表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

◇幕明きし暗黒グランギニョル

体育館の銃声は強風に乗って、微かだが校舎にまで届いていた。風紀委員として戸締まりの最終見回りをしていた祐未、教室に忘れ物をしたツァオ、その日の鍵当番でツァオが教室を出てから鍵をかける予定だったユトナと、隠れて煙草を吸っていた隆弘、通信妨害電波について独自に調査していた直樹、瑠美、リアトリスがその音を聞いて動きを止める。

 彼らは各々小さいが妙に胸騒ぎのする音に眉をひそめ、状況を確認しようとあたりを見回した。

 

 ◇


「なんの音だ……?」


 音楽室の戸締まりを確認していた音楽教師のキールも生徒達同様発砲音を聞いており、先程鍵をしめたばかりの窓を開けて外を見る。体育館側の裏門に、道をふさぐようにワゴンが一台止まっているのを確認する。

 妙な胸騒ぎに眉をひそめた彼は、とにかく一旦窓を閉めて教師のだれかに現状を確認しようと携帯電話を取りだし――圏外であることに気がついた。

 

 ◇

 

 国語教官室にラジオを取りに行って拘束を免れたクレイズは、しばらく物影に隠れて様子を伺っていたが、周囲が静かになったのでそっと廊下に顔を出す。

 

「……困った事になったな……」


 音楽室にいるキールもおそらく無事だろうが、自分とキールの二人で何が出来るのか疑問が残る。先程確認したが、裏門と正門それぞれには道をふさぐようにワゴンが一台止まっている。グラウンドのフェンスを乗り越えて警察を呼びにいくことも考えたが、黒い人影が裏庭やそれこそグラウンドを歩いているのを確認したので、すこし難しそうだ。

 

「とにかくキールと連絡をつけないことには」


 クレイズはそう結論づけると、もう一度ゆっくりと廊下を見回し、人気がないことを確認して国語教官室を飛び出した。

 

 ◇

 

「さ、さっきの人たちは……なんなんでしょう……」


「さあ……わかりません」


 購買部にいたライドとレイが物影にかくれた状態で小さく囁き会う。途中で合流してきた黒人も消え入るような気配の薄さでそっと囁く。

 

「裏門と正門にワゴンが止まっていました……ものものしい雰囲気ですし、ここに隠れていたほうがいいと思います」


 ライドが頷いた。

 

「そうですね……きっと、アレックス先生やイセリタ先生がなんとかしてくれますよ」


 ◇

 

 シギは窓に打ち付ける強風と雨の音をBGMに図書室で一人本を読んでいた。ひとけのない図書室は張り詰めたような空気に包まれ、外から聞こえる低い風と雨の音が図書館自体の静寂をよりいっそう際立たせている。

 パラ、と本のページを捲ったシギの頭に硬い金属が押しつけられた。

 

「こんな所にも生徒がいたとは。体育館に集合しろと言ったはずだが?」


 黒ずくめの男がシギの頭に拳銃を突きつける。シギはチラリと目線だけで男を確認すると、すぐに本へ視線を戻しまた読み始めた。

 男の眉がピクリと跳ね上がる。

 

「おい、聞いてるのか! モデルガンじゃねぇんだぞ! とっとと両手をあげて立ち上がれ!」


 男がシギの肩を乱暴に掴む。銀髪をふわりと揺らしたシギの金色の目が男を睨みつけた。シギの白い手が素早く伸びて男の持つ拳銃を掴み、男が銃を突きつける以上の腕力で銃口を天井に向けた。生徒から反撃をくらうと思っていなかった男が目を見開く一瞬の隙に腹部を殴りつけた。

 

「ぐ、ぅ!?」


 肺から全ての空気を吐き出した男がグラリと身体を方向ける。シギが椅子から立ち上がりクルリと男の方へ振り返った。そのまま足を振り上げ、つま先で男のアゴを蹴り飛ばす。

 バタンと大きな音がして男が倒れた。

 シギは男が気絶したのを確認すると、また椅子に座り直し本を読み始める。

 パラリとまた本のページを捲ったシギの耳に、キヒヒッ、という特徴的な女の笑い声が聞こえてきた。

 

「派手にやらかしましたわねぇ」


 黒いストレートの髪を肩まで伸ばし、赤いワンピースを着た女――図書委員の一人、ライラ・タイタニア……通称ライターだ。恐らく図書の整理でもしていたのだろう。

 シギは椅子に座ったまま微動だにせず、視線だけで彼女を見る。すると彼女はまたキヒヒッ、と独特の笑い声をあげた。

 

