◇月蝕グランギニョル
「うっわぁ……まずったわぁー」
窓ガラスにバチバチと雨が打ち付けている。ゴウゴウと呻る風の音を聞きながら花子は頭を抱えていた。
「どうせならもっと早く警報だしてくれればよかったのにさぁ、こんな中途半端な時間に警報だされてしかも特別警戒警報になるかもっていわれたらまぁどうしましょーってなるじゃんよぉー! もぉー!」
保健室からやってきた深夜が自分の椅子に座り、頭を抱えた花子を見る。
「しょうがないだろ。この状況じゃ、通常通り授業して下校時刻になっても警報が解除されないようなら、体育館で待機が妥当じゃないのか」
花子が紫の目で深夜を見た。昨日は水色だったのでこれもカラコンだろう。
「でも親御さんは心配だろソレ」
深夜の向かい側でパソコンをいじっていたスイレンがふと顔を上げる。
「問題ないでしょう。この学校は避難所に指定されていますから、生徒の大半は特別警戒警報が出たらここに避難してくるはずですよ」
アレックスもニコリと笑って口を開く。
「まあ、ここで誰かが逐一情報を確認して、授業は通常通り行おう。今の段階で生徒を体育館に集めては折角学校に来たのに意味がないからね」
イセリタがクスクスと笑った。
「生徒からはブーイングがきそうですが」
花子が頭を抱えた状態でテレビに視線を移す。
「……しゃーねぇなぁ、こればっかりは」
そしてピンと背筋を伸ばした。
「じゃあ、授業入ってない連中はここで待機。情報が更新され次第順次対応」
アレックスが頷く。
「そうしよう」
突然、気象情報を流していたテレビがザザザザと不快なノイズを垂れ流した。画像が大きく乱れ、情報が聞き取れなくなる。
花子をはじめとした教師陣が目を丸くした。
アレックスが立ち上がり、テレビを軽く叩く。
「雨と風が強いからかな?」
花子が呆れた様子でため息をついた。
「ばあちゃんじゃねぇんだからテレビ直すのに叩くんじゃないよ」
アレックスがしばらく叩いていても治らないので、クレイズが椅子から立ち上がる。
「しょうがないな。ラジオなら大丈夫かもしれないから、持ってくるよ。国語教官室にあるから」
アレックスが未だにテレビを叩きながら言う。
「悪いね、クレイズ」
彼の言葉にクレイズは
「いいよ」
と片手をあげ、職員室を後にした。
クレイズが出ていった後、花子が思い出したようにキョロキョロと辺りを見回した。
「そういえばファウストは?」
カルマがチラリと花子を見て、応える。
「キールだよ。音楽室の戸締まりしてからくる」
アレックスがまだバシバシとテレビを叩いていた。イセリタが
「もうやめなさい。逆に壊れてしまいます」
と言って手をつかみ、アレックスは少し残念そうに動きを止める。
花子がツイと窓に視線を移す。ガタガタと風が窓を揺らしていた。
「雨風が強くなってきたなぁ」
深夜が首を傾げる。
「風の音か? これ」
ガタガタと風が窓枠を揺らしている。それとは別にバタバタと廊下から騒がしい足音が聞こえてくるようだ。
イセリタとアレックスがドアのほうに視線を向ける。
ガラリと扉が開いた。
シギュンが驚いたような声をあげる。
「なっ、なんなんですかあなたたちは!」
全身黒ずくめで覆面をした男女が5人、あろうことかマシンガンを構えて立っていた。扉の一番近くにいたアレックスとイセリタにそれぞれ拳銃がつきつけられる。
「大人シクシロ」
男の放った言葉はカタコトだった。覆面からのぞく目はアイスブルーなので、まあ十中八九外人だろう。他の4人も部屋のそれぞれに銃口を向けている。
花子は恒例にしたがって両手をあげながら、銃をつきつけた相手が悪いなと思った。
アレックスは銃を突きつけられた状態でゆっくりと両手を挙げる。ついでに片足もゆっくりとあげ、足以外の身体をまったく動かさないまま目の前の銃を大きく蹴り上げた。
ガツンと荒々しい音がして拳銃がはじき飛ばされる。
「なっ、なんだ!?」
イセリタに銃をつきつけていた男が視線を横に向ける。そうなると当然彼にはイセリタの攻撃が待っていた。
「ハァッ!」
いつもからは想像のつかない荒々しい雄叫びと共に拳を突き出したイセリタが目の前の男の腹部を殴打する。
男の身体がくの字に曲がった。
「ぐふっ!?」
銃口が下がり、イセリタの足が男のアゴを狙い撃つ。もんどり打って仰向けに倒れた男がガンッ、と頭を廊下に打ち付けた。
ソウルに銃を向けていた男が振り向き、アレックスとイセリタに狙いを定めた。
「Are you nuts!? freeze!!(正気か!? 動くんじゃねぇ!)」
パパンッ、と風船の割れるような音がして銃弾が二発発射される。アレックスとイセリタに放たれたそれは、しかし彼らに当たることなく扉に大きなヒビを作るにとどまった。
拳銃を撃った男が目を見開き息をのむ。
「!?!!!?!!!!!?!?!?!!!?」
威嚇射撃だったというわけではない。それは男の驚きようを見れば誰だってわかる。アレックスとイセリタが、銃弾を避けたのだ。
両手をあげたままの花子が思わずボヤいた。
「……るろ剣かよ」
銃を撃った男がアレックスに蹴りを入れられ机の上に倒れ込む。これで3人がノされたわけだが、残りの2人の判断は非常に的確だった。
