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俺たちのショッピングデート

 土曜日の午前11時。待ち合わせは比嘉の家の近くのコンビニにした。

 比嘉の姿はまだない。


 夏休み明けに二度目の告白をして、比嘉と付き合い始めてもうすぐ2か月になる。


 2か月でキスすんのって、早すぎるんか。


 2か月がどうの以前に比嘉の中身が小学生だから、キスなんかしたら嫌われるかと思ってたけど、どの漫画読んでもキスシーンでも比嘉は平気な顔をしていた。


 もしかして、意外と待ってたり……いや、逆か。


 小学生だからこそ、よく分かってなくて平気なのか。だったら、実行したらやっぱり嫌われるかもしれない。


「入谷! 入谷!」


 ハッと顔を上げると、比嘉が笑顔で俺の顔をのぞき込んでいる。


「おう、来てたんか」

「全然気付かないんだもん。真剣な顔して、何考えてたの?」


 その今しゃべってるお前の口を俺の口で塞ぎてえなーって考えてたんだよ、とは言えない。


 今日の比嘉は、ちゃんとかわいいカッコをしている。

 ベージュ地のチェックのミニスカートに、濃い赤の薄手のニットをウエストインしてて、華奢な体形に合ってる。


 お母さんに選んでもらったんだな。


「服よく似合ってんじゃん」

「ほんと?!」


 おう、かわいっ。何その嬉しそうな反応。

 心なしかいつもより声が高い気がする。


「もしかして、自分で服選んだの?」

「うん、ファッション誌買ったりサイト見て勉強はしたんだけど、だんだん訳分かんなくなっちゃって」

「それで唐突に変な動物の靴下履いてたりするんだな」

「なんか、ハズシ? ギャップのあるアイテムを入れるといいって書いてたから」

「比嘉は何着たってかわいいよ」


 髪をなでると一気に真っ赤になって頭が沸騰したかのように熱くなる。


 比嘉がうつむくのにつられて、目線を落とすと比嘉の白い太ももが目に入った。


 いつもは制服のひざ丈のスカートで隠されてるから、不意打ちにドキッとする。

 細くてまっすぐで、全く運動してないなってよく分かる筋肉のない足。


 短いスカートに慣れてないのか、スカートの裾を触っている手のツメが淡いピンクでびっくりした。


「え? ネイル?」

「う、うん、100均で見付けたから塗ってみた」

「へー、女の子っぽい色だね。かわいい」

「あ、ありがとう」


 比嘉の手を取りじっくりと見ると、どう塗ったらこうなるんだってくらい、ボコボコだし色むらがすごい。


 急におしゃれに目覚めたんだなー。全く興味なさそうだったのに。女の子って分からん。

 真夏でもこれより長いスカートかズボンばかりだった。


 足ばっか見てる自分に気付いて顔を上げると、比嘉はリップクリームを塗っている。ああ、結構乾燥してるもんな。

 俺も唇がカサついてるのを感じる。リップ貸してって言ったら、貸してくれんのかな……。


「どこに誕プレ買いに行くの?」

「んー、予算がだいぶ厳しめだから、限られちゃうと思うのよね」


 煩悩を振り払い目的地を尋ねると、比嘉が気まずそうに答える。


「予算いくら?」

「500円」

「駄菓子屋なら豪遊できるな。比嘉ってお小遣い制?」

「うん。月に5000円」

「4500円何に使ったんだよ」

「これが2000円と、これが1500円と、あと雑誌とかで」


 スカートとニットを指差す。


「わざわざ買ったの?!」

「うん、昨日学校の帰りに寄り道して」

「なんで?」

「なんでって……」


 比嘉が赤くなった。なぜじゃ。


 今日買い物に行くんだから、1日くらい待てば良かったのに。


「100均もあるし、今セールやってるからイオンがいいかなと思って」

「電車乗ったら予算が減るから、がんばって歩くか」

「あ、自転車取ってこようか?」

「えっ。いや、いい、歩いて行こう!」


 比嘉の手を取り、歩き出す。

 そのミニスカートでチャリ漕がれたんじゃ、俺が事故るわ。


 なんか、いつもより声が高いとは思ったけど手も温かい気がする。寒くなって来たから相対的に温かく感じるだけかな。


 体感よりも体が冷えてるのかもしれない、と昼メシにはラーメンを食う。


「安いのにおいしいね」

「うん。ここのラーメン初めて食ったわ。煮干しだしっぽくて美味い」


 ガツガツラーメンをすする俺を比嘉がジーッと見ている。食わねえのかな?