「まさか学校にこんなテロリストみたいな方がくるとは思いませんでしたわぁ。さっきの口調からすると、体育館に集合しろと指示をしたのも彼らのようですが。ソウル先生は脅されてらっしゃったのかしら。大の大人がそろいも揃って使えませんわねぇ」


 通常、大人だろうが子供だろうが武装した集団に襲われては従うしかないと思うが、シギは何も言わずにライターの言葉を聞いている。

 彼女は倒れた男の腹を軽く蹴って呻かせると、突然服を脱がせ始めた。

 

「あら、白人ですわね。流暢な日本語でしたけど、どこで習ったのかしら」


 シギは黙々を本を読み始める。

 男の衣服を取り払ったライターが、おそらく図書の整理に使っていたのだろうガムテープとスズランテープを持ち出して白人の身体を拘束した。両手首と両足首を束ねるようにガムテープでまき、さらにその上から全身にスズランテープをまきつける。多少やりすぎなように感じたが、シギは黙っていた。

 一仕事終えたライターが男の来ていた黒の上下と目出し帽を綺麗に畳み、スズランテープで背中に背負って立ち上がる。そのまま本棚にかかったハシゴを登り、彼女は排気口に手をかけた。

 

「では委員長、その男が気がついたらまた気絶させておいてくださいませ」


 シギが視線だけでライターを追うと、彼女はキヒヒッ、と笑った。

 

「まあ。非常事態なのにその程度の労働で済むのですから役得だと思ってくださいな。本来なら本も読めずに体育館にすし詰めでしてよ。ここで本を読みたいなら最低限の労働はこなして下さいマシ。でないと彼のお仲間につかまりましてよぉ?」


 シギが目線を本に戻した。ライターはそれを了承を受け取ったらしく、自信は排気口の扉をずらしてそこにするりと入り込む。

 ポケットに突っ込んでいたペンライトで排気ダクト内を照らしたライターはまたキヒヒッ、と笑う。

 

「さて。大人が生き残ってるといいんですけれど」


 まずは音楽室でも覗いてみましょうか。

 

 軽い調子で呟いたライターは、白い肌が埃にまみれるのもかまわずズルズルと蛇のように排気ダクトの中を進んでいった。

 

 ◇

 

 ガコン、と天井から妙な音がしてキールはバッと顔をあげた。

 排気口の扉がずりずりと音を立てて取り外され、長いストレートの黒髪がずるりと出てくる。そのままあどけない少女の顔が逆さまにヌッと飛び出した。

 キールは排気口を睨みつけるようにしたまま肩の力を抜いた。

 

「……タイタニアか」


「ご名答ですわキール先生」


 現れたのは三年生のライラ・タイタニア。彼女はキヒヒッ、と独特の笑い声を漏らすと、一度排気ダクトの中に戻って音楽室に黒い布の固まりを吐き出した。

 

「なんだそれ」


 キールが尋ねると、ライラは排気口からまたヌッと顔を出しニコリと笑う。

 

「学校を襲ったテロリストどもの衣装ですわ。武装もトランシーバーも持ってきていますから、これで襲撃者に化ければ拘束されずに体育館に潜り込めます」


 受け取って下さい、と言われたのでキールは慌てて排気口の下に移動する。するとタイミングを見計らったように、拳銃とマシンガンとトランシーバーが放り投げられた。

 キールが排気口を見上げて問う。


「他の連中は体育館にいるのか」


「襲撃者もそう言ってましたし、放送でも体育館に集まるよういってましたからおそらく」


「お前はどうするんだ」


「わたくしはちょっと状況を把握してきますわ」


 ごきげんよう。

 そう言ってライラが排気口の扉を閉める。それきり音がしなくなったので、キールはひとつため息をついたあと、諦めてライラの吐き出した黒い服を身に着け始めた。

 完全に着込んだ後、もう一度深呼吸してトランシーバーの電源を入れる。

 電子混じりの声が聞こえてきた。

 

『遅かったな。様子はどうだ』


「図書館には誰も居なかった。もう少し当りを見回ってからいく」


『そうしてくれ。何人か拘束をまぬがれたネズミがいるらしいからな』


 どうやら相手は声の変質に気付いていないようだ。ノイズが酷いから仕方有るまい。馬鹿に大きくなる心臓をどうにか落着けたキールは、トランシーバーに向って

 

『了解』


 とだけ告げると、体育館に向ってゆっくりと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