「動カナイデ下サイ!」
カタコトの、女性の声が響く。彼女が銃を突きつけたのは一番近くに居たオレンジ髪の女性――家庭科教師の、シギュンだ。
あ、運が悪いな。と花子は思う。これで突きつけられた相手がスイレンあたりであれば人質が犯人をノして終るのだが、シギュンは荒事には向いていない。
荒事に向いている教師というのも多分に問題があるように思うが、それは今論議するべき内容ではない。
重要なのはシギュンを人質に取られた通称『花神楽最強教師』2人組が動きを止めたことである。彼らにやられた3人は完全に伸びているため、残りの1人が彼ら二人に銃を突きつける。
「ったく、誰だ日本は平和ボケしてるから簡単だっていった奴。嘘つき野郎め。後でケツの穴に酒瓶突っ込んでやる」
アレックスの頭に拳銃が押しつけられ、ゴリリと骨と金属のこすれる音がした。
「手を背中に回せ。先に拘束させてもらう。他の奴らも動くんじゃねぇぞ。でねぇとそこのしまりのなさそうな女の頭がガバガバになるぜ」
銃を頭に強く押しつけられ、シギュンが息をのむ。教師陣が言われたとおり大人しくしていると、男は慣れた手つきで金属製の結束バンドを取りだし、両手の親指同士を縛り付けていった。
深夜の手が拘束され、花子も無理やり背中に手を回されて親指を拘束される。あまりにも乱暴だったので肩が痛み、ボヤいた。
「ファック、ここはペンタゴンでもホワイトハウスでも首相官邸でもねぇんだぞ。ハリウッド映画の撮影なら余所でやれ」
すると黒ずくめの男がニヤリと笑った。
「口の減らねぇ女だな」
シギュンの腕を拘束し、尚かつ彼女に銃をつきつけたままの女がカタコトで言う。
「スポーツホール、GO」
「おっと、だれか一人には生徒全員体育館に集合するよう放送してもらうぜ」
腕を拘束されたままのソウルがたまらず声をあげた。
「そんな危険なマネ、誰が!」
教師全員を拘束しおえた男が、あらためてソウルに拳銃をつきつける。
「別に今から仲間が何人か、ガキどものいる教室にいって銃ぶっぱなしてもいいんだぜ。こんなことする連中の武装が拳銃だけだと思うか? 一分で30人は死ぬだろうな」
ソウルが唇を噛み、息を飲む。結局男はソウルに目をつけたようで、女に他の教師を体育館へ連れて行くよう指示すると、ノビている三人をたたき起して女の援助を命じた。
イセリタに腹を殴られた男が花子に銃をつきつける。彼女はすばやく脳裏で今後の対応を模索した。ヘタに抵抗するより、全員拘束されて大人しくしているほうが犯人を刺激しなくてすむ。そのほうが怪我人も出ない可能性が高い。離れ小島というわけではないのだからすぐに警察がくるだろう。犯人側の目的がなんなのかわからなければ様子を見るしかないのだ。
ソウルが放送室へと連れて行かれ、全校放送で体育館へ来るように放送が流れる。
体育館には20人ほど武装した連中がいた。マシンガンと拳銃で武装している。男とひとめでわかる連中が15人。あとの5人の性別はわからない。
しばらくして各クラスの風紀委員が誘導してきた生徒達が体育館へ入ってくる。
教師はすでにステージの隅へ集められ、マシンガンを突きつけられていた。
2年の風紀委員である藍上ルカが体育館の異様な光景を見て視線を泳がせる。
「あ、あの……?」
銃を持った男が彼女に言った。
「いつも通り整列しろ」
「……!? ど、どういうことですか!? あなたたちなんなんですか!?」
「え、なになに、どうしたの?」
「なんだ、なんの騒ぎだ?」
「え、どうしたの」
「藍上が」
「先生は?」
「先生たちいないの?」
ルカの声が後ろに並ぶ生徒達にも聞こえ、波紋のようにざわめきが広がっていく。黒ずくめの男が眉をひそめた。
「静かにしろ」
低い、ドスの聞いた声だ。声の聞こえた何人かの生徒がピタリと口を噤んだが、ルカは尚も声をあらげる。同じような人間が体育館の中に20人もいるのだ。異常事態だと嫌でもわかってしまう。
「答えてください! あなたたちなんなんですか!?」
とうとう男が銃口を天井に向け、引き金を引いた。
「静かにしろっていってんだろ! 言われたとおりにしろ!」
ガガガガガガガッ、と轟音が響いて天井の照明が割れる。ガラスが振ってきてルカは思わず頭を抱えた。
「きゃあっ!」
ステージの隅で拘束されていたアレックスが身を乗り出した。
「やめろ! 脅えているだろう!」
見張りの男が銃床でアレックスの頭を殴打する。
ガツン、と音がしてアレックスの身体が床に叩きつけられた。
「静カニシテロ」
脅えた様子の、あるいは戸惑った様子の生徒たちが銃を持った男の誘導で体育館に入ってくる。全校集会のような形で整列させられた生徒達に金属製の結束バンドが配られた。
「ソレで前の人間の親指同士を束ねろ。背中側でだぞ。妙なマネしたらそいつの頭撃ち抜いてやるから変なマネするんじゃねぇぞ」
銃を持った見張りが列の間を行き来して見張っているのではなにもできない。言われたとおり手前の生徒の腕を拘束していった生徒達はそれぞれの列の最後の1人を武装した見張りが拘束すると、そのまま座っているように命令されたのだった。