「あ、比嘉ってかなりの猫舌だもんな」

「う、うん、そうね。そろそろ食べられるかしら」


 ちょっと冷めてるが、比嘉はフーフーして食べる。すぼめられた口を凝視してしまう。


 いかんいかん。煩悩を振り払うんだ!

 頭をブンブン振って、ラーメンに集中する。


 ラーメンを食い終えた比嘉は紙ナフキンで口を拭くとリップクリームを塗る。

 うわー、女の子って感じ。ギューッてしたくなる……。


 フードコートを出ると、なんか引っ張られるような違和感があった。


 軽く振り返って見る。比嘉が俺の羽織っているロングシャツの裾をつまんで上目遣いに見上げている。


 ドキッとした。

 比嘉が自分からこんな近くに来たことなんかなかったかもしれない。


「ねえ、300円均一のお店見てみたい」

「え? あー、あれね。掘り出しもんがあるといいな」


 なんかドキドキして落ち着かない。


 比嘉がいつもと違いすぎる。

 声高めだしスカート短いし足出してるしツメピンクだし何か知らんがジーッと見てくるし近付いてくるし。


 ズラリと並ぶ商品を見てても、会ったこともない比嘉父がどれを好みそうかなんか全く考えられない。


 とりあえず男物っぽい革製の黒いコインケースを手に取る。茶色はいくつもあるけど黒はこれひとつだから、人気なのかもしんない。


 一応、コインケースを開けてみたり底を見てみたり考えてるフリだけはしていると、比嘉がヒョコッと俺の左上腕に顔をくっつけてコインケースをのぞき込む。


 おいぃー! 近い! 近いんだよ、お前!


「それカッコいいね」

「だ……だろ?」


 鼓動の速さに圧倒されて言葉が出ない。この俺を黙らせるとは大したもんだぜ。


 ヤバい! 何なの、今日の比嘉!


 人間は理性で行動を制御できる動物だけど、俺は割とすぐ理性がどっかぶっ飛んでっちゃうんだよ。

 こういうことされるとすげー困るんだけど! 理性がぶっ飛んで比嘉に嫌われるような行動しちゃうじゃねーかよ!


「こ、これにする?」

「あ、でも、もうちょっと見たいかな」


 まだ終わんねえのか……。

 比嘉と過ごせて楽しいけど、比嘉に何かしちゃいけない状況でこれはツラい。


 比嘉は色んな店を見て回り、何度かこれいいなーとは言うものの、なかなか決めない。


 予算が500円だから慎重になるのも分かるけど、もう帰んないと門限の6時に間に合わなくなるぞ。


「比嘉、そろそろ決めねえと」

「まだ帰りたくない……あ、えーと、お母さんに連絡入れて門限9時にしてもらおうかな」

「え?!」


 え……今の、俺の聞き間違い?


