■85 不老不死
夕方に到着していたストレー伯爵御一行に、部屋の案内と夕食を。先程の事が気に入らなかったのか、うちではもっと豪華な食事を食べるとか、コックは一流の者を雇っているだとかを自慢してきた。貴方の自慢話を聞かせるためにここに来たのではないだろうかとまで思ってしまった。
まぁ、私にはどうでもいい話だったので軽く流したが。
そして、寝静まった夜。
さぁ寝ようと寝室のベッドに腰を下ろしていた時、ルシルが何かに気が付いた。彼女の視線の先は、私の座る丁度右側にある壁。その向こうには私の研究室がある。
ランタンを持ち、中にある光る鉱石の明かりをつけ廊下に。研究室のドアに近づき耳を澄ませると……ゴソゴソと音がする。
使用人? いや、ここに入るときは一言言うよう伝えてある。色々と危ないものとかあるからね。まぁ、よっぽどのものは全て収納魔法陣の中だけれど。
そっとドアを開けると、ピタッと音が止まる。
「……ここで何をしているんですか、子息」
そう、この音の正体は潜り込んでいた子息だったのだ。
「迷ってしまって」
「それにしては、だいぶ荒らしてくれたようですね」
「興味本位で入ってみたら目を惹くものばかりでしたので」
「何を探していたんです?」
何の事、ですか……? とうろたえているが、その行動で丸分かりだ。この有様を見れば一発だろう。それで、泥棒の真似事などして何を探していたのですか。再三聞くと、黙り込む。そして、
「……不老、不死……」
「……は?」
「不老不死の妙薬を錬成する為の錬成陣」
不老不死……? どうしてそんなものを……?
「素材は集めた、あとは陣が必要なんだっ!!」
素材……確か、王宮術師の皆さんから預かった論文の中にもそんなテーマのものがあった。
「アンタは賢者だ、きっと知っているんだろ」
さっさと教えろ、と迫ってくる。そんなものを作ってどうするのですか、と聞いたら何当たり前なことを聞いているんだと言った顔をされる子息。
「もちろん使うに決まっているだろう!!」
と、興奮気味な彼。それだけ、欲しくて堪らなかったのだろうか。素材は集めた、と言っていたが……あの論文を見たら、集めるのにはだいぶ苦労するものばかりだった。まぁ、予測でしかないが。だが、
「そんなもの、ありませんよ」
思いもよらなかった言葉が出てきてうろたえた子息は、賢者といえど所詮三流だな。などと言い放ってくるが、別に腹は立たない。言いたいやつには言わせておけ。
「この世界中、どこを探してもそんなものはないんですよ」
「嘘だっ!!」
「まず、仮に不老不死となったとしましょう。きっと、その様子では幸福感に満ち溢れるでしょうね」
錬金術師の夢。とても魅力的な産物。そんな事を、あの論文で感じた。
「けれど、それは一時だけです。次に来るのは、孤独感です。
人間は、老い、ガイアの元に還る。それに置いて行かれるのですから当たり前でしょう。
子息の周りにも、きっと大切な人達がいるでしょう、同い年もいらっしゃるのではないでしょうか。だけど、周りがどんどん大人になって、いずれは結婚して、子供が生まれて、そして老いてガイアの元へ還る。生まれた子供もきっとあなたを追い越していく。
――そんな孤独に、貴方は耐えられますか?」
彼は、黙ったままだ。そう考えなかったのだろう、まぁこの様子ならそうなのだろうな。
「まぁ、これは仮定です。先程も言いましたが、そんなものはこの世には存在しません」
「嘘だっ!! ちゃんと本に書いてあったんだぞっ!!」
「不老不死だなんて、死を恐れた人間の空想にすぎません。この世に生まれ、生きていずれはガイアの元へ還る。
その理から外れてしまった人間を、人を愛するガイアはどう思うでしょうか。きっと、悲しく思うでしょうね。還りたくても還れずこの世に縛り付けられた人間を。
そんな元凶である妙薬を、ガイアの加護で我々が使うことの出来る錬金術で作れると思いますか」
「じゃあ何で大賢者達はあんなに長く生きてるんだよっ!!」
成程、大賢者は不老不死だと思っていたのかな。長い年月の中錬金術に触れてきたためあんな力を持っているのだと思ったのだろう。
「ただ、一般人と生きる時間が違うだけです。あの方々はガイアの代理人。使命をもってこの地に生きる人々に祝福を与えてくださっているだけなのです」
使命を果たすために命が長いのだ。……賢者も長い事は伏せておこう。
「……じゃあ、どうしたらいいの」
昔の事を思い出した。前にどうしたらお師匠様みたいになれるの? と聞いた事があった。どうせ、お前みたいなちんちくりんには一生無理だろ、と笑われてしまうだろうと思っていたけれど、違った。
『錬金術との向き合い方を考えろ』
と、言われた。
当時の私は、全然意味が分からなかった。ただ、面白い未知の世界としか思っていなかったからだ。今考えると、あぁこういう事だったんだと使う度思う。
何だよそれ、はっきり言えよ。子息はそう言うけれど、それではダメなのだ。
「さ、このことは無かったことにしますから部屋に戻ってください」
不服そうだったけど、黙って戻っていってくれた。さ、私も寝ようかな。一応研究室に結界を張っておいた方がいいな。
それからの彼は、不満ながらも意欲的だった。態度はデカかった為何度もローレンスが怒り出そうとしていたけれど。たぶん昨日のせいだろうな。
まずは錬成陣紙を使わないように、と言ったけれど流石に10日間では無理だったようだ。でもこれからも続ければきっとすぐ使わなくても錬金術を使えるようになるだろう。
ここに残らせてくれ、とは言わなかった。けど、錬金術に対してのあの目を見ればきっとどんどん成長するだろう。また次に会えた時どうなっているかが楽しみだ。
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