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月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
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第59話 初めての冬へ(その2)

 12月に入り、期末テスト期間中なので部活は休みだった。

 僕とさつきちゃんは、マラソン大会の後、日曜日、何度も、バレー部顧問で数学の先生様である、園田先生のいる職員室にお邪魔した。ただし、2人で、ではない。遠藤さん、脇坂さんも、である。ついでに、太一も、「ずるいよ」と言ったので、バレー部の練習が終わる時間にもはみ出して、僕たちもバレー部員と一緒になって、わいわいと数学の質問をした。

 つまり、太一も、僕、さつきちゃん、遠藤さん、脇坂さんの中に混じりたかったのだ。僕たちはなんとなく、‘5人組’みたいな感じになった。恋人でも何でもないけれども、‘僕とさつきちゃん’という風に周囲から見られるよりも余程ありがたいと思った。しかも、5人でやっていることは、いわば、学生の本分だ。それから、ちょっとだけ、学生としてではなく、15歳・16歳の人間としてあれやこれやくよくよしていることを話し合ったりするような感じにもなった。この5人組の方が、さつきちゃんのおばあちゃんやお母さんにとっては、余程安心感があるだろう。

 園田先生様は、数学オタクとも言えるような膨大な知識量を僕たちに存分に披露してくれた。正直、僕には理解しがたい部分があったけれども。

「数学は、法であり、哲学であり、神学ですらある」

と力説する園田先生様に対し、僕は、いや、そこまでは、と内心思うのだが、それこそ、思いは十人十色で大丈夫なエリアだと割り切ればいいのかもしれない。

 ちなみに、園田先生は、‘様’をつけて敬いなさい、という。

「園田先生様~」と職員室に泣きつきに行けば、

「そうか、よしよし」

と、迷える僕たちに手を差し伸べてくれる。しかし、僕たちのことを思ってというよりは、数学を何としてもこの世でかなりの高ポジションに持っていこうという執念を感じる。

 それに、本当は‘先生’と十分尊敬しているのに、‘様’までつけると、‘先生’の重みが羽毛のように軽くなってしまうようで、どうかな、と思うのだけれども。

 こういった、自分達の努力2割、園田先生様の気合い5割、運3割、といった感じで、期末テストを無事乗り切れそうだった。


 僕は、実は、古い木造の家のおばあちゃんと、‘サイダー’と、かきやま、お地蔵さん、お不動さんの話を、5人組の中では、さつきちゃんだけに話した。太一にも話そうと思ったのだけれども、信頼しないとかそういうことではなくて、こういった‘感覚’そのものを、僕がこれまで繰り返してきた、浮世離れした行動の背景から説明するとなると、太一にもそれなりの時間とエネルギーを消費させることになるので、まずは、さつきちゃんに、と思ったのだ。

 僕がさつきちゃんに話したのは、おばあちゃんから声を掛けられた土砂降りの日から一週間ほど経ってからだった。教育委員会の会議が持ち回りで鷹井高校で開催されるため、授業が午前中で終わる日だった。会場の関係で、すべての部活が休みとなった。

 授業が終わりHRの始まる前のちょっとの時間で簡単にあらましだけ伝えると、さつきちゃんは、んー、と考えてから、帰り道、歩きながら話を聞かせて貰ってもいい?、と言った。

 実は、学校の帰り、2人で一緒に帰ることは一度も無かった。家の方向としては同じなのだけれども。もちろん、僕は部活、さつきちゃんは夕飯の支度があるから、というのもあったのだけれども、いわゆる、そういう、彼・彼女っぽいことをするのは、さつきちゃんのおばあちゃん、お母さんとの約束違反のように、自分なりに考えていたというのもあるのだ。だから、さつきちゃんが時折神社にお参りするのは分かっていたけれども、あえて、重ならないように、声もかけないように、と、意識していた。

 もちろん、自分の意志や心がしっかりしていれば、状況と関係なく、浮いた気持ちは起こらないのだろうけれども、自分にはそこまでの自信が無かった。

 さつきちゃん自身は、一緒に帰るからどうだとか、そんな意識すら持っていなかったろう。

 けれども、それ以上に、僕が今日しようとした話が、これまでの話の中でも、かなり大事な話だと心したので、2人だけで、それなりの時間を取りながら、聞いてくれようとしたのだろう。

