賽目和七「人形遣い」
人形遣いとは形代に心を与え、人へと昇華。
そして、さらなる高み、神を目指すもの――すなわち、神楽。
自称、完全無欠の美少女である坂上神楽は、名門、坂上家の人形遣いである。
坂上家は代々、妖魔を人形、傀儡にて滅してきた一族であり、彼女はその名に恥じぬ腕前により、当代一の称号を得ていた。
その日もまたその手腕で、一匹の人狼を滅し、一人の少女を救った神楽であったが、血筋を重視する一族である坂上家は、異国人から生まれた神楽を疎み、厄介者扱いしていた。
彼女は泰然自若、美少女なのだから僻みを買うのは当たり前、と澄まして振る舞い続けるが、他家は放っておかない。彼女を始末しようと、ある陰謀が動き出す。
その陰謀に絡め取られ、神楽は囚われそうになったそのとき、それを救ったのは、この前助けた一人の少女、鈴音であった。彼女は吸血鬼であり、神楽はそれを知った上で見逃していた。
鈴音は、その神楽に対して好意を抱いており、純粋な好意で神楽に接する。
神楽は最初は彼女を疎んでいたものの、鈴音の裏表のない性格、そんな彼女が見せてくれる、きらきらと輝く眩しい世界に徐々に惹かれていく。その、温かい優しさに徐々に、神楽は戸惑いを隠せない。
鈴音自身もまた、自分が吸血鬼、つまり妖魔でありながら、それを討つ神楽に惹かれていることに自分自身で困惑しつつあり、内なる欲望と葛藤する。
二人の気持ちが育ちつつある中、分家や妖魔は二人を狙い、虎視眈々と迫りつつあった。
この作品の主題は、ずばり、人形である。
人間の動き、というものは、自分自身の判断で動いているように見える。だが、その実、猛々しい感情に振り回され、誰かの口先で動かされていることもあるのだ。
この主人公、神楽は、まさにお人形のような少女だ。
傲然として自己中心的に振舞ってはいるものの、坂上家の冷たい扱いに甘んじ、その討魔の役目に殉じている。そうする必要もなければ、その枷から解き放たれる実力も備わっている、というのに。
そんな少女に、外側から刺激を与える少女――それが、鈴音だ。
彼女は無邪気に考えなしにふるまっているように見えて、その中身ではどこか繊細な心を持ち合わせている。彼女もまた、そんな心に振り回される『人形』なのかもしれない。
その二人の少女がお互いに影響し合い、変わっていく。
他愛もないことが、二人にとっては新鮮で、読んでいてとても微笑ましい気持ちにさせられる。
また、この作品はいわゆる同性愛であるが、それを感じさせないプラトニックな甘さがある。
さらには、人形遣いとして、人形を駆り、戦う描写も丁寧である。
丁寧であるため、勢いに関しては欠けるが、比喩表現が的確で分かりやすく、冷静な分析を行っているため、どうやって苦境を打開するのかわくわくしながら読み進めることができる。
神楽の一人称視点に描かれる、大胆不敵な物言いを楽しみながら、その繊細な心遣いを感じ取ることもでき、この作品だけでさまざまな味わいを楽しむことができる。
小説の中で繰り広げられる〈人形〉たちの協奏劇を、どうぞお楽しみあれ。




