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未来へ

 *****



 その日を境に、魔王は好みのものにはきちんと「美味しい」と言ってくれるようになった。


 聞けば、以前は感じなかった料理の味が、近頃わかるようになったのだとか。

 専属料理番として、これは嬉しい。


 私は、にっこり笑って指摘する。


「魔王様が美味しいとおっしゃるのって、甘いものが多いですよね」


「ああ。だが、いつまでだ?」


「え?」


「いつまで我を『魔王』と呼ぶつもりだ?」


「だって、魔王様は魔王さ……」


 言いかけて、途中で言葉を呑み込んだ。

 彼が瞬間移動で、私の前に立ったから。艶のある黒髪や高い鼻、細められた目も皮肉っぽく(ゆが)む口も、全てが美しい。


 見惚(みと)れていたら、ごく自然に(あご)をすくわれた。


「『レオン』で良いと言ったはず。呼ばぬなら、必要のないその口を(ふさ)ぐぞ」


「うえ? それだけはやめてください。しゃべれないのはキツ…………」


 そこから先は、話せなかった。

 魔王が宣言通り、私の口を塞いだから。

 魔法ではなく、彼の唇で。


 ――ど、どど、どーして私、キスされてるの!?


 頭の中が真っ白で、何がなんだかわからない。

 魔王は(のど)の奥で面白そうに笑うと、角度を変えて何度も口づける。


「魔おう……さ、ま。でもあの、これは……」


()りないやつだな。余程気に入ったとみえる」


 合間に抗議をするけれど、逆効果。

 魔王のキスは深くなり、頭がくらくらしてしまう。


 胸も息も苦しくなった私は、彼にぐったりもたれかかった。


 ――キスまで悪魔級に上手いとか、聞いてないんだけど。


「さあ、我が名を言ってみろ」


 偉そうでわがままで、でも頼りがいがあって優しくて。

 魔界の民から慕われる彼を、もちろん私も大好きだ。

 

「レオン……ザーグ様」


「ふむ、わざとか? (かたく)なに呼ばぬとは、口を塞がれるだけでは足りぬということか」


「違っ……待った、待った、待って! レ、レオン!!」


「もう遅いわ」


 魔王――レオンは低く笑うと、私の首すじに口づけた。そのままどんどん下がっていくので……。


「ストップ、ストップ。もうおしまい!」


「……む。そなたが可愛いから、先走ってしまったではないか」


 ――え? それって私のせい? 

 

「まあ、良いわ。外出するぞ」


「それって、わたくしも?」


「当然だ。このまま行くぞ」


 着替えなくていいなら、近場かな?


 料理番の仕事ではなさそうだけど、私が彼の側にいたい。

 突然のキスを受け入れたのは、魔王のことが好きだから。もうとっくにわかっていたことを、再確認しただけだった。




 抱きしめられたまま飛ぶのは、ドキドキしてまだ慣れない。いつか、この姿勢にも慣れる日がくるのだろうか?


 着いたところは、初めて来る岩場だった。

 城から結構離れているので、私達の他には誰もいない。


「魔お――レオン、ここって?」


「この先に用がある。ついてまいれ」


 岩場には裂け目があって、そこから道が地中に伸びているようだ。

 いわゆる洞窟というもので、中にはひんやりした風が吹いていた。


 真っ暗闇を、魔王が魔法の光で照らす。

 途端に(まばゆ)い色が目に映り、私は声を上げる。


「すごい! ところどころ金色……これ、金鉱ですか?」


「そうだ。いくらでも採掘できるから、人の金など必要ない」


「確かに。これだけあれば、金貨などちっぽけに思えるでしょうね。こっちは水晶ですか?」


「ああ。(みが)いたものは、人の世界で需要がある」


 水晶玉のことかしら?

 目にする全てが珍しく、ワクワクしてしまう。


 だけど、魔王はなんでここへ?

 急に洞窟探検したくなったとか?


 危険な場所は抱きかかえられ、水場もあっさり飛び越える。

 石筍(せきじゅん)の多いある場所を通ると、ピリッとした静電気のようなものを肌に感じた。


「平気か?」


「ええ」


「そうか、やはりな」


 謎の言葉を(つぶや)く魔王とともに、奥へ進む。

 すると、空気が急に澄んだ気がした。


 魔王は光を打ち上げて、はるか頭上に固定する。


「うっわぁ……」


 目の前は圧巻の景色で、それ以上言葉が出ない。


 そこは、ひらけた空間だった。

 天井はオーロラのような石のカーテンが折り重なり、壁同様いくつもの鉱石で光り輝いている。湖の中央には石の舞台があって、そこに置かれた水晶の玉座を、真上から魔王の光が照らしていた。