 さつきちゃんは僕が歩く横を、自転車を押しながら、半歩ほど後ろを歩いた。

 2人で並んで歩いている、という事実がそれで消える訳ではないけれども、学校周辺は人が大勢いるので、なんとなく、気が引けるのだろう。校門を出てしばらくすると、僕の真横に並んで、話をしやすい位置に立って歩いてくれた。

 実際に、僕がおばあちゃんに‘サイダー’を買ってきてあげた日に通った‘チェックポイント’を、方向としてはほぼ逆に、実際に辿りながら帰ることにした。

 歩きながら、僕は細々と説明した。自分の心理描写をするのは非常に難しかったので、事実を時系列に伝えた。ただ、あの、‘どうなっても、構わない’という心理描写だけはどうしてもしないといけないと思ったので、太一には申し訳ないけれども、太一の言葉をいくつか借りて、説明した。

「土砂降りの日だったんだ・・・」

 さつきちゃんが何気なく呟いたので、僕は首の辺りまで真っ赤になって、11月も後半の寒さなのに、汗が出てきてしまった。

 さつきちゃんもすぐに気が付いたようで、少し慌てながら、

「ううん、図書館の土砂降りとかじゃなくて」

と、フォローではなく、更に傷口に塩をすり込むような言葉が出たので、余計に汗が出てきた。それでも、さつきちゃんは余程真面目なのだろう、フォローをあきらめずに、まだ別の表現でフォローをしようと頑張ってくれる。

「ただ、土砂降りの日の、始業前の時間に、それだけのことをやったのが、凄いな、と思って・・・」

 そうこうしている内に、いつもの神社まで来て、2人でお参りした。一緒にお参りするのは、あの花火大会以来だ。

 それから、今度は、200m程離れた、自主トレ系マラソン部の僕のチェックポイントだった神社にお参りした。さつきちゃんは初めての場所だ。

「こんな所にお宮さんがあったんだ」

 平日のお昼時、境内は、しんと静まり返っている。神職の方の家がお社のすぐ脇にあり、そこから、お昼ご飯なのだろうか、何か煮物のにおいだけがただよってくる。

 境内を出て、民家の軒先に向かう。

 民家の前の通りには誰もいない。何軒か間を置いて個人商店の酒屋さんもあるけれども、配達に出ているのか、店の中に人気はない。

 僕とさつきちゃんは、お地蔵さん、お不動さんの祠の前に立った。

 さつきちゃんは、じっと、お地蔵さん、お不動さんを見つめている。

 高校生の男女が、祠の前に並んで立っている、しかも、民家の軒先の、という状況は、多分、その民家に住んでいる人だけでなくて、近所の人も、ちょっと、嫌がるような気がしたので、ささっとお参りして、僕たちはまた歩き出した。

 けれども、と思い出した。

 僕の家のおばあちゃんがまだ生きていた頃。僕が幼稚園の頃だったと思う。

 おばあちゃんは僕を連れて、近所に散歩に出かけることがたびたびあった。

 近所、と言っても、結構遠くまで歩いた気がする。

 桜並木のある川べりには、お地蔵さん、お不動さん、観音様、それに、水神さま、といった、神様や仏様の祠が、いくつもいくつもあったのを覚えている。そして、その川べりをずっと歩いて行くと、僕が毎朝お参りする神社の裏手に出た記憶が、かすかにある。

 もし、この僕の記憶が、本当に確かならば、老人と幼稚園児が歩いてたどり着くには、相当な距離だ。‘遠足’どころか、老人・幼稚園児の、体力的に‘弱きもの’2人にとっては、‘小旅行’といったレベルの距離だと思う。

 そして、終着地点であるその神社の桜の木に、八分の花が、あの、桜の咲く独特のにおいをただよわせていたのを思い出した。視覚や聴覚や触覚ではなく、‘嗅覚’の記憶は忘れがたいものなのかも知れない。けれども、今、あの時のにおいを、ああ、こういう匂いだな、と、まるで今嗅いでいるように感じるのがとても不思議だ。