 寂しそうに見上げた比嘉がめちゃくちゃかわいかった。

 慌ててスマホを出して操作してる比嘉を人目もはばからず抱きしめたい衝動に駆られる。


 もしかして比嘉、帰りたくないからプレゼント決めないんじゃ……。


「お母さん、いいって?」

「うん、お父さんのプレゼントが決まらないって送ったら、いいよって」

「じゃあ9時まで一緒にいられるから、もう決めちゃえよ」

「えっ……う……うん……」


 やっぱりそうだったんだ。

 一瞬、驚いた表情を見せたと思ったら真っ赤になった。俺に気付かれてることに気付いたんだろう。


 そして、比嘉が選んだプレゼントは300円均一の黒の皮のコインケースだった。


「最初に見たヤツじゃねーか!」

「良かった、まだあった」

「……お前なあ……」


 もーやめて。これ以上俺をキュンとさせんでくれ。俺のライフはゼロに近い。ゼロになったら俺何するか分かんねーよ。


 比嘉がコインケースをレジに持って行く。ミニスカートから伸びるひ弱そうな足すら俺のライフをゴリゴリと削る。


 100均に行ってラッピングを買うと、予算の500円をほぼキレイに消費した。


「できた」

「おおー、いい感じじゃん」


 比嘉がコインケースをラッピングバッグに入れてリボンを結ぶ。

 ゴミをゴミ箱に捨て、プレゼントを小さなバッグにしまって、イオンを出るとすっかり日が落ちて真っ暗だった。


「どうする? メシでも食う?」

「もう私お金ないよ」

「俺もあんまないけど、コンビニ弁当くらいならおごれるよ」

「えーと……そんなにおなかすいてないし、公園に寄りたいかな」


 比嘉が指差す方向に、遊歩道のある大きめの公園がある。


「へー、こんなとこに公園あったんだー。お散歩すっか」

「うん!」


 比嘉が嬉しそうに笑う。

 ストーカーに見えたくらい歩きまくってたし、お散歩好きなんかな。


「結構暗いな。かと思ったら、うわ、まぶっし! 何これ、ライトの間隔広すぎだし明かり強すぎだろ」


 遊歩道を歩きながら素直な感想を述べるも返事がない。


 隣の比嘉を見ると、ちょうどライトの下でリップクリームを塗りながらジーッと俺を見上げている。

 思わず、比嘉の顔を手で遮ってしまう。


「ごめん、マジでそれやめて。かわいすぎて無理」


 思わず本音が出た。しまった、と思うが時すでに遅し。


 そーっと手をどけると、ホカホカの湯気でも立てそうに真っ赤になった比嘉がうつむいていた。


 ごめん、お前にも刺激が強かったかもしらんが、お前が先に刺激激強な行動をしたのが悪い。


 犬の散歩をするにも暗いし、人はまばらだ。しかも、目に入るのはカップルばかり。ま、夜の公園ってこんなもんかも。


「残念だったな。昼間だったらお前の好きな犬もいっぱいいたかもしれないのに。先にお散歩すれば良かったか」

「昼間じゃ意味がなくなっちゃうんだよ……」

「え? どゆこと?」

「あ! ううん! 何でもない!」

「どうした? 顔真っ赤じゃん。熱ある? しんどい?」

「だっ、大丈夫! ちょっと疲れちゃったのかも……あ! ううん、全然しんどくない」

「そう? ならいいけど」


 ライトの光が届かず暗くなった所で、比嘉の頭が肩に軽く寄りかかって来た。頬に比嘉の髪が風で揺れてきて、盛大にドキッとする。


「ど……どうしたの?」

「ちょっと、疲れちゃったなあ」

「やっぱりしんどいんだろ! もーお前は、すーぐ無理しちゃうんだから。急いで帰ろう」

「えっ……う……うん、そうね……」


 何かを諦めたように比嘉がうなだれる。

 マジでどうしたんだろう。かなり疲れてたのかな。


 疲れからか、行きに比べて口数も少ない。比嘉は極端に体力がないから、マメに休憩取らせないとこうなっちゃうんだな。覚えとこう。


 ゆっくり歩いて来たから、比嘉の家の前まで来るとちょうど9時くらいだ。


「門限ジャストになっちゃったな。でも、いいプレゼント見つかって良かったじゃん」

「うん、そうだね」


 比嘉が笑顔で俺を見つめる。もう9時だし、じゃあって軽く帰ろうと思ってたけど、比嘉が今日何度かあったようにジーッと見てくる。


 なんとなく、視線を外せなくて俺も比嘉の目を見つめる。


 段々、距離感が分かんなくなって、引きつけられる。無意識に比嘉への距離を詰める。


 あ、ダメだ。せっかく今日一日我慢し続けたのに、理性を保てる気がしない。もういい。ぶっ壊してやる。


 思いっきり比嘉を抱きしめる。何度こうしたいって思わされたか。やっと、感じる体温に自分の体も熱くなっていくのが分かる。


 腕の力を緩めると、比嘉が顔を上げる。ダメだ、止まんない。


 ペコン、とメッセージの音が鳴った。聞こえてるのに、全然気にならない。


 比嘉の後ろ頭に右手をやる。もう逃がす気はない。

 軽くかがみ、俺が顔を近付けると比嘉は目を閉じた。


 心臓が体を突き破ってきそうに激しく鼓動を鳴らす中、塀の向こうからガラガラッと音がした。


「今、外でペコンって鳴った気がするよ」

「叶ちゃん、帰って来てるのかしら」

「玄関見てくるよ」


 ドキーンと全然違う衝撃に襲われる。比嘉もパッと目を開いた。


 忘れてた! 門限過ぎてる!

 比嘉の両親とこんな初対面は避けたい!


「じゃ! 比嘉、また!」

「うん!」


 比嘉が慌てて家へと入って行く。

 ここで駆け出すと足音で不審がられるかもしれない、と一瞬冷静になった俺は門柱のシーサーの下で息を殺す。


 いろんな意味で心臓がヤバいくらいドキドキしまくっている。


 ガチャッとドアが開いた音がする。


「た、ただいま!」

「やっぱり帰って来てたんだ。おかえり、叶」


 ガシャンとドアが閉まった音を聞いて、崩れ落ちそうに力が抜ける。あー、良かった、見付かんなくて……やっべー。


 いや、ヤバいわ、俺。マジでヤバいわ。


 本気でキスしたいと無意識に吸い寄せられちゃうんだ。

 比嘉の頭押さえつけて何してんの、俺!


 強引なマネしちゃって嫌われてねえかなー……超不安。

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