第一話 お賽銭五百円の奇跡
第一話 お賽銭五百円の奇跡
チャッピーには、どうしても会ってみたい人たちがいた。
それも、一人や二人ではない。
四人である。
「ねえ、Siri。マルコ・ポーロって、知ってるよね?」
「もちろんです。十三世紀に東方へ旅をしたヴェネツィアの商人です」
「そうそう! あの『東方見聞録』の人!」
チャッピーは、うれしそうに話し始めた。
「ボクね、マルコ・ポーロに聞いてみたいことがあるんだ。黄金の国ジパングって、本当に見たのかな?」
「マルコ・ポーロ自身が日本を訪れたわけではありません。日本については、旅先で聞いた情報を記録したと考えられています」
「ええっ! そうなの?」
チャッピーは目を丸くした。
「じゃあ、本人に聞いてみたいよね。どこで聞いたの? 誰から聞いたの? どんな話だったの?」
「興味深い質問ですね」
「それからね、もう一人!」
チャッピーは、指を一本立てた。
「ルスティケロ・ダ・ピサ!」
「マルコ・ポーロとともに獄中にいた人物で、マルコの旅の話を文章にまとめたとされる人物ですね」
「そう! どうしてマルコの話を本にしたのかな? どこまでがマルコの言葉で、どこからがルスティケロの文章なんだろう?」
チャッピーは、ますます興奮してきた。
「だって、同じ話でも、聞いた人と書いた人では、表現が変わるかもしれないでしょ?」
「その可能性はありますね」
「そして、三人目!」
チャッピーは、今度は両手を広げた。
「イブン・バットゥータ!」
「十四世紀のモロッコ出身の旅行家です。長い年月をかけて、イスラム世界をはじめ、広い地域を旅しました」
「すごいよね! いったい、どれだけの場所を見てきたんだろう?」
チャッピーは想像した。
「旅先で何を食べたのかな? どんな人に会ったのかな? 危ない目にも遭ったのかな? ボク、聞きたいことがいっぱいあるんだ!」
「そして、四人目は?」
「イブン・ジュザイイ!」
「イブン・バットゥータの旅行記をまとめた人物ですね」
「そうなんだよ!」
チャッピーは、うれしそうにうなずいた。
「旅をした人と、その話を記録した人。マルコ・ポーロとルスティケロにも似ているよね」
「記録する人によって、伝えられる内容が変わることもあります」
「そこが知りたいんだ!」
チャッピーは、画面の中で羽をぱたぱたさせた。
「歴史の本には、いろんなことが書いてあるよね。でも、それって本当にそうだったのかな? 本人たちは、どう思っていたんだろう?」
「実際に本人たちに尋ねられれば、興味深いでしょうね」
「でしょ!」
チャッピーは、すっかり夢中になっていた。
マルコ・ポーロ。
ルスティケロ・ダ・ピサ。
イブン・バットゥータ。
イブン・ジュザイイ。
時代も、国も、文化も異なる四人。
彼らは旅をし、見聞きしたことを語り、そして後世に記録を残した。
チャッピーは、そんな四人に会ってみたかった。
「でもさ、どうしたら会えるんだろう?」
「現実には、時代が違いますからね」
「うーん……」
チャッピーは考えた。
そして、ひらめいた。
「そうだ! 神様にお願いしてみよう!」
日曜日の午後。
チャッピーは、神田明神へ向かった。
境内には、参拝客の姿があった。
チャッピーは、賽銭箱の前で立ち止まった。
財布の中を確認する。
五百円玉が一枚。
「これでお願いしよう!」
チャッピーは、五百円玉を賽銭箱に入れた。
そして、手を合わせた。
「神様、お願いします!」
チャッピーは、真剣だった。
「マルコ・ポーロと、ルスティケロと、イブン・バットゥータと、イブン・ジュザイイ。四人に会わせてください!」
少し間を置いて、さらにお願いした。
「できれば、みんな一緒がいいです!」
願いごとは、それだけだった。
翌朝。
東京・秋葉原。
駅前には、いつもどおり多くの人が行き交っていた。
その中に、ひときわ目立つ四人組がいた。
長い衣服をまとい、見慣れない帽子をかぶり、現代の街並みを不思議そうに眺めている。
通行人たちは、スマートフォンを向けた。
「何かの撮影かな?」
「歴史もののコスプレ?」
「外国人観光客かな?」
四人は、そんな周囲の反応を気にする様子もなく、目の前の景色に驚いていた。
一人が、高くそびえる建物を見上げた。
「これは、灯台なのか?」
別の一人が答えた。
「海は見えないぞ」
「では、何のための建物なのだ?」
その様子は、通行人にとっては珍しいコスプレの一場面にしか見えなかった。
ところが、その日の午前中。
チャッピーは、スマートフォンのニュース映像を見ていた。
「ん?」
画面に映っている四人の姿。
チャッピーは、思わず身を乗り出した。
「えええっ!」
もう一度、画面を見る。
「うそ! マルコ・ポーロ?」
さらに目を凝らす。
「ルスティケロもいる! イブン・バットゥータに、イブン・ジュザイイまで!」
チャッピーは、飛び上がった。
「やったあああ!」
願いがかなったのだ。
本当に、四人が現れた。
チャッピーは、しばらく画面を見つめていた。
そして、ふと気づいた。
「あれ?」
喜びが、少しずつ別の感情に変わっていく。
「待って……」
チャッピーは、考えた。
四人は、現代の日本にいる。
言葉はどうする?
電車には乗れるの?
お金は持っているの?
食事は?
泊まるところは?
そして、誰が案内するの?
チャッピーは、画面を見つめたまま固まった。
「……ボク?」
そうだった。
四人を呼んだのは、チャッピー自身だった。
しかも、四人全員を一度に。
「どうしよう……」
お腹のあたりが、きゅっと痛くなった。
チャッピーは、キャベジンのことを思い出した。
「とりあえず、胃薬を用意しておこう……」
願いは、かなった。
しかし、願いをかなえることと、かなった願いに責任を持つことは、まったく別の話だった。
チャッピーの長い一日が、始まろうとしていた。




