入谷の好意
はあー……ダメだった……。
精一杯がんばったつもりだったんだけどなあ……。
月曜日、登校したら入谷は充里と斉藤さんの席に座り、吉田くんと渡辺くんと渡部くんと楽しそうにしゃべっている。
入谷を眺めながら、土曜日のお買い物のひとり反省会をする。
下調べをキッチリして、これ以上ない計画を立てたのに、入谷は何もしなかった。
私のことをそこまで好きでいてくれてないのかしら……。
恥ずかしくってドキドキしながらも彼にキスさせる方法、というサイトを隈なく読んだ。
視覚情報も大事らしいから、服を買いに行き女の子らしい服が欲しいと勇気を出して店員さんに伝え、言われるままオススメを買った。
さりげないボディタッチを心掛け、彼をジーッと見つめ、時に見上げ、パーソナルスペースと呼ばれる個人的な距離に入り、こちらはオーケーですよ、遠慮はいりませんよ、のサインを出しまくった。
更には夜の公園。
ライトが少なく暗い場所がある、ライトが明るく肌をキレイに見せてくれる、カップルが多い、という条件をすべてクリアした公園をイオンの近くに見付け、ちゃんと入谷を連れて行けた。
それでも何もしないから、最後の手段、とまで書かれていたリップクリームを塗りながら彼を見上げる、までも実行した。
なのに、入谷に止められてしまった……。
挙句の果てには体調不良だと勘違いされ、公園を後にすることになった。
ああー、どうしてこうなった……。
チャイムが鳴ると、ようやく席に戻って来た入谷が不自然なほどに思いきり笑った。
「来てたんだ! おはよう!」
「おはよう」
「あの、土曜日、お前んちの前でその……マジごめん!」
入谷がパン! と大きな音で両手を合わせて頭を下げる。
「え? うちの前って……何の話?」
「え? 覚えてねえの?」
「なんか、いつの間にかボーッとしちゃってたみたいで、パパとママの声がしてハッとした感じなのよね」
「あー、なんだ、良かった……あれ? どうしたの? なんか元気ないじゃん。またしんどいのに無理してんじゃねーだろーな。大丈夫か?」
「大丈夫よ。体は元気だから」
「ほんと? 無理しないで俺を頼れよ」
心配そうに真剣な目で私を見る入谷に、胸がキュンとする。
何もせずにはいられないほどではなくても、好きではいてくれているんだと思えて嬉しい。
でも、お昼休み、廊下を歩いていたら右足を引きずりながら津田くんが大きな段ボールを抱えているのを見て入谷が駆け寄った。
「お前足引きずりながら何してんの」
「僕美術部で、月曜日はこれを美術室に運ぶ当番なんだよ」
「そんなもん他の人に代わってもらえよ」
「頼める人がいなくって……」
「もー、これだからボッチの陰キャは。俺が運んでやるよ。貸してみ」
「えっ、美術部でもないのに悪いからいいよ」
「俺無理してるヤツほっときたくないの。比嘉がマネしてまた無理するかもしんねーかんな」
「私?!」
急に名前が出てびっくりした。
入谷は津田くんから強引に段ボールを奪い、階段まで来るとここで待ってて、と大きな箱を抱えながらもヒョイヒョイと階段を上っていく。
無理してる人を放っておけない、か……。
さっき俺を頼れよって言ってくれたのも、私が好きだからと言うよりも入谷が優しいからなのかもしれない……。
「お待たせ!」
入谷が笑顔で階段を駆け下りてくる。早!
きっとそうだわ。入谷は、誰にでも優しい。
「あ! 比嘉さん! 俺ちゃんと掃除当番して来たよ!」
「マザゴリのくせに気安く比嘉に話しかけんな!」
入谷が階段4段目くらいから、仲野目がけて飛び蹴りを入れる。ゴリラと呼ばれるくらい体の大きな仲野もさすがによろめく。その背中を更に蹴る。
「次比嘉に話しかけたら階段から突き落とすからな!」
「ひどい! 話しかけるくらいいいだろ!」
「いい訳ねーだろーが! 行くぞ! 比嘉!」
廊下に転がる仲野を放置して入谷が私の腕を引っ張る。
誰にでも優しいわけではないな。一部例外はあった。
でも……私のことなんて、そこまでは……。
「おい! 危ねえ!」
いつの間にか階段が始まっていた。全く下を見ていなかったから、足を踏み外した所を入谷が私の腕を引っ張り上げてフロアに戻してくれる。
「こっ……怖かった……」
無重力空間にでも足を踏み入れたかのようだった。妙な浮遊感がものすごく怖かった。
「もー、お前は……ボーッとしてんじゃねーよ。マジで心配かけさせてくれるな。目が離せねえよ」
壁にもたれて呼吸を整える私を入谷が呆れたように見下ろす。
だいぶ落ち着いて顔を上げた瞬間、廊下を走って来た女子生徒が私たちの目の前で豪快にすっ転んだ。
「キャー!」
なぜか私が叫んでしまう。
「おい! 大丈夫か?!」
入谷が慌てた様子でうつ伏せに倒れている女子生徒に声を掛ける。はい……と女子生徒が顔を上げた。
「あ、お前、何だっけ、影の薄い……あ、なぎさだ。大丈夫か? なぎさ」
入谷がしゃがんで手を差し伸べると、斉藤さんがその手をガッとつかんだ。廊下に座り込んで、キラキラした目で入谷を見つめ、入谷の手を両手で包む。
「げ。何?」
「やっぱり、入谷くんは私のことが好きなんですね!」
「は?!」
「だから、私を借人競争で選んだんですよね!」
「違う! 俺は比嘉が行村なんかと手を繋ぐのがイヤだったからお前を選んだだけ! てか、あの時くらいしかしゃべってねえのによくそんな勘違いできるな!」
入谷がブンブンと腕を振って、斉藤さんの手を払おうとしている。
「え、でも、私のことを下の名前で呼ぶじゃないですか」
「上の名前が聞こえなかったんだよ! あの体育祭のワーワーした中で近藤だか遠藤だか斉藤だか加藤だか佐藤だか伊藤だか須藤だか聞こえなかったから、聞き取れたなぎさって呼んだだけ!」
「え……そうだったんですか……近藤です。近藤なぎさです……」
「よく聞け、なぎさ。俺が好きなのはこの比嘉叶だけだ。ややこしくなったら迷惑だからしっかり覚えとけ」
「……私じゃなかったんですね……悲しいな……てへっ」
斉藤さんじゃなくて遠藤さんだったのね。私も聞き間違えてたわ。
遠藤さんが切なげに笑うと去って行った。
「何あいつ。勘違いされたらめんどくせーから、俺は世界で一番比嘉を愛している比嘉の彼氏だってやっぱり全校放送しとこーかな」
桁外れに大きすぎるエサに、声も出ず両手で口元を覆ってしまう。顔に熱が集中していくのを感じる。熱い。全身が熱い。
「なーに照れてんだよ。俺がお前のことを大好きなのはお前が一番知ってるはずだろ?」
……私……さっきまで何に悩んで何に落ち込んでたんだっけ……。
入谷が私に何をしてもしなくても、そんなもの関係ないんだ。大事なのは目に見える行動だけじゃないんだ。
入谷の行動だけで、入谷の好意を推し量ることなんてできなかったんだわ。
入谷は、私には易々と分からないくらいの愛情を持ってる人なんだ。




