第61話 初めての冬へ(その4)
これが、先月の11月、僕とさつきちゃんが、土砂降りに‘サイダー’を買った日のコースをほぼ逆になぞらえた日の出来事だ。
その日のハイライトは、なぞらえたことそのものではなくて、僕の家での、父母僕とのやり取りだった。
お母さんは、その日以来、急激に口数が少なくなった。
今、12月。実は、さつきちゃんと2人でコースをなぞらえた日以降、古い木造のおばあちゃんの家の前は通っていない。つまり、僕はお父さんの言ってくれたことを実行してはいない。おばあちゃんがあの後どうなったのか、気にならない訳がないけれども。
とにかくはまず、期末テストをなんとかやり尽くすことを最優先に考えよう、と方針を定めた。寒波の影響で急激に冷え込んできたことと、テスト期間中で部活が無いということを理由にして、朝ではなく、神社へお参りするのは、帰り道に遠回りをしてということにした。おばあちゃんの家の前は通らない。
本当は、怖かったのだ。
もし、家の前を通って、自分一人の時に、おばあちゃんがまた声をかけてきたら。そして、この間よりももっと深刻な様子だったら。それこそ、命にかかわるような。僕は、卑怯者だ。それを、認めなくてはならないのに、気付かないふりをしている自分が耐えられなかった。さつきちゃんから‘おはよう’と声をかけられても、ものすごい後ろめたさがあり、小さな、へなへなした声で返事をするだけだった。僕は、言い訳に、テストが終わったその日に、必ず行く、と心に決めることで、辛うじて罪悪感を他所にうちやってしまっていた。
週末から期末テストが開始された。
数学。数学のテストの時間は、これまでは途方に暮れるばかりだったけれども、園田先生様と5人組とバレー部員のお蔭で、チャイムが鳴るまで知恵を振り絞る、という感じで歯向かうことができた。結果はともあれ、最後の1分まで粘ることができたのは、自分を褒めてやりたい気分になる。あの、白井市の10kmを走り終えた時の感覚と何となく近いような気がする。
期末テストなので、5科目以外の教科もあり、長丁場だったが、なんとか終わった。
テスト期間中に初雪が降った。12月半ばになっているので、ここ近年のこの県の初雪としては標準的なタイミングだろう。ここ数年は降って積もっても、少し溶けてはまた少し降る、というパターンの繰り返しだった。
けれども、今年の降りはかなり激しい。粉のように細かい雪だと思っていると、そういう粉雪の方が、短時間で一気に積もりやすいという、小学生の頃、この県の街の辺りでもまだ‘豪雪’と呼べるような雪が降っていた時の記憶が蘇ってきた。
もともと電車通学の生徒は雪が降っても電車だけれども、自転車通学の生徒は、さすがに雪が降って、強引に乗り続ける訳にもいかないので、バス通学となる。さつきちゃんも、距離的には遠回りとなるが、雪が積もってからはバス通学に切り替えていた。
テスト最終日。最後の音楽のテストを終えると、みんな、硬直した体がようやく動き出すように、部活に向かう者、友達と連れ立ってどこかに寄って帰ろうと相談している者等々、それぞれに思い思いの動きをし始めていた。
「ようやく終わったね」
さつきちゃんから声をかけられ、‘ほんとだね’と、僕はわざとらしく背伸びをして見せた。
「わたし、夕飯の買い物して帰るから、また、明日ね」
雪が積もった中を一回家に帰ってからまた買い物に出かけるのは大変なので、バスの経由地の途中にあるスーパーで買い物してから帰るのが、テスト期間の途中からのさつきちゃんの日課になっていた。僕は、これから部活だ。とは言っても、雪が積もってグラウンドも使えないので、校舎の一角を使って、短時間の筋力トレーニングをする程度だ。
終わったら、おばあちゃんの家の前を通って帰るつもりでいる。ようやくこれで、少しは卑怯者でなくなれるのだろうか。よく分からない。




