私が探し求めていた人
はあ、やっと中間テストスリーデイズの3日目が終わった。後は野となれ花となれって気持ちね。だって終わったんだから。
「どうだった? 比嘉」
「一朝一夕にどうにかなるってものでもないことが分かったわ」
「だろーな。四字熟語が出てくるようになっただけ成長したし、よし、切り替えて期末に向けてがんばってこう」
「そうね」
四字熟語はなんか韻を踏んでるようなのもあって覚えやすい。気に入ったわ。毎回30点分くらい四字熟語ならなあ。10点は取れると思う。
私の専属ティーチャー入谷と愛良と充里と教室を出る。
「曽羽ちゃん、テストも終わったしこれからうちおいでー」
「いいよー」
「何ハブってんだよ。俺も誘えよ、自由人」
「いーよ、統基も混ざれや」
「……何にだよ。いらん。帰る」
「じゃあなー、バイバーイ」
「バイバーイ」
校門を出て、4人で左に行ったけれどすぐに入谷たちは右に曲がっていく。私も家へ帰るならここを左に曲がるけれど、私にはやるべきことがあるのでまっすぐに歩いて行く。
聖天坂は広い。学校を出て20分は歩き、青地に白い文字の看板を見上げる。
8年前、この「青空天狗」という、何と読むのか分からない何屋さんなのかも分からない看板の前で私の憧れのあの人はインタビューを受けていた。
この辺りに、あの人がいるんだ。
そう思うだけで、勇気付けられる。今日会えなくても、いつか会えると信じてまた明日来よう。
毎日この看板を中心に、捜索範囲を広げて探しているけどまるで見付けられない。まさか、私が引っ越して来るまでの間にあの人が引っ越してしまっていたりしないかしら。それが一番怖い。せっかく8年かけてこの場所を特定したというのに、追えなくなってしまう。
もう夕方6時が近い。私の門限は6時だから、そろそろ帰らないと。ママはまだ仕事でいないけど、決まりは決まりだもの。守らなくては。
今日は天気が良いから、聖天坂をくまなく探していたらひどく喉が渇いた。あ、コンビニがある。ジュースでも買って帰ろう。
店の奥にジュースの棚はあった。いちご牛乳のペットボトルを手にレジへと向かう。お会計を済ませてコンビニを出ようとした時にすれ違った人が妙に気になって、無意識に振り返った。
ふんわりとした猫っ毛の、背の高い男の人だ。二十歳くらいかな、私よりは年上そうな……
その人は、店内を物色することもなくまっすぐにレジの男性へと向かい、楽しそうに談笑し始めた。その横顔を見て、息が止まるほど驚いた。
あの人だ!
現実味のない端正な美形の顔。あのインタビューを受けていた男の子が大人になったんだ!
眉目秀麗、容姿端麗、えーと……もう出ないわ。でも、覚えたての四字熟語が彼のおかげでスッと頭に浸透する。まさに体現してくれている。
テレビの中で見るよりも迫力がある。美しく整った顔で笑ってしゃべってる。小声で話してるから声までは聞こえないけど、本当にいた!
せっかく見付けたのに、なぜか慌てて店を出てコンビニ脇のフェンスの陰に身を隠す。わざわざ隠れなくても私のことなど気に留めていなかったのに、焦ってしまった。
ずっと、ずっと会いたかった人が今、目の前にいる……。
何も考えられず、真っ白になった頭でフェンスの陰から店内の様子をうかがう。あ、あの店員さん、あの人がインタビューを受けていた時に一緒にいた男の子だ!
私は、あのインタビュー映像のようにあの人が友達に挟まれている姿が見たかった。あとひとり、女の子が揃えば見たくて見たくてどうしようもなくて遠くから引っ越して来たスリーショットが見られる!
しばらくすると、私服姿の店員さんと一緒にあの人がコンビニから出てきた。二人並んで、歩いて行く。
私は建物の陰や電柱の後ろに隠れながら、その後を追う。
どこかであとひとり、女の子とも合流しないかしら。引っ越して来てからあの人に会いたくて毎日探し回っていたけど、ついにあの人を見付けた私は要求が一段階上がってしまった。
願いが叶うことはなく、あの人とそのお友達らしい男性は大きな茶色いマンションに入って行く。
このマンションに、あの人は住んでるのかしら……。
ここに、あの人がいるんだ。そう思うと、マンションの外壁を見ているだけでも心躍る。
嬉しい――……ついに見付けた! あの日、テレビで見てからずーっと会いたかった。あの人が友達に挟まれてる姿を見ることができたら、友達ができなくて泣いていたような弱い自分から生まれ変われる気がするの。
自分の力で生きていける大人になるんだ。入谷がきっとなりたい大人になれるって言ってくれた。
過剰に保護しなくても大丈夫だって、両親から認めてもらえるような強い人になりたい。そして、いつか私が誰かを守れたらいいな。私が両親に守られてきたように。
両親に……って、あ! 6時過ぎてる! 急いで帰らないと!
急いで走って帰ろうと思っているのに、体が自然と弾んでしまう。ずっと憧れていたあの人は本当にいた。実在の人物だった。ここに住んでいる。嬉しい――!