 もし、僕が、嗅覚によって思い出した記憶の通りだとしたら、僕は、お父さんに連れられて桜を見に神社に行っただけでなく、それ以前の、おばあちゃんに連れられて、神様、仏様の祠にお参りし、神社にお参りした記憶が、刷り込まれていたのかもしれない。だから、僕は、無意識のうちに、あるいは、体の細胞が勝手に求めて、毎朝お参りしに行っているのかもしれない。

 そして、僕の家のおばあちゃんに連れられて行ったその記憶の中で、僕は、道行く人たち、神社にお参りに来ている他の人たちの笑顔も思い出した。

 おばあちゃんが、僕の手を引いて歩き、祠の前で2人して手を合わせていると、道行く人たちが、にこにことほほ笑みをかけてくれるのだ。

「ぼく、お参り偉いね」

と、頭を撫ぜてくれるお年寄りもいた。

 これが、ほんの10年ちょっと前のことだったはずだ。

 けれども、僕とさつきちゃんは、こうしてお参りすることが、後ろめたいような、‘ちょっと、変な奴ら’とでも見られかねないような、そんなことすら想像して、堂々とできない。

 おばあちゃんに手を引かれていた時は、老人と幼児だから、周囲の人は何となく納得していたのだろうか。

 そうではないような気がする。その頃は、神様、仏様にお参りすることが、ごく自然で、少なくとも年配の方々の間では、好ましいことだったのだろうと思う。いや、今でも、ごく有名な神社仏閣を旅行のような感覚で巡る人も大勢いることと思う。若い人たちも、結婚して子供が生まれれば、お宮参りにも連れて行くだろうし、七五三もある。僕のおばあちゃんが生きていたころ、家族揃って、氏神様に、夏越の大祓や年越の大祓に行ったことがあったが、決して年配の方だけではなく、若い世代の家族連れも大勢、お祓いを受けにきておられたのを思い出す。

 けれども、ごく切実に、毎日の日々の暮らしをこうして暮らしていることと、神社仏閣がそこに幾つもあることとを結び付けている人たちというのは、どのくらいいるのだろうか。

 こうして街の中を歩いているだけで、よく見ると、驚くほど多くの神様・仏様がおられることが分かる。道端におられるお地蔵様も、よくよく見てみると、そこかしこにおられ、その場所が非日常で、日常との境がとても曖昧な感じがする。

 いや、実はそうではないのかもしれない。

 たとえば、さつきちゃんが、神社にお参りするのは、戊辰戦争で戦死されたご先祖のことをさつきちゃんのお父さんから聞かされたからだと言った。さつきちゃんの家庭は、確かに周囲の家庭と比較すると、ちょっと古風な感じは受けるけれども、さつきちゃんのおばあちゃんやお母さんの考え方、生き方は、地に足の着いた、現実的なだけではなく、ある意味合理的なものにも思える。

 そう思い当たると、道端におられるお地蔵さまのその場所が非日常・非現実なのではなく、僕たちのいる場所が、どんどん非日常・非現実化してきているのではないだろうか。だから、現代の今の時間を生きている僕たちのいびつな生活空間は、お地蔵さまからご覧になると、とても奇異で憐れな‘非現実’の虚ろなものに見えているのかもしれない。

 少なくとも、10年ちょっと前、おばあちゃんが僕の手を引いたその周囲に近寄ってきてくださり、「お参り、えらいね」と声をかけてくれた人たちは、道端のお地蔵さまを現実世界のものとして捉え、自分達は、お地蔵さまが見守るその世界の中の住人だと感じていたのではないだろうか。

 お父さんが、兄ちゃんと僕を

「桜を見に行こう」

と、あの神社へと連れて行ってくれたのは、実は、現実逃避ではなく、どんどん非現実の虚ろの世界となっていく僕たちの生活空間、お父さんにとっては一番長い時間を過ごす職場の‘非現実’から、神社という本当の意味での‘現実の場所’に一旦立ち返りたかったのではないだろうか。周囲から見れば現実逃避なのだろうけれども、実際は‘現実回帰’だったのではないだろうか。けれども、‘現実回帰’した人間は、虚ろな生活空間に立ち戻った時、本来の現実をその虚ろな場所に少しでも根付かせなくては、と感じてしまう。そうすると、他人との軋轢も生まれるだろうし、まず第一に自分で自分を苦しめてしまう。