「魔――レオン、ここは?」


「ここは始まりの場所。初代魔王生誕の地であり、代々の魔王にしか入れぬところだ」


「え? だったらわたくしは、なんで入れたの?」


「訂正しよう。代々の魔王と洞窟が認めた者にしか、入れぬ場所だ」


「ええっ!? そんな大事なところに、わたくしを? 不思議だわ。いつ認められたのかしら」


「さっき、わずかな魔力を感じたであろう?」


「魔力? あれって、静電気ですよね」


「いや、魔法の力だ。資格のある者しか、先へ進めない」


「資格? 資格ってなんの……」


「もうすぐだ。行くぞ」


 魔――レオンに抱きかかえられて、湖の中央までひとっ飛び。

 彼は私を、水晶の玉座に座らせた。


「え? え? え?」


 全くわけがわからない。

 魔王ともあろう者が、どうして私の前で(ひざまず)いてるの!?


「ヴィオネッタ、そなたに問う。我の伴侶(はんりょ)になってくれぬか?」


 魔王は私の手を取ると、自身の(ひたい)に当てた。

 映画のワンシーンのようだけど、これは現実に起こっていること。


 ――伴侶って、パートナー。つまり奥さん。それならこれって、プロポーズ!?


 料理番から魔王の妻とは、大出世!

 というより、魔界を()べる王が、世界を圧倒する魔王が、ちっぽけな私を選んで大丈夫なの?


「レオン、でもそれは……」


「大事にすると約束する。地位も名誉も金も宝石も、そなたが望むものは全て与えよう」


 ――急になんで? 今日のモンブラン、そんなに美味しかった?


 思わず現実逃避するものの、ふざけている場合ではない。

 誠意を持って応えなければ、きっと後悔する。


「もったいないお言葉ですが、何も()りません」


「断る、と申すのか?」


 眉間の(しわ)を、伸ばしてあげたい。

 困ったような表情も、いつもの尊大な表情も。

 全てを愛しく感じる私は、もうとっくに彼を受け入れている。


「訂正します。何も、ではなく、あなただけでいい。それと、わたくしだってあなたを大事にしますから。伴侶って、そういう意味でしょう?」


 魔族と人は違う。

 生き方や考え方が異なるから、時には意見もぶつかるだろう。寿命だって大きく違うし、別れはきっとつらくなる。


 だけど私は魔王の隣で、同じ景色を見てみたい。

 私を認めてくれたあなたとともに、未来を歩めたら。


「さすが、我の見込んだ女性だ。了承してくれるのだな?」


「ええ、喜んで」


 魔王は私を立ち上がらせると、腕に強く抱きしめた。


 生きることを、諦めなくて良かった。

 死亡フラグの連続にもめげず、つらい中でも前を向こうと努力した私は、さらにその先へ。

 

 薄暗い魔界の地でも、愛しい魔王と歩む未来は、きっと明るい!




 レオンは爪を湖の水に浸すと、私の刻印に上書きする。青く発光したそれは、痛みも感じずしっくり納まった。


「レオン、資格ってこれのこと?」


「そう。想いが通じたものにしか現れぬ『伴侶』の印だ」


「じゃあ、わたくしの気持ちはとっくにわかっていたってこと?」


「ああ。そなたから聞くまで、確証はなかったがな。さて、我にも同じものが刻まれた。長い年月、ともに過ごそうぞ」


「へ? 長い年月って?」


「我とそなたは、残る命もともにする。なあに、三百年など一瞬だ」


「え? え? え? 聞いてないんですけどーーーーー!!!」


 洞窟中に私の絶叫が響き渡ったのは、ほんの一瞬。

 魔王のレオンが熱いキスで私の口を塞ぐまでの、わずかな間のことだった。

久々の新作でしたが、最後まで書けたのは、読んでくださったみなさまのおかげ。

本当にありがとうございましたm(_ _)m

これからの方々、どうぞお手柔らかに。


優しいあなたの未来が、幸多きものとなりますように。


きゃる

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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白かったです!ドキドキハラハラしたり、ちょっとせつなくなったり。でも最後はちゃんとハッピーエンド。好みの作品に出会えて感謝です。 書籍になると嬉しいです! 応援しています! …
[良い点] 完読しました。面白かったです。 [気になる点] アホな質問なんですが、ヴィオネッタは長寿ではなく「不老」長寿になったんですよね?
[一言] 更新されてた…気が付くの遅かった! 最後まで一気読みしました! チビもふめちゃ可愛い! クリス…なぜ学習しない? アホカップルざまぁあああああああ!!!! ヴィー幸せになって良かった 天然魔…
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