、水場もあっさり飛び越える。
石筍の多いある場所を通ると、ピリッとした静電気のようなものを肌に感じた。
「平気か?」
「ええ」
「そうか、やはりな」
謎の言葉を呟く魔王とともに、奥へ進む。
すると、空気が急に澄んだ気がした。
魔王は光を打ち上げて、はるか頭上に固定する。
「うっわぁ……」
目の前は圧巻の景色で、それ以上言葉が出ない。
そこは、ひらけた空間だった。
天井はオーロラのような石のカーテンが折り重なり、壁同様いくつもの鉱石で光り輝いている。湖の中央には石の舞台があって、そこに置かれた水晶の玉座を、真上から魔王の光が照らしていた。
「魔――レオン、ここは?」
「ここは始まりの場所。初代魔王生誕の地であり、代々の魔王にしか入れぬところだ」
「え? だったらわたくしは、なんで入れたの?」
「訂正しよう。代々の魔王と洞窟が認めた者にしか、入れぬ場所だ」
「ええっ!? そんな大事なところに、わたくしを? 不思議だわ。いつ認められたのかしら」
「さっき、わずかな魔力を感じたであろう?」
「魔力? あれって、静電気ですよね」
「いや、魔法の力だ。資格のある者しか、先へ進めない」
「資格? 資格ってなんの……」
「もうすぐだ。行くぞ」
魔――レオンに抱きかかえられて、湖の中央までひとっ飛び。
彼は私を、水晶の玉座に座らせた。
「え? え? え?」
全くわけがわからない。
魔王ともあろう者が、どうして私の前で跪いてるの!?
「ヴィオネッタ、そなたに問う。我の伴侶になってくれぬか?」
魔王は私の手を取ると、自身の額に当てた。
映画のワンシーンのようだけど、これは現実に起こっていること。
――伴侶って、パートナー。つまり奥さん。それならこれって、プロポーズ!?
料理番から魔王の妻とは、大出世!
というより、魔界を統べる王が、世界を圧倒する魔王が、ちっぽけな私を選んで大丈夫なの?
「レオン、でもそれは……」
「大事にすると約束する。地位も名誉も金も宝石も、そなたが望むものは全て与えよう」
――急になんで? 今日のモンブラン、そんなに美味しかった?
思わず現実逃避するものの、ふざけている場合ではない。
誠意を持って応えなければ、きっと後悔する。
「もったいないお言葉ですが、何も要りません」
「断る、と申すのか?」
眉間の皺を、伸ばしてあげたい。
困ったような表情も、いつもの尊大な表情も。
全てを愛しく感じる私は、もうとっくに彼を受け入れている。
「訂正します。何も、ではなく、あなただけでいい。それと、わたくしだってあなたを大事にしますから。伴侶って、そういう意味でしょう?」
魔族と人は違う。
生き方や考え方が異なるから、時には意見もぶつかるだろう。寿命だって大きく違うし、別れはきっとつらくなる。
だけど私は魔王の隣で、同じ景色を見てみたい。
私を認めてくれたあなたとともに、未来を歩めたら。
「さすが、我の見込んだ女性だ。了承してくれるのだな?」
「ええ、喜んで」
魔王は私を立ち上がらせると、腕に強く抱きしめた。
生きることを、諦めなくて良かった。
死亡フラグの連続にもめげず、つらい中でも前を向こうと努力した私は、さらにその先へ。
薄暗い魔界の地でも、愛しい魔王と歩む未来は、きっと明るい!
レオンは爪を湖の水に浸すと、私の刻印に上書きする。青く発光したそれは、痛みも感じずしっくり納まった。
「レオン、資格ってこれのこと?」
「そう。想いが通じたものにしか現れぬ『伴侶』の印だ」
「じゃあ、わたくしの気持ちはとっくにわかっていたってこと?」
「ああ。そなたから聞くまで、確証はなかったがな。さて、我にも同じものが刻まれた。長い年月、ともに過ごそうぞ」
「へ? 長い年月って?」
「我とそなたは、残る命もともにする。なあに、三百年など一瞬だ」
「え? え? え? 聞いてないんですけどーーーーー!!!」
洞窟中に私の絶叫が響き渡ったのは、ほんの一瞬。
魔王のレオンが熱いキスで私の口を塞ぐまでの、わずかな間のことだった。
久々の新作でしたが、最後まで書けたのは、読んでくださったみなさまのおかげ。
本当にありがとうございましたm(_ _)m
これからの方々、どうぞお手柔らかに。
優しいあなたの未来が、幸多きものとなりますように。
きゃる
 