‘自分は、こんなことでいいんだろうか’と。

 太一の、あの言葉が、何度も僕の胸の中によみがえる。

「どうなっても、構わない」

 決して投げやりなのでもなく、責任を放棄したのでもない、その感覚。僕を思いやるわけではないけれども、結果的には小学校の時以来僕を救い続けてくれたその感覚。もし、この太一のような感覚があれば、もしかしたらお父さんも、うつ病にはならなかったのかもしれない。


 最後に、僕とさつきちゃんは、古い木造のおばあちゃんの家に向かった。

 大通りをデパートの並びの方向に渡り、家の手前の方からじっと様子をうかがいながら、できるだけゆっくりと歩いて近づいた。

 何だか、おばあちゃんが引き戸を半開きにして待っていて欲しいような、ただ静かに通り過ぎてしまいたいような気持が入り混じって、少しだけ視線を落とした。だんだんと家の玄関が近づいてくる。

 引き戸は開いていなかった。おばあちゃんがこの家の中でどうしているのか、目では見えない。ただ、心の中で、いい想像、悪い想像の両方を繰り返すことしかできない。

 僕たちは家の前をゆっくりと通り過ぎた。


「中におられるのかな」

 先に話しかけてきたのはさつきちゃんの方だった。

「多分、いると思う」

 僕はただ一言そう言うしかなかった。

 さつきちゃんはいつも何か考える時、絵に描いたような‘んー’という考える顔をする。

 けれども、今はただしばらくの沈黙の後、‘んー’という予備動作もなく、たっ、とこう言った。

「お父さんに話してみたらどうかな」

 僕は、一瞬‘お父さん’という予想しなかった単語にのみ反応してしまった。

「お父さん、って、誰のこと?」

僕の間抜けな質問に、さつきちゃんはちょっとだけ笑った。

「かおるくんのお父さん」

「僕の?」

「うん」

 あえて表現するなら、真面目で暖かな笑顔で、さつきちゃんは僕に言ってくれた。

「多分、かおるくんのお父さんは、こういう話を真面目に聞いてくれる気がする。それに、‘雨が降っているんじゃない気がする’ってその日の朝にお父さん言ってたんだよね?」

 僕は、ああ、さっきその話もしたな、と、うん、と頷く。

「多分、かおるくんのお父さんには、この話の感覚が分かってもらえると思う」

 僕もそれは感じていた。けれども、僕は、この家のおばあちゃんのことをどうすればよいのだろう、と思っていたのだ。お父さんにそういうことが相談できるとは思っていない。

「多分、答えは出ないと思うけど」

 さつきちゃんは、ううん、と首を軽く振った。

「答えを出す必要はないと思う。それに、答えを出すのはわたしたちにはできないよ。きっとそのおばあちゃんにも、子供なのか、兄弟なのか分からないけれども、身内はいるはずだし。もし、本当に誰もいなかったとしても、隣の家の人や町内の人がいるから、その人たちを差し置いてわたしたちが解決します、というのは違う」

「そっか・・・」

 僕は何となく、寂しい気はしたけれども、さつきちゃんの言うことに‘違うよ’と言える部分はひとつも無かった。

「それに、そのおばあちゃんにとって何が‘解決’なのかも分からないよ」

 さつきちゃんが続けて言ったこの意味はなんとなく僕にも分かった。

「そうだね。あのおばあちゃんにとって、‘ひとりぼっち’、ってことは、変わらないね・・・」

 けれども、それは僕だって同じような気がする。今は、家族もいて、友達もいて、こうして隣にさつきちゃんもいる。けれども・・・

「僕がもし、あのおばあちゃんの歳まで生きてたら、」

 僕は一旦言葉を切って、さつきちゃんの目をじっと見つめてから、漠然とずっと心の中にあった、けれども、口に出してはいけないような気がしていたことを言った。

「僕もひとりぼっちかも」



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