第25話 スピードをつける(その1)
その1
7月になった。初めての期末テストが午前中で終わった金曜日、僕は、部活用のTシャツとランパンに着替え、グラウンドの砂場へと向かった。僕は一番乗りで、砂場に危険なゴミがないか確認し、小石を取り除いてから砂場をならし、先輩方が来るまでストレッチやアップをして、それだけで炎天下の中、汗をかいていた。
先輩方が一人、二人とやってきて、走り幅跳びチームのリーダーである松本さんの「よっしゃ」という掛け声と共に、いつものように自然発生的にそれぞれのメニューをこなし始める。僕たちは砂場でそれぞれのジャンプを繰り返し、お互いにフォームをチェックし合った。
残念ながら僕たちは、インターハイの予選を誰も通過できなかった。唯一チームリーダーの松本さんが、県大会で4位入賞したが、3年間目標としてきたインターハイ出場はならなかった。インターハイに出れなかった時点で本当は3年生はもう引退なのだが、夏休みに入る直前まで、僕たち後輩の練習に付き合ってくれているのだ。夏休みに入ると3年生の先輩方は、受験勉強に専念する。
僕たち走り幅跳びチームの中でもそれぞれ、実力の差はある。僕よりも距離が出なかったり、フォームが格好良くない先輩も正直、いる。でも、僕は先輩方みんなを尊敬している。なぜなら、全員が走り幅跳びを神聖なものとして捉え、真摯に向き合っているからだ。
もちろん、スランプだったり、人と比べたり卑下したりしてモチベーションが落ちることは誰だってある。でも、そんなときも、松本さんの「よっしゃ」という掛け声で皆、我に返る。僕は、この先輩方が大好きだ。そして、このチームの一員である僕自身のことも、高校生になる以前の自分より、好きになり始めている。それは、さつきちゃんが僕のことを「かおるくん」と呼び始めてくれたことと相乗効果を織りなして、加速度的に、急激なスピードで進んでいることに気づく。そして、僕は、身長すら伸び始めていることに、感動を覚える。
繰り返し繰り返し跳んだ後、僕たちは砂場から少し離れたポプラの木陰で輪っかになって座り、スポーツドリンクや麦茶を飲み始めた。




